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第二十九章 逃げ場なき夜



地下室の鉄扉が銃弾で穴だらけになると同時に、外からの怒声と足音が一気に押し寄せた。鴉の部下たちが慌てて銃を構え、返り血に濡れた空間はさらに騒然となった。木戸はその混乱の隙を逃さず、澪と遼を抱き起こし、コンクリートの壁際に押しやった。


「こっちだ、動け!」木戸の声は掠れていたが、その瞳には凄絶な覚悟が宿っていた。


澪は足元の血溜まりに滑りそうになりながらも、遼に腕を貸されて必死に進む。だが遼の咳は酷く、口元から赤黒い血が糸を引いて滴り落ちていた。銃弾の衝撃で肋骨が折れ、内臓を傷めているのは明らかだった。


「遼……もう動けない……」澪は震える声で訴えたが、遼は首を横に振った。「まだ……行ける……。ここで終わるわけには……」


その背後で、鴉が狂ったように笑っていた。彼の白いシャツは返り血で真っ赤に染まり、顔面にも鮮血の飛沫が散っている。その姿はもはや人ではなく、血と狂気に憑かれた悪魔のようだった。


「逃がすと思うか!お前らはもう“契約”の証だ!ここで死んでも、生きてても、俺の糧になる!」


鴉の叫びと共に、部下が再び鎖を振りかざして澪に迫る。木戸はとっさに拾った鉄パイプで応戦し、鈍い音を響かせながら相手の頭蓋を打ち砕いた。骨が割れる音と共に、血と脳漿が飛び散り、澪の白い頬にまで飛沫がかかった。澪は悲鳴をあげたが、遼が震える手でその顔を拭い、「見ちゃダメだ……」と呟いた。


狭い地下室は地獄そのものと化していた。外からの銃声は近づき、誰が味方で誰が敵かも分からない。木戸は瞬時に判断した。ここに留まれば、澪も遼も確実に殺される。だが逃げ道は一つ、地下室奥に続く錆びた鉄梯子しかなかった。


「澪、遼、先に登れ!」


「でも……!」


「早くしろ!俺が抑える!」


木戸の怒声に、澪は決意を固め、遼を支えながら梯子へと走った。遼は力尽きそうになりながらも必死に鉄の段を掴み、一段ずつ登っていく。澪も涙を拭いながら後を追った。


その間も木戸は鴉と対峙していた。二人の視線が交わった瞬間、地下室の空気はさらに張り詰める。鴉は刃物を握りしめ、口元に不気味な笑みを浮かべた。「木戸……お前も俺と同じ穴の狢だろう?血でしか真実は語れねぇ。違うか?」


木戸は唇を噛みしめ、血の味を感じながら低く答えた。「俺は……守るために血を流す。お前みたいに貪るためじゃない」


次の瞬間、二人は獣のようにぶつかり合った。鉄パイプと刃が火花を散らし、血と汗と埃の匂いが入り混じる。鴉の刃が木戸の腕を裂き、鮮血が飛び散る。それでも木戸は怯まず、渾身の力で鴉を壁に叩きつけた。壁に叩きつけられた衝撃で鴉の口から血と歯が飛び散る。


しかし鴉はなお笑っていた。血まみれの顔で嗤いながら、呟いた。「これだ……この瞬間が……俺を生かしてる……」


その背後で、澪と遼が梯子を登り切り、地上の扉を押し開ける音がした。冷たい夜風が地下に吹き込み、血と死臭をかき混ぜる。木戸はそれを確認し、最後の力を振り絞った。


「鴉……ここで終わらせる!」


パイプを振り抜き、鴉の頭部を直撃した。鈍い音と共に鴉の体が崩れ落ち、床に血溜まりを広げる。だがその目はまだ光を失ってはいなかった。狂気の残滓を宿したまま、鴉は不気味に口角を吊り上げた。


木戸は血に濡れた拳を握りしめ、振り返らずに梯子を駆け上がった。地上に出た瞬間、そこには新たな影が待ち構えていた。眩しいライトと銃口が一斉に彼らに向けられる。


澪が震える声で呟いた。「誰……?警察……?それとも……」


夜空の下、真実と裏切りが交錯する新たな舞台が幕を開けようとしていた。



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