第二章 霞が関の影
永瀬総一郎は、永光会の経典改訂作業の最中に、ある異変に気づいた。文言の一部が、法律用語や経済用語に置き換えられ、信者の精神的導きだけでなく、政治・経済活動を誘導するような内容になっていたのだ。その背後にいるのは、彼の父・永瀬清志(永光会教祖)ではなく、永光会幹部であり現職の衆議院議員、桐生修一だった。
桐生は元財務官僚で、永光会が政界に浸透する橋頭堡を築いた張本人。巨額の寄付金を慈善事業名目で動かし、政治家や官僚を囲い込んできた。彼は総一郎を呼び出し、霞が関近くの料亭で密談を始める。
「総一郎君、この国の未来を変えるのは選挙じゃない。資金と情報だ」
桐生の目は笑っていなかった。机上には、テレビ局の編成責任者や大企業の会長、弁護士、検察幹部の名前が並んだリストが置かれている。桐生はそのリストを指で叩きながら、次の衆議院選挙で政権交代を実現し、宗教法人法と公益法人法の改正を狙うと語った。
総一郎の胸に、得体の知れない重苦しさが広がる。自分が表向きの「次期教祖」として利用されるのではないかという疑念。帰り道、霞が関の夜空に光る航空灯を見上げながら、彼は父のもとへ戻るか、桐生と距離を置くかで揺れていた。
その夜、永光会本部に戻った総一郎を待っていたのは、母・永瀬由紀子の冷たい視線だった。彼女は元女優で、今や永光会の広告塔的存在。だが裏では、右翼団体「天誠会」と密接なつながりを持つと噂されている。
「総一郎、あまり桐生さんに逆らわない方がいいわよ。彼の背後には、あなたが想像できないものがある」
その言葉が、総一郎の心に深い影を落とした。