5話 無視
昼休み
チャイムが鳴ると同時に、教室から椅子が引かれる音がする。あまりにシンクロしすぎて一瞬この教室が北朝鮮かと思ったくらいだ。
ようやくの昼休みでメスガキタイムから解放された俺は、軽い足取りで購買に向かう。
3年の廊下ともなると、流石に皆落ち着いていて
ウェーイ感を出すやつは少数になっている。
皆気づいているのだ。ウェーイするより黙っていればモテると言うことに
2年の俺はそれに気付き、黙っていた時期があった
しかし疲れるしそんなのは素の俺じゃない。つまりは飽きたんだ。高校最後の年だ。やりたい事をやろう。
この一年が終わればプロデビューだ。この一年しか俺の青春はないんだ……
「焼きそばパンでいいか…」
午後の日差しが廊下のガラス越しに当たって気持ちいもので、少しだけ歩調が遅くなった…
それから階段を一段ずつ降りていき、2階に差し掛かる。
あっ…ココ2年1組の真横か。まぁそんな偶然バッタリあったりしないか。
「せぇーんぱあい!」
「……………」
焼きそばパンが売り切れる前にさっさと買ってどこかで食うか…
「せぇーんぱあい?…」
「……………」
どこかで聞いた声だな。でも俺を呼んでる感じじゃないのが残念だし昨日転校してきたばっかなんだよな
俺の可能性0%なんだよな…悲しい
「せぇ〜ん〜ぱぁ〜い?」
そのまま階段を降りて一階の購買に辿り着く。
購買の前にはすでに列ができていて、
制服姿の生徒たちがパンのショーケースを食い入る様に見ていた。
俺もその列に並んで待つ。
焼きそばパンあるといいんだが……
そんな事を思っていた時だった。後ろに並んでいる
人が俺の手首部分の袖を摘んでくる。
「ッ…こっわ…」
いくらなんでもこんな恐怖は体験した事がなかった。いつも戦う相手は前にいる。背後の対応力なんて皆無だからだ…
袖を掴む指先は俺が気付くのを待つかの様に、袖を揺らしてくる。しかも綺麗な指先だ…
袖ちょんちょんを無視していると、俺の番がやってくる。
「ああ、焼きそばパン……ラス1かよ。危な…」
そう思って胸ポケットから左手で財布を取り出そうとした…
『いいかい?…左手で何かを握らないように…衝撃も与えちゃダメだよ…』
「………」
すぐに医者おっさんの言葉が頭をよぎって左手を降ろす。右手を上げようとした時、俺の右手の袖が摘まれている事を忘れていた……
いやいつまで摘んでねん…
「はぁ…」
ため息を吐いて後ろを振り向くと………
ぷるぷると泣きそうな顔をしながら頬を膨らましている、茶髪でピンクのメッシュを入れた女の子が居た…
「何おまえリス目指してんの?」
「…め…めじゃしてないでしゅ…」
「膨らましながら話すな。後手離せ」
「うむぅぅぅぅ……んんん゛」
めっちゃ唸った後、ようやく手を離してくれたので財布を取り出して焼きそばパンを買う。
「あざした〜」
購買のおっさんの声が聞こえてすぐに列から抜ける。
俺は冷静な頭で考える。アイツも購買で昼飯を買うつもりだったのか……まぁそれはいいとして…
同じ戦略は2度やらせない。袖摘み攻撃を防ぐだ為、すぐにポケットの中に手を入れて歩き出した。
屋上扉の踊り場で食うか。あそこなら人居ないだろうし…
俺の足は止まった。肘だ…肘の袖を摘んで俺を引き止める奴がいる…
「な、なんだ?…どうした?」
俺が振り向いた時、さっきは後ろ手に隠していたであろう弁当を持ってジト目で睨みつける小悪魔後輩が居た…
いや…なんで並んでたんだおまえ…
「むぅーー!なんで無視するんですかー!2階の廊下の時からずっと無視してましたよ!なんか私しました?怒ってます?」
ヤバいな…ちょっと怒ってるわコイツ……
しかもここは声がよく通る…周りの生徒が俺達に注目してる…
「まぁまぁ落ち着けよ…一緒に昼飯でもどうだ?」
しまった…ここから逃げ出したい一心でナチュラルに誘ってしまった。1人でのんびり食べたかったのに
「まぁ…いいですけど」
めっちゃ機嫌わるいのが見て分かる。そっぽ向いて俺の目を見ようともしない。
てかなんで弁当持って俺の後ろ付けてたのコイツ…