第十九章 偽りの光
澪の靴音が湿った通路にこだまする。榊と別れた直後から、彼女の胸中には重い鉛のような不安が沈んでいた。遼も同じだった。暗渠の出口に近づくと、僅かな外光が見えた。だがその光は決して希望ではなかった。
出口を抜けた瞬間、二人は眩しい照明に包まれた。テレビ局のクルーらしき男たちがカメラを構え、マイクを突きつけてきた。「お二人が例の内部告発者ですか?」男の声は驚くほど冷静だった。だが遼は直感した。これは罠だ、と。
澪は反射的に顔を隠した。「やめてください!」
すぐにスーツ姿の人物が現れた。名刺を差し出しながら名乗った。「東京報道24の社会部です。ぜひ、取材を――」
その動作の裏に隠しきれない違和感があった。カメラの向こうで笑みを浮かべているのは、永光会の関連企業の広報で見た顔だった。偶然ではありえない。情報が既に漏れているのだ。
遼は咄嗟に澪の腕を引いた。「走れ!」
二人は再び路地に飛び込み、人の流れに紛れようとした。だが、クルーを装った男たちが追いすがる。マイクではなく小型の通信機を持ち替え、誰かに指示を送っていた。警察か、永光会か、それとも両方か――遼の脳裏に最悪の可能性が浮かぶ。
澪の息が乱れる。「どうして……報道まで操られているの?」
「スポンサーだ。金で握られてる」遼は吐き捨てるように答えた。彼らが抱えるデータの価値を思えば、敵はメディアの看板すら平然と利用する。
雑踏を抜けた先に、小さな公園があった。錆びた滑り台とブランコが並び、昼間だというのに子供の姿はない。二人はベンチの陰に身を潜めた。鼓動が耳に響く。わずかな間の静けさの中、遼はスマートフォンを取り出し、榊に暗号化したメッセージを送ろうとした。だが画面に表示されたのは「送信失敗」の文字。圏外ではない。回線が不自然に遮断されている。
「回線ジャミング……?」遼は唇を噛む。軍や公安レベルの装備でなければ不可能な干渉だ。つまり、彼らの背後には国家機関すら絡んでいることを意味していた。
澪が青ざめた顔で囁いた。「もう逃げ場なんて、ないのかも……」
その瞬間、公園の入口に二人の影が差した。制服姿の警察官だった。だが、その眼差しは市民を守る者のものではなかった。冷たく、無機質な視線。ゆっくりと近づいてくる彼らに、遼は悟った。正義の象徴すら、永光会に飲み込まれている。
「身分証を拝見します」一人の警官が言った。その手は既に拳銃に添えられている。
遼と澪は視線を交わした。ここで捕まれば、すべてが終わる。証拠は握り潰され、真実は永遠に闇へと沈むだろう。遼は静かに頷き、ベンチの裏に隠していたバッグを握りしめた。
「澪、次の一手は……命懸けだ」
言葉を聞いた澪の瞳が震え、しかしやがて決意の色に変わっていった。二人の周囲に、偽りの光が濃く広がっていく。




