ハナミズキの木の下で
~プロローグ~
「君のためなら死ねる…ってwwなさすぎw三流映画すぎて寝そうになったしw」
さっきまで観てた恋愛映画の余韻に浸ってる時に智樹のヤツ!伸びをしながら、もうバッグからイヤホンを取り出してる。
少しくらい女心ってのを分かってくれても良いと思う。
この隣でイヤホン付けて始終ダウンロードしたお気に入りのボカロ曲ばっか聴いてるこの男(松山智樹)は、一応…私の彼だったりする。小四の時から付き合いだ。
ここは、『俺も杏(私)の為なら死ねる。』って甘い言葉を吐いて、手とか握っちゃったりなんかして、ちょっと恋人的な雰囲気になるシーンじゃない?
折角、良い気分になってたのに~。
チラリと横を見れば智樹は涼しい顔して、映画館のゲートを出た所にある売店を物色してる。あの子可愛い~、ってかカッコよくない?ってお姉さん達の声が聞こえて余計面白くない。口をへの字に曲げて頬を膨らますと、売店で何か買ってきたらしい智樹が、私の眉間に寄ったシワをグイって広げた。
「拗ねない拗ねない」
「拗ねてないし」
だって、せっかく感動してたのに。
君のためなら死ねるって、主人公の女の子への愛を貫いて死んだ感動のシーンにケチをつけるなんて、許せないんだから。エラくなったな智樹。
可愛いけどカッコいいとはお姉さんがたもよく言ったもんだと思う。確かに智樹は中性的に見えなくもない。大雑把な性格のせいか男っぽく見られがちな私と二卵性の双子かって言われてる。四年生の時は毎日のようにイジメっ子に、女みたいだなって髪の毛引っ張られてメソメソ泣いてた癖に。私より頭半分小さくて、アーモンド型の目がウルウルしてて女の子みたいで可愛かった。それは認める。上目遣い見られると守ってあげたい。ってキュンキュンきてたくらいだから。
でも六年になってグーンと背が伸びて声変わりもして。
今では頭半分私が小さくなっちゃってる。
一人だけ一気に大人っぽくなったんだ。人に対して堂々とした態度をとるようになった。
たのもしくもあるけど、正直ちょっぴり面白くない。
ゲシっと肘鉄を食らわせたら、智樹が避けもせずに、ウグっと背を丸めた。
「杏、凶暴。暴力反対」
「恋人だと認めた瞬間、片方が死ぬって魔法が掛けられてたんだよ?恋人でないと言い張れば二人とも助かったのに、相手への愛を貫いて死ねる恋って情熱的だと思うのに」
命かけてくれるなんて、すごい一途で良いと思うけど。
不満げに見上げたら、智樹が今度はクスりと笑う。反則でしょ。その笑い方は!
なんなの?
その包み込むような目!
アイスクリームならドロドロに溶けてそうなんですけど…。
ドキっとするでしょ~が!!!
「死んだら守れないでしょ?命をあげる覚悟はあっても…ね。俺なら二人で生きる道を探すけどなぁ」
「恋人じゃないって言ってでも?」
「うん。だって好きな人が死んだら絶対悲しいでしょ?俺なら好きな人が死ぬのを見守って、その1秒後に自分も逝く」
残された方が悲しいって解ってるんだ。優しいな…ホント。
「でも、恋人じゃなくなっちゃうんだよ?別れるのって、その時点で恋人を悲しませるじゃん」
「まぁ…確かに。悲しませたくはないけど。…うーん。でも魔法を解く方法を見つけたら戻れるし、一刻も早くその方法を見つけるようにするかな」
十二歳の癖に!!
なんでそんなに達観してるんスか。
どこまでも深い瞳で遠くを見つめながら智樹が呟いた。
「凄いね。智樹のお嫁さんになる人幸せだろうね」
「何言ってんの?杏の事に決まってるでしょ?」
杏と一緒のお墓に入るんだって、サラリと言ってのける。好きや愛してるって言ってくれるようなタイプではないけど、智樹のたまに言うセリフは心臓に悪い。
1キロを全力で走った後よりも、ギュってなった。
童話の中から飛び出してきた王子様かぁぁぁ…って突っ込みを入れたくなる!!
恥ずかしさと嬉しさと、素直になれなさが一緒になって、変な顔をしてるだろう私の頭をポンポンと叩く。
「ほら、機嫌直しなって」
智樹が売店で買ってきた小さな紙袋を目の前にかざした。
「開けてみて良い?」
「うん」
「あ!コレ。え?なんで手に入ったの?」
紙袋の中から今回観た映画のお守りが出てくる。
二個入っていて恋人とそれぞれ持てるようになっていて、合わせるとハート柄が浮き出る仕様のものだ。
わざわざ、京都にある有名な縁結び神社にご祈祷して貰ってあるだけに、このお守りを二人で持っていると永遠の恋が叶うともっぱらの噂になっている。映画の封切りと同時に完売に近い状態で中々手に入らないものらしい。
「たまたま、売店の人が棚に並べようとしてたから」
「ええ?」
たまたまで手に入るものなの?だって、徹夜して待ってても、買えない人は買えないらしいんだよ?しかも、持ち主を選ぶって噂のお守りなのに、そんなあっさり?
ヤプオクで何万って価格で取引されてる上に、お守りに選ばれないと配送事故で手に入らなかったりするものなのに?!
「杏こういうの好きだろ?なんかイワクありそうだから、旦那さんになるって決めた人にあげたら?」
「…貰ってあげなくもない」
確かに、こういうの大好きだけど。
なんでバレてんの?ペアとか密かに憧れてたりするけど、言った事なかったよね?
「ツ・ン・デ・レw」
大爆笑している智樹をギャフンと言わせたい。
袋から開けて、片方を袋から出して智樹に差し出した。
「お裾分け」
「…俺で…良いの?」
「嫌なら返して」
プイっと横を向けば、智樹はじっとハートの片方を見つめた後、壊れやすい宝物でも持つようにそれをゆっくり優しく握りしめた。
「やだね。返品交換ば致しかねます~」
智樹は少し考えた後、何かを思いついたらしく、映画館と一緒になったモール内にある花屋に入って、一本の苗を買ってきた。
「ハナミズキ?」
「うん。花言葉が好きで」
サラリと智樹が言う。
なんで小学生が花言葉とか知ってるわけ?
乙女?乙女なの?国語とか理科とか得意だったっけ?
「花言葉は?」
「あとでググれ」
言いたくないのか、少し頬を赤らめてた智樹がとぼけてみせた。
「杏は時間、まだ平気?」
「五時までに帰れば平気だから」
ならと、二人で裏山にある雑木林に移動した。さりげなく道路側を歩いて、私を車や自転車から守ってくれてる智樹が頼もしくもある。
苗を埋める場所を探してくるからと、林に入った瞬間智樹が少し小走りで中に入った。木漏れ日の中で葉の揺れる音を聞けば、ここが街中なのを忘れそうになる。
少しして戻ってきた智樹が手招きした。
こっちにこいって言ってるらしい。
巨大ショッピングモールの側で街中にある筈なのに、空気が神社みたいに澄んでいて、何故か人が入ってこない。木々から漏れる光がとても綺麗で目を細めた。
「なんか隠れ家みたいだね」
「うん」
智樹が拾ってきた木の棒で土を掘り始める。
「え、まさかここにソレ埋めちゃう気なの?叱られないかな」
「どうかな。沢山木があるし、ココは他の木の邪魔にもならなさそうだし、平気かな…って」
ある程度掘り進めて、そこに苗木を植えた。
小さな膝丈くらいの苗木が木々たちの仲間入りをしている。
「抜かれたりしないかな」
智樹が持っていたミネラルウォーターを背負っていたリュックから出して、その木に振りかける。
その目が、何か願でもかけているように真剣で、私は何も言えなくなった。
この木が、大きくなった頃、この木の下で一緒にお弁当を食べよう。
そう約束した。
小学校を卒業する少し前の話だ。
二人だけの秘密の場所に、智樹と一緒に埋めたハナミズキの苗は育っているだろうか。ハナミズキの花言葉を後から調べた私は「永続性」と「私の想いを受け入れて」という意味だと知って、智樹の想いが嬉しくてハナミズキが大好きになった。
ただ。
その約束が守られる事はもうないのだろうけど。
◇◇◇
終礼のチャイムが中学の校舎に鳴り響く。
私は教室の窓から見える木々の緑を見て目を細めた。
「アンーっ。今日学校終わったら暇?」
「あっちゃー。ゴメ~ンっ!今日はまずいかも…先約ある。また誘って~」
スミレの誘いに、両手を合わせて答えた。
「了解!お願いした事あったんだけど、先約あるなら仕方ないかぁ。明日話すね」
「うん。ゴメンね」
本当は先約なんてないんだけど。お願い事を聞ける精神的な余裕もない。
家に帰って、生徒会の体育大会関連の資料まとめとか、やる事も多くて気が乗らなかった。
嘘いってる自分が少し嫌いになる。
中学に入学して二ヵ月が経って、出だしは上々。生徒会役員にも選んでもらえた。。
適度に良い愛想と、母親譲りの(他人に言わせると美人らしい)顔に感謝。
男の子に言わせれば私は甘え上手な妹キャラ。
女の子に言わせれば天然のヤンチャキャラらしい。
おっちょこちょいで失敗してもみんながフォローに回ってくれている。
自分ではよく分からないけど、みんなからモテる秘訣は?
