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エピローグ ――瓦礫の街のその先へ



 それから数年後。


 瓦礫の街は、かつての廃墟の面影を残しながらも、確かな息吹を取り戻していた。

 崩れ落ちたビルの骨組みの間には新しい住宅が建ち並び、広場には市場が開かれ、人々が笑顔で品を売り買いしていた。かつて「絶望」と呼ばれた場所は、今では「再生の街」と呼ばれるようになっていた。


 澪はその広場をゆっくりと歩いていた。肩には小さな布鞄、手には古びたノート。彼女は今、教師として街の子どもたちに「歴史」を伝える役割を担っていた。かつて自らが見てきた暗黒の時代を語り継ぐことで、同じ過ちを繰り返さないために。

 子どもたちは目を輝かせ、澪の語る物語に耳を傾けていた。「勇気って何?」「どうして戦わなきゃいけなかったの?」そんな問いに、澪は優しく微笑みながら答える。

「勇気とはね――誰かを守ろうとする気持ちのこと。戦うのはね、本当は嫌なこと。でも、大切なものを守るためには、時に立ち上がらなくちゃいけないの」


 その頃、佐伯は街の外れに広がる工房にいた。彼は復興の中心として、瓦礫を資材に変える技術を広めていた。頑丈で安価な建材は人々に喜ばれ、街は日ごとに変貌していった。かつて戦場で人を撃つことに躊躇した男は、今では「人を生かすために働く男」として尊敬を集めていた。

 作業を終えると、佐伯は外の空を仰ぎ見て、ふと小さく呟いた。「……平和ってのは、案外こういう地味な努力の積み重ねなのかもしれないな」


 片倉は中央庁舎の一室に座っていた。彼は情報局の責任者として、新しい政治体制の監視と透明化を進めていた。かつて闇に隠されていた権力の仕組みは、今では市民に公開され、誰もが意見を述べられる仕組みが根付きつつあった。

「陰謀も、虚偽も、完全には消えない。だが……真実を語り継ぐ限り、闇はまた光に照らされる」

 片倉はそう呟きながら、窓の外の賑やかな街を見下ろした。


 夕暮れ時。三人はかつての高台に再び集まった。あの日、瓦礫の街を見下ろした場所だ。

 眼下には復興した街の灯りが広がり、まるで星空を地上に映したかのように輝いていた。


「変わったね……あの頃と比べると」

 澪がしみじみと呟く。

「変わったのは街だけじゃない。俺たち自身もだろう」

 佐伯が笑みを浮かべる。

「未来はいつだって、不確かで不安定だ。けれど……それを歩む力を、市民が手に入れた。それが何より大きい」

 片倉の言葉に、二人は頷いた。


 澪は夜空を見上げ、胸の奥にあの日の封筒を思い出した。あれはもう存在しない。だが、あの封筒がもたらした真実と決断は、確かにこの街を変えた。

「これからも、私たちの物語は続いていくんだね」

 その言葉は、三人の心を静かに結んだ。


 星々が瞬き、瓦礫の街の上空に広がっていた。

 そしてその星空の下で、人々は笑い、泣き、愛し合い、未来を紡ぎ続けていた。


 ――瓦礫の街は終わらない。

 それは常に変わり続ける「人の営み」そのものだった。


 物語は幕を閉じた。

 しかし、新しい物語は、すでに始まっていた。

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