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第二十一章 記者クラブの檻



永田町の地下にある記者クラブは、夜になっても明かりが落ちない。分厚いカーテンに覆われた会見場には、各紙の政治部記者たちがノートPCを叩き続けていた。カメラマンの三脚が無数に並び、モニターには国会中継が流れ続けている。だが、その場に漂う空気は張り詰めたものではなく、どこか諦観めいたものだった。取材対象と馴れ合い、発表資料を受け取って記事にするだけの“安全な日常”。それがここ数十年で形作られた記者クラブの実態だった。


遼と澪は木戸に導かれ、その空間に足を踏み入れた。部屋の隅に小さな個室があり、木戸は周囲を警戒しながら扉を閉める。遮音性のあるドアの内側は薄暗く、机の上には乱雑に積み上げられた資料と、使い古されたレコーダーが置かれていた。


「ここなら少しは安全だ」木戸が低く言った。「だが油断するな。この建物ごと監視されている可能性もある」


遼は頷き、USBメモリを机に置いた。木戸は再びノートPCに接続し、映し出された裏帳簿を精査する。ページをスクロールするたびに眉間の皺が深くなり、彼の手がわずかに震えているのを澪は見逃さなかった。


「与党幹部、検察官僚、テレビ局の重役……全部繋がっている。これだけの網の目が張り巡らされていれば、一紙単独で報じるのは不可能だ」


木戸の声は掠れていた。その背中に積み重なった年月の重みと、職業的な孤独が透けて見える。澪は思わず問いかけた。「じゃあ……私たちがここまで集めた証拠も、結局は潰されるんですか?」


木戸は沈黙し、しばらくしてから言葉を選ぶように答えた。「潰されるかもしれない。だが、同時に世論の炎を点ける火種にもなり得る。問題は、それを燃え広げる場所とタイミングだ」


遼が口を開いた。「永光会は、法改正を突破口に国を完全に掌握しようとしている。ならば、その前に世論に叩きつけるしかない」


木戸はうなずいた。「明日の朝刊では間に合わない。ネットメディアと一部の海外記者に流す。だが、俺一人では到底動かせない」


そのとき、個室の外から人の気配がした。木戸が息を止め、ドアの隙間に目をやる。スーツ姿の男が一瞬覗き込み、足早に去っていった。遼と澪の胸に冷たい汗が流れる。誰かが彼らの行動を監視しているのは間違いなかった。


「……もう時間がないな」木戸が椅子から立ち上がり、机の引き出しから名刺束を取り出した。「これは信頼できる少数の記者仲間だ。彼らに同じデータを送る。複数の媒体で同時に出せば、政府も圧力をかけ切れない」


澪が震える声で問う。「でも、もしその人たちも買収されていたら?」


木戸は薄く笑った。「それなら俺もここまでだ。だがな、若い君たちに賭ける気になったんだ」


遼は木戸の目を見据えた。そこには職業人としての覚悟と、どこか父親のような優しさが混ざっていた。「わかりました。俺たちも最後まで動きます」


木戸は頷き、ノートPCを閉じた。その瞬間、廊下から突然の怒声が響いた。「検閲だ!全員データを提出しろ!」


クラブの外に詰めかけていた与党広報担当と警察官が一斉に動き出したらしい。扉の外がざわめき、靴音が迫る。遼は即座に澪の手を取り、木戸を見た。「裏口は?」


「ある。だが――」


言い終える前にドアが乱暴に叩かれた。机の上のレコーダーが小刻みに震える。澪の心臓も同じリズムで跳ね上がっていた。三人は視線を交わし、逃げるか戦うかの決断を迫られていた。


国会を覆う暗雲は、ついに記者クラブの檻をも飲み込み始めていた。



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