可愛くなる方法は?ってよく聞かれるけど…。
モテてるの?私ってマジで思う。
ただ八方美人なだけなんじゃ。
なんか最近、自分の魅力が迷子になってる気がする。
私の周りは常に賑やかで、騒がしい。
でもガハガハみんなと笑っているのは楽しいから、これで良いんだと納得させてる。
中学に上がった途端、選ばれた勇者ぶる奴、見えないものが見える奴、典型的な厨二病を発症する奴が増えたのがタマにキズではあるけど。
色々な子がいて、中学生活は楽しい。
「アン。どうしたの?今日の妖精さん、元気ないんだけど」
「え、そうなの?」
「うん、ションボリしてる」
心配そうな顔で空ちゃんが言う。
なんで、この子は私の今の気持ちが分かるんだろう。
「疲れてるのかなぁ」
「私の妖精さんが慰めとくねって」
空ちゃんが何もない空間をヨシヨシしてる。色白で二つに縛った髪がウサギの耳に見えて可愛い。陸上仲間でもあり、空ちゃんとは一番仲が良かったりする。妖精が見える不思議ちゃん。フンワリしてるかと思ったら、全国でトップクラスのスプリンターだからギャップが凄い。
今もアンニュイな私に気付いて慰めてくれてる。
この子も厨二病なのか…とはじめは思ったけど、誰にも話したことがない、私が密かに小さい頃から持っている大切な犬のぬいぐるみとかを言い当てちゃうから、この子はガチなのかな…って思う。
「早く元気になってね!また一緒に走ろう」
「うん、バイバイ」
空ちゃんにバイバイし、他のみんなとも、また明日ねと別れを惜しんだハグをして、手を振り静寂の中に身を置いた。
教科書を鞄に詰め込めば、鞄に付けてある映画館で買って貰ったハートの片割れの恋守りについた鈴がチリンと音を立てる。
帰り支度をしてる私の横をクラスで一番、美形な男子と誉れ高い怜音が通り抜けようとして足を止めた。
「あら?今日は一人なの?智樹はいないのかしら?」
何故か怜音は私と喋る時だけオネェ言葉を話す。
小さい頃、怜音は自分を女だと思い込んでいたらしい。
その黒歴史を暴露した時、私が『怜音美人だからね無理もないわ』と笑い飛ばしたのがきっかけらしい。
男臭さを消してくれているせいか女友達と話しているみたいで話しやすいから、怜音のレオンの字からオを抜き取ってレン姉と呼んでいる。
怜音は頭が良くて、人の心の在りどころが解る優しい子だ。
「レン姉には言っとくね。昨日から智樹と友達に戻ったんだ」
小学四年生から付き合っていた智樹との仲をウチのクラスでは唯一怜音が知っていたから。隠しておくのはやめることにした。
怜音と智樹は小学校こそ違うけど、幼馴染みで仲もいいしね。
だから昨夜ら別れた事を怜音にバラした。
怜音が小さく眉を寄せている。
「え…?マジ?」
男言葉に戻った怜音に笑顔で答えた。
「うん、友達にもどった」
チクっと刺さる胸の痛みを気のせいだと片付けて鞄の蓋を被せる。
中学になりクラスが離れた智樹とは、すれ違う事が増え、一気に疎遠になった。
入学する前の春休みの時は、中学になったら、一緒に学校行って、休み時間には遊んで、帰ったら一緒に勉強して同じ高校に行きたいねって約束してたのに。
どれも守られる事はなかった。
小学校の頃いつも一緒に行動して、双子みたいと言われるほど仲が良かったのが嘘のようだ。
校則が厳しくて、クラス間の交流が禁止された事で接点がなくなってしまい、同じ学校なのに会えないという日々が続いた。同じ階にいる筈なのに、顔も合わさない。携帯も禁止の学校だから、連絡を取り合っていた筈の電話やメールも通じなくて。
智樹も故意に私を避けてるみたいな感じだった。
声をかけようとしても忙しいと走り去られる。
廊下で顔を合わせても辛そうな顔で目を逸らされたから。
私のことが嫌になったのかな…と思わずにいられなくて。
急に突き放されたのがショックで、裏切られた気持ちになった。
別れることになった原因は、私の態度がいけなかったのかもしれない。
逢えない淋しさも限界に達していた。
クラスの男子達に彼氏はいるのかと、口々に聞かれ、いないと答えて欲しそうな面々だったから咄嗟にいないと嘘を付いた。
智樹は別のクラスで、私の事を彼女だと言ってくれていたのに。
なんか、みんなの前で堂々と彼氏がいるとは言えなかった。
彼氏とは名ばかりになっていたし。
智樹のクラスでは、「脳内で彼女認定してただけなんじゃないの?」って皆んなにからかわれ、「みんな酷っ」…って、廊下を通り過ぎる時、困ったように笑ってた智樹を目の端に捉えていたのに。
私は教室の中で自分に話しかけてくれている子達の話の波に飲まれ、置き去りにしてしまった。
それから智樹は更に私から距離を置くようになった気がする。
帰りも一人で帰ってしまい、喋る事も減り、それに耐えられなくなった私は自分から、友達に戻ろうと提案した。
智樹は、自分が悪かったから…と友達に戻ることを了承してくれたのだ。
追いかけてもくれない。
別れたくないとも言ってくれない智樹が悲しかった。
胸が千切れそうだった。
でも、これでもう嫌われたとか、無視されてるとか悩まなくても良い。
人の気持ちは変わってしまうものなんだ。
永遠なんて、永続性なんて幻でしかないんだと自嘲する。
それなのに、カバンにつけたお守りを外せない私が惨めだ。
中学生活も始まったばかり。
やらなければならないことが沢山ある今は、誰にも縛られていない方がいい。
忙しさで顔を合わさなければ忘れられる筈だから。
そう自分に言い聞かせた。
沈黙が教室に流れる。それを破ってくれたのは陽気な怜音の声だった。
「あらま、そりゃ智樹も、お気の毒ね。まぁ、私にチャンスが回ってきたともいうけど。さみしきゃ私が埋めてあげるわよ?」
「怜音、それじゃレズになっちゃうしw」
「ちょwヒドいわね。今から帰るとこでしょ?ご一緒して良いかしら」
「レン姉ってばNoを言う隙を与えないなぁ」
仕方ないように、苦笑いして怜音の隣を歩く。
「今は、一人にしない方が良いかなって思ってね」
「やだーレン姉のくせに、そんなイケメンな台詞言われたら、惚れちゃうじゃん、レズになるけどw」
「ヒドいわ。アンちゃんったら口悪いんだから」
怜音がそれを言うと同時に校門を出ようとしている智樹に気がついて、大声で呼び止める。
え、ちょっと。昨日の今日で気まずすぎるんだけど。
責めるように見ると、怜音がウインクしてる。
「恋人ではなくなっても友達ではあるワケでしょ?だったら避けるのは変よ?」
そう言って私の袖を掴んで、早歩きで智樹の所まで追いつく。
そして、私を智樹の近くまで連れて行きつつ、一歩前に出て智樹の首にガシっと腕を回した。
「よぉ、フラれモヤシ」
「ウルセー。モヤシじゃねーし。だまれオカマ」
「プッ、フラれたのは否定しないのなw」
「ダ、マ、レ、」
「全く、ドス黒いオーラ出してんじゃねーよ。闇に囚われんぞ?」
「フン、そんなもの。この闇を切り裂く伝説の剣で振り払ってやるし」
智樹が何もない空間を切り裂くように薙ぎ払った。
いつの間に智樹まで厨二病になったんだろう。確かに智樹は昔からボカロ曲聴きまくってmytube(動画サイト)見まくってて若干、ヲタ◯の三文字で表されるアレではあったけど。
そういえば、部屋には兄ちゃんから押し付けられたって本人は言い張ってたケド、フィギュアが置いてあったしw
美形じゃなかったら、女子にドン退きされてもオカシクナイのかも。
内心でdisってたのが解ったのか、私がすぐ後ろにいるの事に智樹が気付いた。
そして一瞬目を見開く。智樹は何か言いたそうにしながらも口を閉じてしまう。
私も何を言ったら良いか分からず固まっていたら、怜音が私達の顔を交互に見た後でニヤっと笑った。
「お前ら双子か、表情一緒w」
眉間のシワとへの字に結んだ口を指摘される。確かに同じ困り顔だ。
怜音が緊張した張り詰めた空気を解してくれたのに気付いて深呼吸する。
「ちょ…レン姉。伝説の剣とか言ってる厨二病と一緒にしないでよ~」
「厨二病…って、酷…杏、仮にも将来を一度は誓った相手に言う言葉?」
智樹もホッとした表情になって、苦笑していた。
「破棄して正解よねー!杏は私と未来を紡ぐのよ~」
怜音がフフフと裏声で歌うように言う。
クルクルバレリーナのように回っていて、少し可愛い。
「レン姉。女同士は結婚出来ないから」
「っていうか、怜音。普通にお前はナイからw」
私と智樹が口々に言う。
「ヒドいわ…二人とも」
芝居がかってヨヨ落涙とばかりに袂を拭うフリをする怜音が面白くて、久しぶりに笑顔が戻る。
隣を見れば、智樹も笑っていた。
あのままだったら、智樹と二度と話せなくなってしまっていたかもしれないのに。
怜音が気を回してくれた事がよく分かる。
きっと智樹もそれが分かっていたから、怜音の戯言に乗ってくれたんだろう。
友達にすら戻れなくなりそうだったのに、怜音の優しさに感謝の気持ちで一杯になる。
そして。
何ヶ月かぶりに智樹の隣を歩いた事で、悲しいくらいに智樹の事が好きで、嫌いになんかなれないんだと思い知らされる。
嫌いになれたら楽なのに。
友達に戻ったのだから、智樹の隣はいつか他の誰かが歩くことになっても文句は言えないんだ。今はまだ同じ中学だから顔を見ようと思えば見れるけれど、違う高校に行って社会に出たらもう二度と会えないかもしれない可能性だってある。
寂しさに耐えられなかった癖に、それは嫌だと言う気持ちが溢れてきてしまう。
あいかわらず、智樹の私に向ける視線は優しい。
