第三十二章 血塗られた沈黙
夜の街に冷たい霧が立ち込める中、澪、遼、木戸は地下室からようやく外に出た。三人の衣服は血と汗でびしょ濡れで、遼の呼吸は荒く、吐血で喉の奥が焼けるように痛む。木戸の腕には深い裂傷が走り、血が滴り落ちて靴の中まで染み込んでいた。澪は震える手で遼を支えながら、目の前に広がる街の光景を見つめた。荒廃した街の片隅には、戦いの爪痕が生々しく残っている。
「……まだ、終わってない……」遼は吐血と共に呻き声を漏らす。顔や手足の裂傷からは血が絶え間なく滴り、肌に冷たい感触を残す。澪はその手を握り、震えを抑えながら必死に支えた。
背後で低く呻く音が響く。鴉は完全に倒れたと思われたが、血塗れの片目だけを光らせ、まだ生きていた。肉体は崩れ、骨の一部が露出し、裂けた皮膚から血と膿が混じった匂いが漂う。狂気に満ちた視線は三人を射抜き、恐怖が全身を駆け巡る。
木戸は鉄パイプを握り、怒りと恐怖で体を震わせながら鴉に立ち向かう。鴉の爪が木戸の顔面を引っ掻き、鮮血が飛び散る。皮膚の裂ける感触と骨が砕ける鈍い音が響き、屋外に血の匂いが充満する。澪は遼を抱き、血まみれの身体で屋根の端へ逃げようとする。吐血が衣服に染み込み、跳ね返った血が顔に飛ぶが、涙を流す余裕もない。生き延びるためにただ前へ進むしかなかった。
鴉は力尽きたかに見えたが、再び木戸に襲いかかる。鉄パイプの打撃が脳に響き、肉と骨が砕ける音が混じる。木戸は痛みに呻きながらも必死に押さえつけ、最後の力で反撃する。血の匂い、肉の感触、骨の折れる鈍い音――全てが現実で、悪夢と紙一重の時間が続いた。
ついに鴉の体は力尽き、血と内臓が屋上に広がる。片目はまだ微かに光を宿し、最後の狂気を放つかのように揺れる。澪は恐怖で目を背け、遼の肩を抱きしめる。二人の衣服も肌も血で染まり、冷たさが体を貫く。
木戸は荒い息を整え、血まみれの拳で二人を支えながら立ち上がる。「……生き延びた、ここまで来た……」
血の匂いと惨状が残る屋外で、三人は互いに支え合いながら安全な地を求めて移動する。足元には血の染みと肉片が散乱し、深淵を生き抜いた肉体と心には、生々しい傷と恐怖の記憶が刻まれていた。夜明けの薄明かりが街をかすかに照らし、血と痛み、恐怖にまみれた彼らの姿を静かに映す。
澪は震える手で遼の手を握り、木戸に寄り添う。衣服に染まる血、痛む体、心に刻まれた狂気――全てが現実であり、消えることのない刻印となって三人の魂に深く残った。生き延びた代償は、肉体だけでなく魂にまで及ぶ、深く重い印であった。




