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13. 観察報告(陽子サイド④)

キャンパス内、旧研究棟の空き教室。

陽子と清香は静かに並んで、ノートPCとタブレットを操作していた。


室内のプロジェクターには、如月結衣の行動ログが映し出されている。

日付、時間、立ち寄り先、関係者とのやり取り――すべてが整然としており、ほとんど芸術的ですらある。


「……やっぱり、この人、破綻がないですね」

清香がぼそりと呟いた。


「正義の動機に忠実。行動も理性的で、判断は公平。周囲との衝突も避けながら秩序を保ってる」


「でも――ここ」

清香が画面の一点を指差す。


学内講義の聴講記録。結衣が授業登録していないはずの特別講義に“立ち寄っていた”という痕跡。

その講義の講師は――矢沢孝司。


「彼女は“警戒してる”わけじゃない。ただ、“把握しておこうとしてる”」

陽子が読み取った意図は、冷静だった。


「たぶん、まだ彼の名前も出てない。直接的な被害もない。でも、“感じ取った”。――それだけで動けるのが彼女」


「……それって、従属じゃないけど、“従属に最も近い正義”じゃないですか?」


「違うわ」

陽子は否定する。


「これは“忠誠心”でも“愛”でもない。彼女の中の“献身”は、まだラベルも貼られていない」


ラベルのないまま最上位に置かれた価値。

それが、正義の名を借りて、彼の利益を自然に守る。


清香は、タブレットをスクロールしながらふと笑う。


「……このままだと、彼女、矢沢を潰しますよ。何の命令もされてないのに」


「ええ。でも、彼女は“正義のために動いた”と思うでしょうね」


「その行動の結果が“彼の障害の排除”だったとしても?」


「当然。矛盾はないわ。“正義の定義”は一度も変わってないんだから」


陽子はノートPCを閉じ、思案するように言った。


「……面白いのは、彼女の中で“献身”がまだ感情じゃないこと」


「“行動の優先順位”にすぎない」


「そう。そして、そのまま正義に溶け込んでる」


◇◇◇


その夜、結衣が再び大学構内に姿を見せたことが確認された。

清香が操作するモニターに、防犯カメラの記録が再生される。


彼女は無人の教室前で立ち止まり、数秒間、矢沢の講義資料に視線を落とし――

やがて、何かを決めたように踵を返す。


「……あの表情。もう“決まった”わね」

陽子が言った。


「ええ。あとは、“正義”のフレームで処理するだけ」


清香が、記録に一行を付け加える。


>【如月結衣:外部障害因子に対する予備行動あり。優先順序変動観測中】


「……観察は、完了ですね」


「いいえ」

陽子はゆっくりと首を振った。


「観察は、次の行動が“自然だったかどうか”を見て初めて終わるの。

彼女が、迷いなく“矢沢を排除”したなら……そこでようやく、私たちは確信できる」


清香の指が、キーボードに浮いたまま止まる。


「確信、ですか?」


「ええ。彼の能力が、“真の意味で秩序を作れる”という確信」


部屋の灯りが落ち、ログデータの画面だけが青白く輝く。

その中心にある名――如月結衣は、まさにいま、“正義”の名のもとで、自らその秩序の一部になろうとしていた。

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