私は二人に別れを告げると、逃げるように家に駆け込んだ。
生徒会の体育大会の競技についての案をまとめるためにタブレットを立ち上げた。
検索エンジンを開き、打ち込むべき言葉は『体育大会 面白い 競技』とか『体育大会 楽しめる 種目』でなければならない筈なのに検索ワードは別の言葉を打っていた。
『諦められない恋』
そう打ち込んでいた。
少しでも自分が楽になれる言葉を見つけたかったからだ。
検索結果の一番上に動画がアップされている。アニメ風のイラストがサムネイルで出ている。
(ボカロかぁ)
智樹がハマってるジャンルのソレだ。
タイトルが
『諦められない恋』
と、まさに私の気持ちを代弁しててちょぅとビックリする。
ボカロ曲は何度か、智樹のイヤホンを片方だけ貸してもらって聴いた事がある程度だ。
聴いてみようかな。
思うのと同時に手がフリックしていた。
イラストを背景に、綺麗な旋律に乗せてボカロ特有の機械音が流れる。
音は単調なのに心の中にブアッと訳のわからない感情ご押し寄せて鳥肌が立った。
胸を締め付けられて息が出来ない。
ポタポタと机に落ちる水滴の音で、自分が泣いているのに気付いた。
心が震えて止まらなくて、繰り返し聴いてみる。
何度目かでやっと歌詞が気になりだして、イラスト下部に表示されてる歌詞を読み始めた。
◇◇◇
あきらめなくてはいけないのに
なぜ想いは消えてくれないの
ノートに書いた好きの文字は消しゴムで簡単に消せるのに
君への想いを 消すことさえ出来なくて
足掻いた分だけ好きになる
※私の想いは炎となって
いつか君を焼き尽くしてしまうから
炎に身を焦がす蝶のように 君への想いごと
燃え尽きてしまえたら良いのに
あきらめなくてはいけないのに
なぜ視線はあなたを追いかける
真っ白なノートを開いたまま運動場で走る君に向かう
君への想いは 少しも色褪せてくれなくて
涙の分だけ深くなる
(※リピート)
恋人ではいられなくても
それでもあなたの側に居たいと願う
(作詞作曲:透明P)
◇◇◇
曲の最後でテロップが流れる。
透明Pさんって人が作ったんだ。
凄いな…この人。
一気に心を持っていかれた。
素敵な曲。
全曲ブックマークしよう。
下の方にスクロールすると、ものすごい量のコメントと共に、殿堂入りしている有名Pさんだという事が分かった。
だよね。いくら共感する部分が多かったからってボカロを聴いて泣く日が来るとは思わなかったもん。
プロフィールランにも目を通してみる。
性別も年齢も不明。
色々ベールに包まれているらしい。
ただ、ブログがあるらしくリンクが貼られていたから、そちらのページに飛んでみた。
ブログ名は
《闇と光》
と若干(厨二病ですか、昼もなんか似たようなコトを言ってるヤツがいたような…と)思わなくもないもので苦笑いする。
コメント欄はメンバーだけになっているらしく、書き込んでいるのは「ライオン」と書かれた人だけだ。
音楽の事は、配信した日にそのことをアップしているだけで、ほぼ日常(…多分この透明Pさんの想い人?)の事で埋め尽くすされていた。
少し前の記事にもさかのぼってみる。
◇◇
◯月×日
大好き。
なんで本人を前に言えないかな。
毎日ドキドキしてる。
◯月△日
ライバル多すぎ!
私のだーって叫びたい。
ヤダ…あの人のこと誰も見ないで。
◯月☆日
独占欲…ヤバ。
なんで綺麗な気持ちだけで
いられないんだろう。
あの人は純粋で綺麗なのに。
◯月★日
私のエゴであの人を汚すわけにはいかない。
自分が怖い。
こんなに欲深いとは思わなかった。
欲しいという気持ちが止められない。
◯月◎日
欲しい。欲しい。欲しい。
なんでこんなに欲しいんだろう。
綺麗で澄んだ瞳のあの人に
私はふさわしくない。
◯月▲日
ダメだ。嫌だなんて言えない。
嫌だ。嫌だ。嫌だ。
好きで。好きで。好きで。
でも、私が好きな人を傷つける存在でしかないなら、受け入れるしかない。
望むのは大切なあの人の幸せだけだから。
◇◇
あ…これ別れた記事だ。
大好きなのに別れちゃったっていうのが痛いほど解る。
好きなのに別れるのは辛いよね。
私も辛いもん。
そして。
今日の記事を見て微笑ましくなる。
◇◇
〇月☆日
別れてから、あの人に初めて
話してもらえた!
普通に話せたよ~(*´꒳`*)
嬉しい嬉しい!
久しぶりに笑顔が見れたよー(≧∀≦)
あいかわらず、ツンデレっぷりが最高
可愛いー!可愛いー!
◇◇
曲からは想像もできないくらい、キャピキャピしてたw
女の子かな。男の子かな。
下の欄にはコメントがついてて、言い合いになってる。
◇◇
ライオン<もう、諦めるのやめたら?無理よ、あんたには!!
オーラヤバくなってるんだからね!!
透明P<リョーカイ
d( ̄  ̄)
諦めたらソコで終了…だもんね。
諦めるのは…もう、辞める(キリッ)
∠( `°∀°)/
ライオン>あら意外に素直。
ここ数日≪あの人≫の事、話しに出さないでって
滅茶苦茶反抗してた癖にw
透明P<ムリムリww
話したらムリだったw
だって、幸せなんだもん。
可愛いんだもん。
近くで笑顔見てたいんだもん!!!
ライオン>片思い乙!!
双六なら「ふりだしへ戻れ」ね♪
透明P<。゜(゜´Д`゜)゜。
◇◇
透明Pさん、可愛いなぁ。
ライオンさんと良いコンビだし。
なんか、一生懸命で応援したくなる。
私も元気出さなきゃね!!
滅茶苦茶パワーをもらった気がする。
良いなぁ。こうして誰かに勇気を与えられる人って。
私もそうなれたら良い。
なれるかな。
うん、なる。これからは透明Pさんを心の師と呼ぼう。
透明Pさんのブログをお気に入りに入れて、気分を入れ替えて、生徒会の仕事をする事にした。
「おはよ~!アンの妖精さんが少し元気になってる!良かったー」
空ちゃんが、私の席にやってきて開口一番ピョンピョン跳ねてる。
私はまだ何も言ってないのに、本当に不思議なコだ。
「空ちゃん、妖精さんって皆んなにいるの?」
「うーん。いない人がほとんどかなぁ。いるのはこの学校だと私とアンちゃんと怜音と…うーん、違うクラスの智樹君くらいかも」
空ちゃんの口から智樹の名前が出てドキっとする。
「へぇレン姉もなんだ」
「怜音の妖精さんは女の子で、可愛いんだよ。だから怜音は自分のこと女の子って思ってたのかも」
「三組の智樹にもいるの?」
「うん。少し前まで羽の色が濁ってたけどいるよ。私はちょっと怖くて苦手なんだけどね」
空ちゃん曰く、妖精さんがいる人は特別らしい。なんで智樹が苦手なの?って聞けば、アンをとって独占するからって、サラっと言ってのける。私、一言も智樹の事話した事ないのに。
なんで解るのかなぁ。
宿題忘れてる事に気付いて、空ちゃんか慌てて席に戻っていくのと入れ替わりに、スミレが私の席の横に駆け寄ってきた。
「アン昨日の話なんだけど。お願い。幸太とライン交換してあげて」
幸太というのは、スミレと同じ小学校出身で、スミレが四年生の頃から片想いしてる相手だ。一度は告白した事もあるらしい。断られても、幸太君が優しすぎて他の人を好きになれないと入学してすぐの頃言っていたのを思い出す。
同じ期間同じ人を好きでい続けてる仲間なんだってスミレに親近感を覚えたんだ。
「幸太君って隣のクラスのスミレの?」
「うん、幸太がアンの事好きなんだって、だから幸太が幸せになれるように協力するって決めたの」
満面の笑みで言ってのける。
「私とくっつけたら、スミレの気持ちはどこにいくの?」
「いいの、いいの。私は諦めてるから、幸太が悲しむ顔のが見たくないんだ」
何年も想い続けているだけあってスミレの瞳には迷いがない。私が智樹に同じ事をしてあげられるかって言われたら、絶対無理だ。
智樹が好きになった人とのキューピッドなんて出来る筈がない。
「スミレは強いなぁ尊敬しちゃう」
「そう?なら協力してよー。ライン交換…良いでしょ?」
私がラインを交換してるのは、智樹だけだ。他の誰にも教えてない。別れたっていっても、まだ他の誰かを住まわせる余裕が私の心になかった。
「考えとく」
「もう、アンってば、フラフラしてそうにみえてガード堅いんだから」
プウっと膨れ面になりつつ、それでもどこかホッとした顔で席に戻っていくスミレを見送る。
健気だな…と思った。
幸太君は体育で一緒になるから運動神経が良い事は知ってる。
背が高くて、小麦色の肌でジャニーズにいそうなハッキリした顔立ちのイケメンだ。
同じ組の女子達が、カッコいいって叫んでるのを見たから人気もあるんだと思う。
男らしくてカッコいいという意味では、モヤシっ子の智樹とは比べ物にはならないだろう。それでも、目を閉じると出てくるのは智樹の顔っていうのが、自分でも泣けてくる。
次の休み時間になると、スミレは私を引っ張って幸太君がいる隣のクラスに連れていった。
「コータっ!喜べー!連れてきたよ~♪」
スミレが入り口のドアから幸太君を呼ぶ。
褒めて褒めてと犬ならば全力で尻尾を振っているだろう事が簡単に想像できて、思わず噴き出してしまう。
幸太君がスミレの声に気付いて、小走りでこちらに来る。
爽やかが具現化したら、こうなるんだろうな…といわんばかりにキラキラしていた。
「スミレ、マジで連れてきてくれたん?」
「えへへ~。間近でみる生アンは可愛いでしょ?」
幸太君の笑顔を見たスミレが幸せそうに笑う。
「うん、可愛い、可愛いっていうより美人サンかな?」
私の方を見てニコって笑った。
