第三章 報道の演出
高梨詩織は、キー局の報道制作部で選挙特番の企画会議に出ていた。会議室の壁一面には政党別支持率のグラフ、候補者のプロフィール、スポンサー企業の一覧が貼られている。その中に、永光会の関連企業名がいくつも紛れ込んでいることを、詩織は見逃さなかった。
「この候補の密着取材、カメラはもう少し柔らかくしたい。背景に慈善事業の映像を挟むの」プロデューサーの指示は明確だった。スポンサーが望む“善意の絵”を作ること、それが詩織の仕事の一部だった。
会議後、編集室で彼女は映像素材のチェックを始める。画面の中では、永光会のチャリティー・ガラで朝霧聖玄が信者や著名人と笑顔を交わしていた。背後には「若葉財団」のロゴ。その右下に小さく映り込む、桐生修一の姿を見て、詩織は編集用のタイムコードを記録した。
夕方、詩織は旧友の倉木海斗に連絡を入れる。「あの寄付イベント、映像に面白いものが映ってた。直接会って話したい」
約束の場所は、新橋駅近くの古い喫茶店。詩織はカメラバッグからタブレットを取り出し、問題の映像を再生する。海斗は数秒で理解した。聖玄の背後で、桐生が封筒を手渡す瞬間——しかも相手は与党の有力議員だった。
「これ、表に出せるか?」海斗が低く問う。
「スポンサーが永光会系だから、編集部は絶対に許さない。でも——」詩織は声を落とす。「別ルートなら、いける」
その時、店の外を右翼団体「天誠会」の街宣車が通り過ぎ、拡声器から政治資金規正法改正反対の声が響いた。海斗と詩織は目を合わせる。映像、政治、宗教、そして街の動き——全てが一つの網の中にあることを、二人は確信した。