15. 合流点(陽子+結衣サイド)
結衣が彼女を意識したのは、矢沢に関する調査の報告を学内倫理委員会に提出した翌日だった。
大学構内のカフェスペース。ふとした瞬間に目が合った、その学生――篠崎陽子。
その瞬間、奇妙な既視感があった。
言葉を交わす前から、「この人とは話すべきだ」と、どこかで確信していた。
「如月さん。失礼、突然だけど――お時間、いいかしら」
陽子の声には、礼儀があり、けれど隠しきれない“自信”があった。
その眼差しは、誰かを誘導する人間のものではなく、“同じ目線に立つ者を見極める”ものだった。
◇◇◇
私たちは、静かな中庭のベンチに座った。
「矢沢の件、見事な対処だったわね」
「……知ってたんですか?」
「ええ。詳しい経緯も含めて。――私は、彼に対して無関心ではいられなかったの」
「あなたも、篠崎くんに関心が?」
質問の意図は曖昧だ。
“篠崎を守ろうとしたのか”と問いたいのか、あるいは“篠崎を警戒していたのか”。
陽子は、にこやかに首を横に振った。
「違うの。ただ、“彼の周囲に現れる人たち”に興味があるのよ」
その言葉は、なぜか結衣の中で腑に落ちた。
彼女は“彼の観察者”なのだ。
だが、支配したいわけでも、魅入られているわけでもない。
ただ――正しくあろうとしている。
「私、今でも彼のことを“特別な存在”とは思っていません」
結衣が言った。
「でも、彼を害するものを排除したことに、矛盾は感じていません。
あれは、秩序のために必要な判断だった」
「ええ。あなたの“正義”は、何も変わっていない。
変わったのは、ただ――その正義を行使する優先順位だけ」
陽子の言葉は、まるで結衣の内面を先回りして語るようだった。
「あなたは、彼の従者じゃない。けれど、もし次に何かが起きたら――あなたはまた、“正義の名のもとに”動くでしょう?」
「……そうなるかもしれません」
それは、誰にも強いられていない答えだった。
彼女の正義感は揺らいでいない。
なのに、その正義が“誰を優先すべきか”を自然と定めている。
「私も、同じ。違う道から、同じところに立ってるだけ」
陽子は言った。
そして小さく笑う。
「ようこそ。私たちの“秩序”へ」
その笑顔に、狂気はなかった。
あるのは、冷静な連携への合意。そして、互いの価値観を否定しないまま、目的地を共有する意思だけだった。
結衣は、それを拒まなかった。
拒む理由が、どこにもなかった。