「上手いなぁ。イクラ欲しいの?」
直接的に褒められるのに慣れてなくて、お財布を出すフリをして茶化せばレンがプッと吹き出した。
「面白っ…見かけによらず、杏って良いキャラだね」
「え?そう?」
「ツンデレっていうか…可愛い、反応が可愛い。照れ屋なんだ」
図星を刺されて赤くなる。
「…幸太君ってば、タラしでしょ?何人もの女子泣かせテル気しかしないw」
「そうそう、幸太は超モテるんだから」
エッヘンとスミレが自慢げに踏ん反り返る。
「モテない、モテない。だいたいモテたいのは一人にだけだし?」
幸太君が色っぽい視線で私を見た。
慣れてない。
こういうの慣れてないんだって。智樹はこんな気が効いたコト言えるタイプじゃないから、マゴマゴしてしまう。
「幸太、頑張れー!アン、幸太の魅力にメロメロになっちゃえー」
ケラケラ笑いながらスミレが言う。
「うんメロメロになって?」
幸太君の言葉に、私はなんと答えたら良いか分からずに、その場から脱走した。
「ちょっと、ちょっと。私というものがありながら、浮気するってどういう事なのかしら?」
怜音が昼休みに本を読んでいる私から本を取り上げて、顔を覗きこんでくる。
無駄に整った顔だなと思いながら、心当たりがなさすぎて、首をかしげた。
「え?何のこと?」
「やだ、この子ったらアザトい。幸太と良い雰囲気だったじゃない、噂たってるわよ?」
「へ?」
その場にはスミレもいたんだけどな。
「もう、鈍感ね。まぁ、そんなところも良いんだけど。敵ばかりで油断も隙もあったもんじゃない。仕方がないからこの私が守ってあ、げ、る」
怜音が廊下にいる誰かを睨んで言った。
(更新されてるかな)
家に帰って、まずする事がタブレットを開くことになってしまった事に苦笑する。
透明Pさんのブログが更新されていないかをまずチェック。
new!のアイコンが表示されてるのを見て記事に早速目を通した。
◇◇
◯月★日
最近あの人とAがデキているって噂が私の周りで立ち始めてたんだけど、ついにAから宣戦布告されちゃったよ(´;ω;`)
「元恋人サン、◯◯◯を貰うから」
って、正面切って言われた…orz
「好きになるのは自由だけど、傷つけたら許さない」
そう言うのが精一杯だった私にAは嗤った。
「君じゃないから、傷つけないし」
睨みつける事しか出来ない自分が悔しい。
何よりAの方が、あの人にお似合いなのが悲しい。
きっとAの方が、あの人を幸せにできる。
そう思ったらそれ以上、言い返す事も出来なかった。
私が望むのはあの人の幸せだから。
でも、恋人のままだったなら、Aにちょっかい出さないでって言えるのに。
今は言う権利もない。
あの人の隣は私の指定席だったのに。
ヤダ。
誰かが並ぶのなんて想像した事もないし。
耐えられない。
気軽にあの人に話し掛けないで。
ヤダよ。
あの人を私からとらないで。
このまま、さらって私だけのものに出来たら良い。
私だけの世界に閉じ込めて。
誰にも見せずにいたくなる。
こんな自分が怖くなってあの人から逃げたのに。
何故、繰り返してしまうんだろう。
消え去りたい…
自分を消し去りたい。
◇◇
昨日の記事とは打って変わって、落ち込んでる。滅茶苦茶辛いのに、スミレといい透明Pさんといい、なんで好きな人の事を第一に考えてあげられるんだろう。
私は、私の寂しさに呑まれてしまったのに。
急に自分が恥ずかしくなった。
それと同時に自分を消したいなんて言う透明Pさんをなんとかしてあげたくなる。
ブログのコメントは身内のみだから、メッセージを送るというアイコンをクリックした。
ふだんブログは読み専なんだけど、何か言わずにはいられなかった。
◇◇
件名:初めまして
送信先:透明Pさま
発信元:ハナミズキ
初めまして、今日のブログを拝見し矢も盾もたまらず、メッセージを送ってしまいました。
透明Pさんの想い人さんへの想いの深さに、想いんが何故気付いてあげないの?!って思わずにいられません。
こんなに魅力的な人をこんなに悲しませてるなんて。
こんな事を書いたら、初対面(初メール)でいきなり嫌われそうですが、 想い人さんをこの場に連れてきてボコボコにしたいくらいです。
何故なら、あなたは私の恩人だからです。
私も失恋して落ち込んでいるのですが、あなたの作った曲で本当に救われました。
曲を聴いて泣いたのは、生まれて初めてです。
無理に忘れようとするのはやめようと思いました。
歌詞やブログの記事を見て、透明Pさんの優しい人柄が解って、さらに大好きになりました。
ライオンさんとの漫才のようなコメントのやり取りを見ていると、私の荒んだ心が洗われるようで、毎回楽しみにしています。
あなたの事を素敵だと思っている私みたいな人は沢山いると思います。
きっと、私のようにコメントを送っている人が沢山いそうなので、読んでもらえるのかもわかりませんが、勇気を出して初メールを送っちゃいました。
なので、初メールでクレームを言ってしまい申し訳ありませんが、言っちゃいます!
消えたいなんて悲しい事は死んでも言わないで下さい。
◇◇
送信ボタンを勢いで押した後、我に返ってブラウザのバックボタンをタッチするも後の祭りだった。
(…やっちゃった)
私、超有名Pさんにいきなりクレームメール送りつけるとか…ないわ…普通に。
男か女かも分からない、おじちゃんかもしれない人に説教くさいメール送っちゃったかもしれないんだよ?
なんで私ってこうかな。いつもそうだ。
よく言えば一本気。
悪く言えば猪突猛進の考えなし。
こうだと決めたら突っ走っちゃって後悔することばっかだ。
智樹の事といい、なんでもっと我慢できなかったんだろう。
こんなヤツだから、智樹も引き止めたくないよね。
ズキっと胸が痛む。
ため息をついて、タブレットの電源を切ろうとしたら、新着のメールが届いていた。
送り主を見て固まる。
信じられない。
え?こういう有名人の人って、返信しないのがデフォルトじゃないの?
送り主を見直しても、透明Pと書いてある。
透明Pさんから、まさかの返信が来た。
恐る恐る、そのメールをタップする。
◇◇
件名:ハナミズキさんへ
送信先:ハナミズキ
発信元:透明P
メッセージを本当にありがとう。
あまり返信する方ではないんだけど、思わずハンドルネームが好きな花だったのと内容が印象的だったから返信しちゃったの。
オフで知り合いのライオンに、オンとオフ切り替えろって言われてるから、個人的に送ったってバレたら叱られそう(~_~;)
いつもなら、貰ったメッセージはブログでまとめて返してて、個人的に返信はしなかったりするんだけど、インパクトが凄くて書いちゃった!
まず初メールの人に叱られるのが初めてでビックリ(笑)
でも、私のこと凄く思ってくれてるのが解って嬉しかったよ。
叱って貰えるのって嬉しいものだから。
ちょっと、私の想ってる「あの人」に似てて親近感湧いちゃった。
ブログは頻繁に更新してるから、暇な時に気軽に書き込んでね(*^_^*)
あの調子でガンガン突っ込み入れてくれると嬉しいな(^_−)−☆
じゃあねciao
◇◇
透明Pさん、やっぱ良い人だ。すごく言葉が優しい。
っていうか、コメント欄に書き込めるように身内認証してくれてる?!
ブログに戻ったら、コメント書き込みボタンが表示されてるのを見て手が震えた。
ライオンさんしか書き込んでないコメント欄に私が?
社交辞令かな。
でも、折角書き込み可能にしてくれたんだもの、書き込まないと失礼だよね?!
数分悩んだ後に、コメント欄を開く。
◇◇
ハナミズキ<自分を消さず、むしろ自己主張するに1票!!
避けずに話してくれてるって事は、
まだ相手の人も透明Pさんの事、想ってるに違いない…ハズ…
◇◇
なんとか元気付けてあげたくて言葉を選ぶ。
ライオンさんとのやり取りの空気を壊さないように、邪魔しないようにする為に、あえて敬語はやめた。顔文字は初めてなので流石に遠慮する。
沢山のファンの人達が見てるブログだから慎重にコメントしなきゃ。
ドキドキしながら、本当はずっと眺めていたいけど、現実は待ってくれない。
学生は忙しいのだ。
タブレットを泣く泣く閉じて宿題に取り掛かる。英語に漢字、問題集と、中学生の1日は思った以上にハードだ。
それでも、透明Pさんのブログが気になって仕方がない。
書き込む前と後では気になり度が違う。
身内専用のコメント欄に書き込む行為は共犯者にでもなった気持ちになるから。
やれる事は全力でやると決めているから、宿題と家勉を終わらせて、再度タブレットを立ち上げた。
コメント欄に書き込みが増えている。
◇◇
透明P<ハナミズキ(ちゃん?くん?)、コメありがとー!
自己主張?!出来るかな…ただでさえ目立たない私が…orz
ライオン<あぁー!透明Pがナンパした子が増えてるww
君の大事な《あの人》に浮気してますよ~ってチクりたいw
ハナミズキちゃん(ちゃんで良いのかしら)ヨロ~♪
私もハナミズキちゃんに1票!
ボヤボヤしてると連れ去られちゃうよ?マジで。相手は相当手強い。
ハナミズキ<ライオンさんこんにちは!
こちらこそよろしくです!ハナミズキ(呼び捨て)でヨロです。
いっそ透明Pさんの曲をその人の前で歌ってみるとか!
透明P<…速攻フラれるww却下。
ライオン<私の事は呼び捨てでヨロ。ところでハナミズキ、ソレ…あかんやつや。
でも何か透明Pはアピるべき。
ずっと好きでいるよ。とか甘い言葉を吐いてみたら?
