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第十八章 暗流の交差



榊の車が首都高速を滑るように走り抜ける。まだ朝の通勤ラッシュ前だったが、車窓から見える東京の街は既に慌ただしさを孕んでいた。遼と澪は後部座席に身を沈め、互いの呼吸を整えていた。先ほどの路地での襲撃が、ただの偶然ではないことは明らかだった。永光会か、それに連なる勢力が動き始めている。だが、その狙いが彼ら自身なのか、あるいは榊をも巻き込んだ大規模な情報潰しなのかはまだ読めなかった。


榊が運転席から振り返り、声を低めて言った。「受け取ったデータ、確認した。……とんでもないものを掘り起こしたな。永光会の裏帳簿、それと政治資金の流れ。警察庁幹部、与党議員、財界の名士まで名前が並んでる。これ、ただの新興宗教の問題じゃない。国家規模の癒着だ」


澪の手がわずかに震えた。「つまり、これを公開すれば――」


「間違いなく政権を揺るがす。だが、その前に確実に口封じが動く。俺の古い仲間に新聞記者がいる。今夜、そいつに会わせたい」


遼は唇を結び、道路標識を追った。「だが、永光会の金と人脈がここまで広がっているなら、新聞社だって安全じゃない。下手をすれば情報が潰される」


榊は短く笑った。「ああ、わかってる。だから俺が直接動く。お前らはしばらく表に出るな」


その言葉に澪が反発しかけたが、遼が視線で制した。彼自身も苛立ちはあったが、榊の言葉の裏に経験からくる確信があることを感じ取っていた。だが、次の瞬間、後方のミラーに黒いSUVが映り込んだ。車間を詰めてくる気配がただならない。榊の眉間に皺が寄る。


「……つけられてる」


車内の空気が一気に張り詰めた。遼は即座に後部座席の窓を少し開け、視線を確認した。SUVの運転席には無表情の男が一人。助手席にはサングラスの男。どちらも只者ではない雰囲気を漂わせている。


「永光会か?」澪が小声で問う。


「いや……動きが軍隊崩れに近い。雇われ傭兵かもしれん」榊の声は硬い。アクセルを踏み込み、車線を変えて逃げる。しかしSUVもそれを読み切ったように後を追ってくる。首都高の出口表示が迫る。榊は一瞬の判断でハンドルを切り、急カーブを抜けて一般道へと飛び出した。


街中に入り、赤信号で車列が詰まる。榊は迷わず脇道へと入り込み、古びた倉庫街に滑り込んだ。車を停めると同時に、三人は息を殺した。エンジン音が遠ざかり、静寂が広がる。だが安堵は短かった。倉庫の影に人影が揺れた。黒いジャケットを纏った男たちが五人。手には簡易無線機が握られている。


「完全に狙われてるな」遼が低く呟く。護身用のスプレーでは到底足りない相手だった。


榊がドアを開け、冷静に言った。「こっちへ。抜け道を知ってる」


彼らは倉庫の裏口から細い通路へと入り込んだ。そこは下水道のような暗渠に繋がっていた。湿った空気と錆の匂いが鼻を突く。足音が水面に反響する中、遼は不安を拭えなかった。この暗渠が逃走路なのか、それとも罠なのか。


出口に差しかかった時、遠くからサイレンが聞こえた。警察か、それとも永光会に繋がる者たちか。榊は立ち止まり、二人を振り返る。


「ここから先は分かれる。俺は記者のもとに行く。お前らは別ルートで逃げろ」


澪が声を荒げた。「待って、一緒に動いた方が――」


「ダメだ。三人揃って動けば目立ちすぎる」榊はきっぱりと言い切った。その瞳には覚悟が宿っていた。遼は拳を握りしめたが、反論できなかった。彼の役割は今、この国の暗部を暴くことに全てを賭けていたのだ。


別れの瞬間、榊が小さく笑った。「心配するな。俺はしぶとい。生き延びて、必ず記事にしてみせる」


そう言って闇に消える榊の背中を、遼と澪は黙って見送った。残された通路を進む二人の胸に、焦燥と不安が重くのしかかっていた。次に何が待ち構えているのか、誰も予測できなかった。



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