第十章 封じられた証拠
翌朝、遼は港区で撮影した映像と写真を整理し、匿名のクラウドに暗号化して保存した。澪にも一部を共有するつもりだったが、送信の瞬間、画面が一瞬ブラックアウトし、奇妙なエラーメッセージが現れた。
『アクセス権限がありません』
「おかしい…暗号化の鍵は俺しか知らないはずだ」遼は唇を噛んだ。外部からの侵入、もしくは機器そのものが監視されている可能性が高い。
同時刻、澪は職場のテレビ局で異様な光景を目にしていた。政治部デスクの机の上に、昨夜の港区倉庫街の映像が置かれていたのだ。社内で撮影した者は遼以外いないはず。だが、編集長は「これは匿名の投稿だ。放送は見送る」と淡々と指示し、資料を封筒に入れてロッカーへ押し込んだ。
午後、二人は再び喫茶店で落ち合った。澪は机上に封筒を置き、中身のコピーを見せる。「誰かが私たちの動きを追ってる。しかも社内にまで情報が届いてる」
遼は封筒の中の写真を見て凍りついた。それは自分が撮った角度とまったく同じで、シャッターの瞬間まで一致している。だが日付データが改ざんされ、二年前の記録として保存されていた。
「証拠を過去の出来事にすり替えて、今起きてることを“存在しなかった”ことにするつもりだ」
その夜、澪の自宅前に停まっていた黒塗りの車が、エンジン音も立てずに去っていくのを近所の人が目撃した。連絡を受けた遼は、彼女のアパートへ急行しながら、心の奥底で確信していた──永光会は、司法やメディアを抑えるだけでなく、証拠そのものを時の闇に封じ込める術を持っているのだと。