一ヵ月以内にアピれなきゃ罰ゲームよ?私と一緒に踊らせるからw
ハナミズキ<ライオンに1票
バッ(^^)/
透明P<…何気に気が合うね…2人。ドSなの?ねぇ…そうなの?
絶対ムリ…。
ゲっ!!
…メッセージでライオンとハナミズキに同意
ってメールがいっぱい来た(ノД`)
ライオン<決まりね。私は早々にウイッグと仮面用意しとくからねw
ハナミズキ<ファイト!透明Pさんがどんな人か超楽しみ!
透明P<うわぁぁん。
。・゜・(´;ω;`)・゜・。
◇◇
罰ゲームで踊らせるって、ライオンさんも鬼畜な事を。
あ、でも、マジでちょっと見てみたいかも。
って事はライオンさんって踊り手さんなの?!
早速、ライオンさんでmytubeで検索をかけてみる。
出てきたのは、「透明Pさんの曲を踊ってみた」というタイトルで何曲もアップされていた。凄いキレのある色っぽいダンスだった。
煽りコメントの多さに驚きを隠せない。
ライオンさんも人気の踊り手さんらしいのが解る。
仮面をつけ、ウイッグをつけているせいで、性別がよく分からない。
スタイルが良くて仮面の中の顔が整っていそうな事、運動神経が凄い良い事だけが画面から窺い知れた。
凄い二人に話し掛けて貰えてるんだって思ったら、今更ながらに身震いしてくる。
良いのかな。
私なんかがブログに参加させて貰っちゃって。
ワクワクとドキドキが止まらなくて、その夜は中々寝付けなかった。
「杏…ちょっと良い?」
登校途中らしい智樹の声が道端から聞こえる。家を出たばかりの私がキョロキョロ見渡せば、隣の家の塀にもたれて立っていた。
また、少し背が伸びたのか視線が上になってる。
「おはよ、何?」
何か急用とかあったっけ?とキョトンとした顔で首を傾げれば、智樹が首の後ろをぽりぽりと掻いた。
「え…っとさ、杏って幸太と付き合ってんの?」
「は?!」
「だって、学年中その話で持ちきりだったから《美男美女のカップル誕生》って」
「はぁ???何言ってんの?幸太君には告白すらされてないし、した覚えもないっての」
「幸太が、告白したら…告白したら杏はどうするの?」
「は?考えてないし」
今は私の色恋より、透明Pさんの恋の応援したい感じだから。
「幸太、本気っぽいからさ」
「何、智樹は私に付き合えって言いたいわけ?」
「駄目…あ、うん。俺に駄目っていう権利はないから。止めないかな」
智樹のバカ。
そこは嫌だって言いなよ!断れって言ってよ。
そこまで智樹にとって私ってどうでも良いんだ。
好きな人に、別の人を勧められたらどう思うか少しは考えなよ。
グサって見えない剣が私の胸を抉っていった事に気付け。
気を抜くと泣きそうじゃんか。
ぐっと奥歯を噛み締めて、頑張って作り笑いを浮かべる。
智樹の手を振り払ったのは、私なんだから、文句言うのはスジじゃないのは解ってるから我慢した。
「智樹は。それで良いんだ?」
「杏が幸せなのが一番だから」
「そっか、なら私は一生幸せにはなれないかもしれないけど」
ポツリと地面を見て呟けば、智樹が息を呑んだ。
「え?」
智樹の瞳が切なげに歪められたのを見ていたくなくて話題を変える。
「ま、私の色恋のことは置いといて、今はハマってる事があんの!」
「何?」
「すっごい大好きな人、あ…人間として尊敬してるっていうか、私を救い出してくれた大切な人がいてね。その人の幸せを絶賛応援中!」
「え…」
智樹がキュと唇を噛み締めた。
なんでそんな辛そうな顔をするの?
「なんか、私マズい事言った?」
「ううん。いや…杏が誰かに夢中になる事とか珍しいから驚いたっていうか。ま、いつも杏は誰かの為に一生懸命になる方だけどさ、なんかいつもと違う」
「そう…かなぁ」
「うん。皆んなに優しいけどあんま一人に執着とかしない方なのに、入れ込み方が違うっていうか。ちょっと意外、誰なの?その相手って」
智樹の質問に答えられずに口ごもる。透明Pさんのプライベートに立ち入らせて貰ってるんだから、簡単に口を割るわけにはいかない。
「え、あゴメン。そういえば空ちゃんに授業前に英語のノート貸す約束してたんだった」
早口で言って、慌てたフリをして下駄箱に向かった。
朝から気分がローすぎて、机に突っ伏してしまう。
「アン、妖精さんが泣いてる。アンが泣けない代わりに泣いてるんだって」
空ちゃんが、私の頭の上にいるらしい妖精を撫でてくれている。
「空ちゃん、優しすぎ」
「アンの方が優しいよ、アンはいつだってみんなの事見守ってる。私は頑張ってる人以外への扱いは酷いもんだよ?足手まといのまま努力しない奴は死ねって思ってるもん」
しれっとブラックな事を言いながら空ちゃんが笑う。
「空ちゃんの真っ正直なとこスキ」
「えへ♪あー!そういえば体育大会の出し物って決まった?私、体育委員だから種目に人割り振らなきゃ、絶対一組優勝させようね」
陸上界期待の星なだけに空ちゃんは体育になると目の色が変わる。一気に本気のスイッチが入るのが解ってカッコいい。
「だねー!私は100mと200mで優勝して、アンが400mと800mかなぁ。どっちも速いしなぁ、最強リレーは私とアンがいるから絶対とれるし、うーん燃える」
種目表を先生に貰いに行ってくると言って空ちゃんがスキップしていった。
そのバカみたいな跳躍力にみんなが思わす振り返ってるのに気付いてない空ちゃんが可愛い。
なんか、みんなイキイキ頑張ってるなぁ。
空ちゃんは陸上命だし。
スミレは恋愛。
透明Pさんの音楽。
ライオンさんのダンス。
なんか、私だけが中途半端なんか気がする。
生徒会役員と言っても、雑用係のようなものだし。
勉強も運動もソコソコ、学校内では良い方だけど。
一流になるには何か足りない。
私なりに頑張ってるつもりなんたけどな。
私だけが輝けてない気がする。
だから、智樹からも、どうでもいいって存在になっちゃったのかな。
本格的に落ち込んできた。
「あら、何シケた顔してんのよ。美人が台無しよ?」
次の授業への移動中、ポンとレン姉に肩を叩かれる。ボーとしてたらしくて、一緒にいた筈のスミレや空ちゃんとはぐれてた。
「あ、レン姉」
「何か智樹とあったの?それとも幸太とかしら?私の太陽ちゃんを傷つけるならどいつもこいつも許さないんだから」
「いつから私、太陽ちゃんになったのデスカ?」
「いやぁ、明るく私たちを照らしてくれる存在だからそのものじゃないの」
こそばゆくなりそうな事を言われて、思わず口元を教科書で隠した。
「もう、レン姉ってば惚れちゃうでしょ。ただ自己嫌悪に陥ってただけだから」
「惚れちゃってよー。ま、アンちゃんの凄いのは、落ち込んでる時でさえ他人を気遣える事よね。辛くなったらいくらでも聞くから、頼ってね」
「レン姉」
「杏は杏のままで良いのよ。あなたが傷付いてなくて、智樹がいなかったら、私だって本気でプッシュしてるわよ。それくらいには魅力的なんだから自信持ちなさい」
女の子っぽい仕草でウィンクした筈なのに、レン姉が頼り甲斐のある大人の男の人のように見えた。きっと智樹がいなかったらレン姉を好きになっていたかもしれない。
私は私で良いんだ。
なら、出来る事からコツコツやれば良い。
今は透明Pさんのこいつもの応援に徹していよう。
◇◇
◯月×◯日
どうしよう。
決死の思いで声を掛けたけど
大好きなあの人を傷付けたかもしれない。
私の言葉で悲しい顔、させちゃった。
幸せになって貰いたくて、重荷になりたくない一心で言葉を伝えれば伝えるほどあの人の顔が曇ってしまって。
最後は泣きそうだった。
まだ、他の誰かのものにはなってないって解ってホッとしたけど。
なんで私はあの人を傷付ける事しか出来ないんだろう。
私だけを見て欲しい。
私だけの事を考えて欲しい。
私だけのものであって欲しい。
私の本音は欲しいばかりで埋め尽くされてる。
何より怖いのは、あの人の心に誰かが住み着き始めたらしい事。
恋ではないって言ってたけど、私の知らない誰かを特別に思っているらしい。
今までは、あの人の内側に入れて貰える人は私以外誰もいなかったのに。
それだけで気が狂いそうになる。
私とあの人だけで世界が完結したら良いのに。
◇◇
夜、いつものようにタブレットを開いたら、透明Pさんが落ち込んでしまっていた。
激しい想いを身の内に持て余してる。
なんで、上手くいかないんだろう。
こんなにこの人は、一途に想っているのに。
なんで、《あの人》はそれに気付かないんだろう。それどころか誰か別の特別を作るなんて許せない。
《あの人》に直接言えるなら、胸ぐら掴んで、良い加減にしやがれっ!!って怒鳴りつけてやるのにな。
コメント欄に目をやれば、ライオンさんがもう既に書き込んでいた。
◇◇
ライオン<透明Pは《あの人》に何言ったの?
可哀想なくらい落ち込んでたわよ?
今度傷付けたら承知しないんだからね!
透明P<Aの噂の事聞いただけ。
それより、あの人の心に誰か別の人がいる。
誰かの為に頑張りたいって言ってた。
その誰かが羨ましすぎて気が狂いそう。
ライオン<その誰か、私だったりして。
透明P<冗談でもそんな事いわないで。
ライオンも密かにあの人に惹かれてるの知ってるんだから。
ライオン、モテるんだから他あたってよ。
ライオン<痛いトコロを突くわね。確かに否定はしないわよ。
でもそんなに《あの人》が好きなら
…駄目元で、もう一度告白すれば良いじゃないの。
透明P<フラれたら立ち直れない。
ライオン<何言ってんの?知ってるんだからね。
透明P《あの人》と別れてから、色んな人に告白されて
一々断ってるんでしょ?断られた子たち何人泣いたと思ってんの?
透明P<変に気を持たす方が可哀想でしょ?
私はあの人以外いらないんだから。
それにあの人、無防備だから狙ってる人が多すぎて他を見てる余裕ないんだもん。
ライオン<ライバルで思い出したけど、
Aが近いうちイベントに乗じて告白する見たいな事、仄めかしてたわよ?
透明P<……ヤダ。
ライオン<私もしちゃおうかしらww
Aにあげるくらいなら私も参戦しちゃうんだから。
透明P<駄目、ヤメて…マジで。
ライオン<…なんで《あの人》の事になるとここまで、駄目になっちゃうのかしら。
透明P<あの人だけは無理。命がけなんだもの。
ライオン<なら、気合を見せなさいよ。
バツゲームの期限もある事だし、こうしない?
あるイベントで勝負に勝った人が告白する権利をゲットできる
ってのはどう?Aにも言っておくし、私やAの動きを止めたいなら
透明Pが頑張れば良い事でしょ?
透明P<…解った。少なくともAとライオンの告白は阻止する。
ライオン<あなたが告白するかしないかは自由だけど
しない時は口説けなかったって事で罰ゲームが待ってるんだからね。
透明P<解ってる。
◇◇
珍しく、二人の間に顔文字のやり取りがない。
一触即発の雰囲気が画面の向こうから伝わってきたから、今日はROM専に徹することにした。
透明Pさん、告白されまくるくらいモテるのに、一々断ってるんだ。
でも泣かせてる…って、透明Pさんって男の人なのかな。だったら女の子たちたまんないよ。
一人の人追いかけて一途で、《あの人》以外いらない…って。
みんな誰だってそんな人に想って貰いたいもの。
それくらい智樹が激しく想ってくれていたなら、別れるなんて思わなかったもの。
いつだって智樹はヘラヘラ笑って私の言うこと聞くばっかりで、こんな風に独占しようとなんてしてくれなかったもの。
透明Pさんに想われてる人が幸せだな。
それに、ライオンさんも同じ人を好きなんだ。あれ?ライオンさんは女の子っぽいのに。
ライオンさんは同性愛者さん?
…なわけないか…。
きっとライオンさんは、透明Pさんの事を思って焚き付けてる気がする。
二人とも仲良いな。
親友ってこういうの言うんだろうなって、少し羨ましくなった。
次の日の昼休み。
イヤホン付きのiPhoneをスカートのポケットに忍ばせて、屋上に行った。
誰もいないところで、透明Pさんの音楽を聴きまくりたかったから。
透明Pさんの音楽は可愛いものから、大人っぽいものまで多岐に及んでいる。
そのどれもが《あの人》一人に向けられてるんだ。
今聴いてるのは、ちょっとエッチなもの。
◇◇
どうしようもなく君に触れたい
僕の気持ちは綺麗なものだけじゃない
引き寄せ手を取り その先を望んでる
君は知らない
抱きしめて君の温度と融けあいたい
君を引き寄せ腕の中閉じ込めたい
唇から首筋 その先を望んでる
君は知らない
夢の中で何度
君を汚してしまったんだろう
◇◇
珍しく、男の子視点の歌詞だ。
少年声のボカロが軽快に歌ってる。
透明Pさん、やっぱ男の人かも。
ちょっと抑えられない欲望がリアルだ。
聖人君子で手を繋ぐのもいっぱいいっぱいだった智樹とは違う。
ちゃんと、あの人の全てが欲しいんだ。
「アンちゃん、ちょーっと良いかしら?」
屋上までわざわざ探しにきたのか怜音が額に汗を滲ませてる。
「レン姉、息切れてる」
イヤホンを外して、スマホをポケットに戻して、制服の胸ポケットからハンカチを差し出した。
それを怜音はニコっと笑って、汚れるからと制服の袖で汗を拭ってしまう。
こんなとこは男の子だなぁ。
「もう、探したんだからね!空に心当たりを聞いたら、《妖精さんが天の近くに行きたがってるから屋上かも》って言ってたから、来てみたの。あの子ナニモノ?」
「さすが空ちゃんだわ、で…何?」
「智樹が今度の体育大会で三組が勝ったら、好きな人に告白するんだって」
怜音の言葉に、心臓がヒヤリと収縮する。
智樹の好きな人?
智樹…好きな人、出来ちゃったんだ。
私以外の誰かを好きになる日がいつか来るとは思ってたけど。
まさか、もうなんて…。
ヤバ…泣きそうだ。
今度こそ完全に失恋かなぁ。
思ったよりダメージデカい。
「杏?平気?」
「あ…うん」
必死で誤魔化すように笑った。
「他のクラスの男子達も自分のクラスが勝ったら好きな子に告白するぞーって言ってる奴らが多発中なのよ。私としては、阻止したいの。だから一組を絶対優勝させましょうね!」
「うん。レン姉は何に出るんだっけ?」
「100mと最強リレーかな」
「うわ、男子の花形種目じゃん!レン姉」
「不承不承よ。あの人たちを勝たせたくないからね。汗臭いのなんて性に合わないんだけど…女子は杏と空がいるから最低限点数が確保できる筈。だから頑張ってね」
「そう…だね」
私のクラスが勝てば、智樹は告白しないでくれるんだ。
その瞬間、絶対勝たせてあげないと思ってしまった自分が嫌になった。なんで好きな人の幸せを願ってあげられないんだろう。
「智樹」
帰りがけ廊下で呼び止めると、智樹がニコと笑顔で足を止める。
「ん?何?」
好きな人出来たの?…て、一番聞きたいことが口に出せない。
私の意気地なし。
「明日の体育大会、何に出るんだっけ」
当たり障りのない言葉を選ぶ。
「うーん。100mと最強リレーと借り物競争かな、杏は?」
「400mと800mと最強リレーかな」
「ハードだね、一人三種目まで出れるって言って、走る競技ばっかに出る人は少ないと思う」
目を細めて智樹が薄く笑う。
「あー、でしゃばりだって呆れたんでしょ」
プーっと膨れてみせれば、智樹が違う違うって顔の前で手を振った。
「相変わらず頑張るなぁって」
下駄箱で靴を履き替えながら智樹が言う。私も慌ててスリッパを履き替えた。
「智樹も三つ出るんじゃん。三組が勝ちたいの?」
「うん、勝ちたい…ってか、勝たなきゃいけない…かな」
自分に言い聞かすように智樹が復唱してる。怜音の言ってた事、ホントなんだ。
「レン姉も100m出るんだって」
「らしいね、あと幸太も出るんだって」
「うわっ!熾烈すぎ…各組のエースばっかじゃん!」
一組から三組までの其々のクラスで一番短距離の速い男子が100mにエントリーしてる。
「杏はさぁ誰を応援すんの?」
「そりゃ、一組だもん。普通はレン姉でしょ…個人的には智樹応援してるけど」
帰る方向が一緒なのもあるけど、自然と横に並んで歩き始めた。
ああ、こうして2人並んで毎日登下校したかったんだよな。
今頃叶うなんて遅すぎるけど。
智樹の横顔を久しぶりに見た気がする。
目の下の泣きぼくろや笑った時に出るエクボが智樹だなぁって思う。
「へへ、ありがと。応援してくれるんだ。俺も杏応援してるから」
「クラス的には三組応援するけど?」
だって、三組勝たないと、好きな子に告白出来ないもんね。
そんな意味を込めて聞けば、智樹は困ったように眉を顰めた。
「確かに三組勝たないとマズいんだけど、でも杏は別だから」
そういう智樹の顔が優しくて、胸が締め付けられる。
好きな人出来たんなら元カノに優しくしたらダメなんだぞ?じゃないと諦めてあげられないじゃん。
私の家の前に来たからバイバイって手を振って別れた。
◇◇
◯月××日
久しぶりにあの人の側にいられた。
昔みたいに自然に話せたことが嬉しい。
大好き。
本当に大好き。
どうしようもないくらい好き。
やっぱり諦めたくない。
うん。
諦めない。
誰にも渡さない。
私自身の欲でさえ抑えてみせる。
あの人を守る。
私自身からも守ってみせるから。
だかはやっぱり好きでいさせて。
◇◇
透明Pさん、諦めるの辞めたんだ。
良いな《あの人》が羨ましい。
こんなに大切に思われて、幸せだろうな。
私は明日の体育大会の結果次第では、失恋決定かぁ。
頑張ってる智樹を応援したいけど。
心の底から応援する事って出来るのかな。
透明Pさんが、自分の事そっちのけで《あの人》を優先してるみたいに、私も出来ると良いのに。
久々にコメント欄の記入ページを開いてみる。
◇◇
ハナミズキ<頑張って!
罰ゲーム回避してねd( ̄  ̄)
骨はライオンが拾ってくれる筈w
ライオン<骨拾い隊参上d( ̄  ̄)
透明P、君は明日罰ゲームする事が私によって確定するのだからww
透明P<ヒド!!みんなのバカぁー!
罰ゲーム回避してみせるんだからー。
・°°・(>_<)・°°・。
で、今度の曲は砂吐きそうな甘い歌にしてみせる!!
ライオン<フッ…私も振り付けを考えとくわっ。one-s結成も間近ね!
ハナミズキ<新曲楽しみ(≧∀≦)
あ、でもone-sも見てみたい。
ヴー!両方に1票!!
透明P<曲は作るけど、踊らないからw
ちゃんとあの人に伝える。
伝えてみせる!
◇◇
体育大会当日。
青く澄み渡った空の下、歓声の元競技が進行していた。
小学校の運動会とは打って変わって、絵の上手い文化部の子達が毎日残って作ってくれていた巨大な看板を背に、それぞれのクラスが一つになっての応援大会は圧巻だ。
上級生になると、しっかり応援団も結成されて、悪ノリして女子が男子の学ランを借りて三三七拍子をしているクラスもある。
女子のセーラー服を無理やり着て、チアをしているクラスは悲惨だった。
上級生にもなると、すね毛は生えてるしガタイが良いから、セーラー服が悲鳴をあげている状態だ。
一年生はほぼほぼ、自作メガホンを各クラスで揃いで作って応援している。
種目に出ていない時も楽しめる、良い体育大会だ。
途中経過としては接戦になっていた。
私と空ちゃんで個人種目4種目(空ちゃんが100m.200m、私が400m800m)、満点の得点はゲットしてきたものの、他の女子が文化系の子が多すぎて壊滅。ほとんどの種目で入賞すら逃してしまったから上位入賞をコンスタントに重ねる二組、三組とは接戦になっている。午前中の見せ場として行われた男女混合の最強リレーが優勝出来たからなんとか二組、三組に張り合っていて、どのクラスが優勝してもおかしくない感じだった。
残る競技は男子の100mと大トリの借り物競争だけ。
一年生は各クラス2人が出て6レーンで戦う。一組のエースはレン姉、二組のエースが幸太君、三組は智樹がエースだ。
ここの順位でかなりクラス同士のパワーバランスが確定すると言ってもいい。
一年生の男子から順にスタートするから、三人を含んだ六人がもうスタブロの前に立っている。
スミレが右隣の席で、大声で幸太を応援していた。
「幸太ー!頑張れーー!!告白すんだろっ」
「スミレは凄いね」
「ん?なんで?」
メガホンを口から外したスミレが目をパチクリさせてる。
「だって、幸太君勝ったら、好きな子に告白するんでしょ?良いの?」
「良いにきまってんじゃん。幸太がしたいようにさせてあげたいもん」
「ホントにスミレは幸太が好きだね」
「ほら、アンも幸太応援してよー。アンに応援されたら一番取れるに決まってんだから」
椅子に置いてあるメガホンを渡される。
「や、普通に一組応援するべきっしょ」
本当は智樹も応援したい。
でも、応援するって事は、智樹が告白するのを後押しする事になる。
好きだから、応援したい。
でも好きだから、応援したくない。
迷ってる間に、一年生男子の100mがスタートしてしまった。
「一組頑張れー」
大声で叫んだ。
ピッチの速い、レン姉が半身リード。
幸太君と智樹がそれに続いてる。
他の三人をグングン引き離していく。
隣ではスミレが、幸太を応援していた。
幸太が中盤で加速する。
智樹が少し遅れた。
「智樹っ気合い入れろー!」
反射的に思わず叫んでしまう。
智樹がそれに応えるように加速して2人に並ぶ。
ハッと我に返って応援を続けた。
「みんな頑張れー!一組ファイト!レン姉も粘れー」
白いテープまであと数m。
瞬きも忘れて最後の瞬間を見守る。
結果は、三人が同時でゴールするという異例の展開になった。
動画を撮っている訳でもないので、三人が一位という事で決着したようだ。
内心ホッと胸を撫で下ろした私がいた。
智樹が負けなくてよかったという気持ちと、勝たなくてよかったという気持ちが入り混ざっている。
100m男子で決着がつかなかったクラス順位は、借り物競争に持ち越しになった。
100mを走り終わったレン姉が私の左隣の席に戻ってくる。
「レン姉乙!ナイスランだったね」
「勝てなかったけどね。誰かさんが智樹応援するから」
「レン姉も応援してたって」
「知ってる、だから許しちゃう」
レン姉が本音ってギリギリのところで出るわよね。と歌うように言った。
「次の借り物競争で決まるね。レン姉」
「幸太と智樹が二組、三組から出るんだっけ、走るの互角だから一組が不利かもね」
「うん」
一組は200m男で3位だった山田君が走る。智樹達から0.5秒くらい遅いかもしれない。
用意スタートの号砲がなり六組までの選手たちが走り始めた。山田君、幸太君、智樹の三人も走り始めてる。そして一目散に地面に置かれた紙を拾い上げ。ほぼ同時に、一組、二組、三組の三人が走り出した。優勝戦線から外れてしまった四組、五組、六組はネタに走っているのかふざけて走っている。
そして、本気モードの三人が何故か、私達のいる方目掛けて突進してきた。
周囲がザワザワしてる。
「杏…一緒に来て」
三人の声が同時に重なる。
え?どういう事なの?
どんな条件なの?
三人が持っている手元の紙をチラリと見る。
一組の山田君は「美人」
二組の幸太君は「自分のことを想って欲しい人、もしくは想ってくれてる人」
三組の智樹は「大切な人」
だった。
美人…で選んでくれた山田君には感謝するけど。
どういうこと?
どうしたら良いの?
この場合。
頭が真っ白になって動けない。
だって私が選んだ人のいるクラスが優勝するって事だよね。
無理…、選べないよ。
狼狽えていたら、左側にいるレン姉が私の肩をポンと叩いた。
「クラスメイトとして、一組を勝たせたいわよね?」
反射的にコクンと頷く。
「山田、俺連れて走ってけ、美人に性別は関係ないだろ?」
珍しく男言葉でレン姉が言う。
山田君がポカンとした顔をした。
「そうか。そうじゃん女である必要はないんじゃん」
とあっさり納得してレン姉と二人で走り出す。
「あっ…怜音にやられた」
出し抜かれた幸太と智樹の声が重なる。
それでも2人は私の前から動こうとしない。
どうしたら良いんだろう。
チラリとスミレを見る。
スミレのメガホンを握る手が震えてる。
顔は痛みを堪えているような顔だった。
私は幸太君を選べない。
「幸太君を一番想ってんのはスミレだよ」
スミレの背中を押してあげる。
私は、何も言わずに智樹の手を取り走り出した。
「ちょっ…杏速い」
「速く走らなきゃレン姉においつかないでしょ」
「えっ」
「クラス優勝させて好きな人に告白したいんでしょ?あーもう、失恋上等」
「え!」
人が必死で走っているっていうのに、智樹が思わず脚を止める。
急ブレーキをかけられて、足がもつれて転びそうになった。
転ぶ!
…と思って目を閉じて受け身を取ろうとした瞬間。
智樹の腕が伸びてくる。
ガシっと地面とは反対の方に力がかかった。
いつの間にか智樹の腕が私の身体を抱きしめていた。
観客から悲鳴やら歓声やらが上がってる。
「杏…失恋ってどういうこと?」
「うるさい、智樹にとって大切って思ってくれてるだけで充分なんだから、とりあえず走れーっ」
有無を言わさず智樹の腕から抜け出し、引っ張って走った。
なんとか幸太とスミレに抜かされずにゴールするのがイッパイイッパイだ。
二位でゴールし、クラスに戻ろうとしたら、智樹に手を引っ張られる。
「ちょっ…何…」
「いいから来て…」
真顔の智樹に校舎裏に連れていかれた。
体育大会の喧騒が遠くに聞こえるところについた瞬間、私の体を両手で挟むようにされる。
いわゆる壁ドン的なシチュエーションに頭がフラフラした。
智樹との距離が近い。
「ねぇ、失恋ってどういうこと?」
両腕で逃げられないようにされてるから、どうしようもなくて顔を背けた。
そうでもしなきゃ、今たぶん私の顔…真っ赤だ。
心臓が爆発しそうだった。空気のパンパンに入った風船みたいに針を刺したらはじけそうだ。
「…うるさい」
「…期待して良いの?俺、諦めなくて良いの?」
智樹が優しく囁いた。
「え?」
今、智樹何て言った?
諦めなくて?
「…は?」
「俺の好きなのは…」
智樹が口を開こうとした瞬間。
「二番の智樹君?こんなところで何してるのかなぁ?」
仁王立ちしているレン姉の声が響いた。
「っち、何で来んの?ここは空気読めよ」
智樹が叫んだ。
「イヤイヤ、公衆の面前で抱き合った挙句、真昼間から校舎裏にしけ込んだら、流石に不味いって。お前注目の的だった自覚ある?」
レン姉が女言葉を捨ててご立腹だ。
「ヴ…」
痛い所突かれた智樹が口ごもる。
「それに、優勝はウチのクラスが貰ったかららお前のソレはお預けなのー!さ、アンちゃんいらっしゃい。みんなが待ってるわ」
ニッコリ笑って、私の手を取って連れて行く。
「あ、テメ怜音っ!!シレっと杏と手を繋いでんじゃねーよ」
「私達仲良しだもの平気よね~」
レン姉がニッコリ悪戯を成功させて笑っている。
それにつられて私も笑ってしまう。
智樹がギャーギャー叫んでいる。
こうして、ドタバタだった体育大会は一組優勝で幕を閉じたのだけど。
雲一つない青空と同じように私の心は晴れ渡っていた。
そして、なんだかんだで智樹の壁ドン事件がうやむやになってしまったわけで。
どうやら両思いって事はお互いわかったっぽいものの、結局、智樹の告白(?)は完遂できなかっただけに、元サヤというとこまでは戻っていない状態だったりする。
レン姉曰く、お姉さんはまだ認めていません。…だそうだ。
で、ドタバタ劇の流れで智樹とレン姉と三人で帰路についているわけだけれど。
レン姉がふと私のスカートのポケットを指差した。
「ところで、最近アンちゃん。学校でコッソリスマホ見てる事が多いけど、誰かとメールでも交換してたりするの?」
「そういえば、杏…少し前に、誰か特別な人が出来たって言ってた。ソイツなの?」
智樹がジト~とした眼を私に向ける。
あまり、私の交友範囲に興味がないって感じで接してた智樹にしては珍しく、嫉妬してるのを露わにしてきた。
そっけない態度をとられるより、なんか嬉しい。
本当は透明Pさんっていう素敵な音楽プロデューサーさんと知り合いになったって公明正大に言いたいんだけど、流石にマズいかな…って思う。
「あ、や…ネットサーフィンしてる…的な?」
「アンちゃん、あなたって嘘がさり気に下手よね」
「うん。杏って嘘つく時目が一瞬キョドるもん」
え?…え?…なんでバレてんの?
私、そんなに顔に出やすいの?
この2人、何気に鋭い。
このままここにいたら白状させららるのが簡単に解るので、あと数メートルに迫った自宅に避難することにした。
◇◇
◯月×△日
《報告》
策士ライオンにしてやられたので
賭けには負けちゃったよう(涙)
言えなかったぁぁぁーっ!
。・°°・(>_<)・°°・。
でも、良い事もあったのよん!!
(*´꒳`*)
奇跡的な事が起こって
なんとあの人と元どおりに戻れそうかも。
嬉しい~!
もう私の中にあるドス黒い欲望や傷付けるかもしれない恐怖から逃げない。
守ってみせるし、絶対離さないもん!
気分最高だし、ライオンとの約束なので新曲作って、踊る事になりマシタ。
近日動画をアップ予定です。
みんな聴いてね~♪
◇◇
わぁー!!透明Pさん。
上手くいきそうなんだ。
好きな人の事、諦めなくて良かったね!こんな一途に想ってるんだもん、幸せにならなきゃ嘘だし。
自分のことのように嬉しい。
それにしても、ついに透明Pさんが公の場に姿を現すんだ!!
どんな顔で切ない曲とかちょっとエッチな曲とか作ってんだろう。
美人なライオンさんと友達って事は、透明Pさんも美人さんなのかもしれない。
それとも可愛い女の子なのかな。
モテるってライオンさんが言ってたから超イケメンなのかも。
高校生かな大学生かな。ワクワクする。
日課のようにコメント欄に目をやれば、舌戦が繰り広げられていた。
◇◇
ライオン<普段は草食系無害ってイメージなのに、
《あの人》に対する肉食っぷりは何よ!今日はマジで驚いたわよ。
あのまま放っておいたら何しでかしたのやら。(←R指定が入りそうな何か)
私の天使を穢そうとするなぁ~!
透明P<だから、あの人に対してだけは特別って言ってたでしょ!!
人目とか関係なく理性がパーンってなっちゃうんだもん。
普段強気で生意気なのに、初心いから可愛くて可愛くて止まれないの…。
もう、食べちゃいたい!
このままだと傷付けるの確定でしょ?
だから距離置いたんだってば…。
(結果→別れる事になっちゃったワケで)
ライオン<…なんか透明Pを《あの人》に近付けちゃ駄目だって気になってきた。
恋人に戻るのを全力で阻止してやるんだから!
透明P<それ、ライオンの私情が完全に入ってるよね…。
駄目だからね。絶対取らないでよ?
ライオン<今はまだ元恋人の透明Pに、それを言う権利はないわよね?
フフフ…この私の被ったストレスを
透明Pの衣装と踊りにぶつけてあげるんだから!!
透明Pファンのみんなもお楽しみにね~!
◇◇
喧嘩してるのに仲が良い。
結局、ライオンさんが背中押してくれたから、透明Pさんも両思いに気付けたんだもんね。
きっと優しい2人はそれが解ってるから、ほのぼのしてるんだろう。
トップクラスのPさんとトップクラスの踊り手さんだからきっとバツゲームって言っても素敵な作品になるんだろうなぁって思う。
2人が作り出す作品がどうなるのか楽しみで仕方がない。タブレットの画面を閉じて、ベッドに入った。
そして。
待ちに待った数日後。
お披露目された動画で私は、ポロリと食べていたお菓子を床に落とす事になったのだ。
ドキドキしながら新着マークをクリックする。
透明P【ハナミズキの下で永遠を誓う】ライオン《one-s結成祝》
※バツゲームで踊らせてみた。
というタイトルだ。
すでに何万人にも観られているようで、コメントがつけられ始めている。
まず綺麗な雑木林がまず映し出された。
オルゴールのような旋律の綺麗さに心洗われながらも、…あれ?なんかこの雑木林見た事ある?…ってなる。
でも、まぁ雑木林なんて何処にでもあるし…と自分に言い聞かせて画面に集中した。
固定カメラの端から出てきたライオンさんは相変わらず華やかで綺麗の一言につきる。ウィッグなんだろうけどクルンクルンの栗色のツインテールが華やかさに彩りを添えていた。白いワンピースはフリル一杯で、フワフワしてる。
両目が隠れるタイプのベネチアンマスクを付けてるけどやっぱり綺麗!
で、もう片方が透明Pさんらしき人を見て、私は固まった。
恥ずかしそうに反対側から出てきたのは、色白で黒髪の直毛ウィッグをつけて、白いワンピースを着てる。こちらのワンピースは清楚な感じのデザインだった。細い体型に小さな顔がお人形さんみたいだ。
曲も作れて、可愛くて、リア充とかズルすぎるーっ!!
って、叫んでる人が何万人もいそうだ。
というか既にそういうコメントが画面上で左から右に流れてる。
…私もある一部分に気付かなかったら、そういう1人になってただろう。
透明Pさんのベネチアンマスクは顔半分が隠れてるオペラ座の怪人がつけているようなマスクだった。
…その露わになった目元に見慣れたホクロがある。
!!!!!
え?
…ええええっ!!!!!
智樹なの?!
まさか…音痴の智樹が有名Pさんとか…
ないないないない、
絶対ない!!!
気のせいだよ。
ホクロの位置だって、たまたま似てただけ。
背景に入ってる、小さなハナミズキの苗だってたまたまだし。
だいたい、私の事、入学してからずっと無視してたじゃん!!!
幸太君と付き合えば良い…否定しないって言ってたじゃん!!
なんなの?!
コレ…ドッキリなの?
そうなの?
凝視すればするほど、智樹以外の誰にも見えなくなってしまう。
それくらいには智樹の事見てるもの。
智樹だと解れば、体型からライオンさんがレン姉なのは簡単に想像がついた。
私が混乱してる間に前奏が終わり、曲に入る。
運動部の2人だけあって動きにキレがある。
なのに女の子っぽい動きを心得ていて、コメントが一杯流れてる。
透明P、美少女。清楚。結婚してー。
など様々だ。
流れるコメントで2人が見えなくなってしまったから、コメントを非表示にした。
◇
ゴメンね。もう泣かせないから。
離れないで あなたのそばにいるよ。
寂しい思いもさせたりしない。
たとえあなたを欲しくなっても
身に巣食う欲望の渦や泉のように湧き続けてしまう独占欲も
あなたの笑顔で耐えてみせるから
過去世も現世も
あなたを想い続けてしまう私を許して。
大好き。永遠に愛すから
離さないで 私のそばにいてよ
幸せの光で満たして欲しい
たとえ私が闇に堕ちても
太陽みたいなまぶしさで光の中にあなたが導いてくれるから
あなたの笑顔があればそれだけでいい
過去世も現世も
あなたを想い続けてしまう私を愛して。
◇
切なげなダンスはすごく上手いのに、私は見る事が出来なかった。
涙がボロボロ流れて、目がぼやけてしまったから。
こんなに智樹は想ってくれてたんだ。
この曲だけじゃない。
何十曲とアップされた歌たちは、全て私に向けられていたんだ。
深い愛情に気付けなかった私はなんて愚かなんだろう。
普段好きだって言葉すら面と向かって言ってくれないくせに。
いつだって、私をからかって、子供扱いして弄ってるだけだったくせに。
ずるいよ…こんなの。
智樹。
智樹、智樹。
心が震える。
どうしよう、言葉にならない。
いつの間にか、動画が終わって画面の真ん中に▷マークが表示されていた。
画面の向こうで、女装してる智樹がはにかみ笑いで笑ってる。
その顔がちょっぴり幸せそうで、思わず笑ってしまう。
どうしよう、明日学校で2人に会ったらどんな顔をしたらいいんだろう。
私がハナミズキだって、暴露しようかな…内緒にしようかな。
うーん。
…でも、とりあえず
明日の朝は早起きして智樹を待って。
智樹の顔を見たら大好きだって気持ちを伝えてみよう。
おはようって言って。
素直でない私だから、言い方は可愛くないかもしれないけど。
うん、そうしよう。
「智樹のバカ!自分だけが想ってるって思うなよー!強さも長さも負けてないんだから」
~エピローグ~
「ない…やっぱないわ…なんでこのチョイスなの?恋愛映画はマジで勘弁して」
「良いじゃん、甘いのが好きなんだもん」
私は、作ってきていたオニギリを保冷バッグから出してベンチに置いた。
成長したハナミズキが智樹の頬に陰をつくっている。
陽射しが優しくてきれいだ。
「あなた、甘い言葉をいうと照れるでしょうが」
「ヴっ」
「いくらだって言えるけどさ…手加減なしで良いの?」
良いなら言いまくるよと言わんばかりだ。
はい、私が悪るうございました。
「良いです。言わなくて」
大人気Pで、熱烈な愛を歌う歌詞に定評のある透明Pさんが言えないハズないもんね。
「だいたい、妊婦が長時間座らなきゃいけない映画なんて観てたら駄目でしょ」
「この子にも幸せな恋愛して欲しいな…って思ったんだもん」
お腹をさすりながらフテ腐るように言えば、智樹が仕方ないなと笑った。
遠い昔、また来たいねと言った場所で、お腹に家族が1人増えた状態で智樹とお弁当を食べる。
2人のスマホには、あの日観た映画の古びた根付お守りが寄り添うように、お互いのバッグのポケットから顔を出したお守りが揺れて重なりハートの形になった。
花言葉
【ハナミズキ】:永続性。私の想いを受け取ってください。