元婚約者の婚約者
エステルは行き会った友人から珍しいデザートがあると教えられて、ルイスと連れ立ってオニキスの間に行った。
目的は果たしたのだから帰っても良かったのだけれど、なんとなく帰りがたい。
その友人はルイスと面識があり、エステルがダスティンではなく従兄と一緒だったことに驚いていた。婚約破棄は広まっていないらしい。
ルイスをすっきり系の美形だと評した友人だった。頬を染めて挨拶する彼女と、外向きの貴族らしい口調で対応するルイス。友人にルイスが新しい婚約者だと紹介したい気持ちが沸き起こり、エステルは自分にうんざりする。慌てて「詳しいことはまたね」と彼女と別れたのだった。
オニキスの間は、デザートだけのビュッフェになっていた。
「さっきの友だちと二人でくれば良かったのに」
「でも、彼女はもう食べたって言ったから……。嫌だった?」
「別に。お前の好きにしろよ。付き合ってやるさ。今日は婚約者だからな」
「今日は……」
小さくつぶやくと、聞こえなかったのかルイスは「ん?」と首を傾げた。
なんでもない、と笑って、テーブルに向かおうとしたところで橙色のドレスが目にとまった。
「あ……」
壁際に並んだ椅子の一つに腰掛けていたロージーは、エステルたちに気づいて慌てて立ち上がった。無言で頭を下げる。
一瞬無視しようかと思ったけれど、彼女が姿勢を崩さないからエステルはロージーに近づいた。
「座って。体調が悪いなら、無理しなくていいわよ」
「いいえ……申し訳ございません……」
「そう思うなら、座ってちょうだい。目立ちたくないの」
小卓を挟んだ隣の椅子にエステルが座ると、ロージーもやっと座り直した。
ルイスが人払いの魔道具を小卓の上で起動させてくれる。
「認識されにくくなっているけれど、見えないわけじゃないからな。小声で話せよ」
「ありがとう」
「何か取ってくるか? デザートでも飲み物でも」
「ううん。一緒にいて」
ローブを掴むと、ルイスはその手を外させて握ってくれた。座ったエステルを隠すように前に立つ。
エステルはルイスの手に励まされて、ロージーに顔を向ける。
彼女は俯いていた。
「ねえ、ダスティンは? 体調が悪いなら帰った方がいいわ。それとも医務室で診てもらう?」
「体調は大丈夫です。……ありがとうございます」
「そう? ならいいけれど、妊娠しているのだもの。大事にして」
「どうして気を使ってくださるんですか?」
こちらを向いたロージーは悲壮な表情を浮かべていた。
婚約破棄された自分の方が嘆き悲しむならわかるけれど。
ロージーは愛しい人と結ばれて幸せいっぱいではないのだろうか。
ダスティンの父親のオールシード子爵の様子を思い出したエステルは、やっぱり反対されているのかな、と考えた。
「あなたのことは複雑だけれど……別に憎いとは思っていないわ。悪いのはダスティンだもの」
「でも……私が……」
「あなたがどうしようと、あなたに手を出す前に婚約破棄しなかったダスティンが悪いのよ」
「でも、婚約者がいる人を、私が好きになってしまったから……」
「真実の愛なんでしょう? だったら仕方がないんじゃない?」
何を言っているのか自分でもよくわからなくなってきて、嫌味が混ざる。
「……でも……」
言い募るロージーにルイスが「黙れ」と静かに、けれど怒りの籠った声を上げた。
「エステルに許してもらおうとするのをやめろ。甘えるな」
ロージーを切り捨てたルイスの言葉が、エステルの気持ちを掬いあげた。
――そうだ。エステルは、ロージーを罵りたくもないし、許したくもないのだ。
安易に話しかけるべきではなかった。
「も、申し訳ございません」
「お前もダスティンと同じで、エステルに二度と関わるなよ」
「はい。かしこまりました」
ぎゅっと手を握るとルイスはエステルを見下ろした。心配する表情に「ありがとう」と笑顔を返す。
「ねえ、オールシード子爵に反対されているの?」
「はい。……私を愛人にして、エステル様を正妻に迎えると子爵はおっしゃっていました」
「何よ、それ!」
「はあ? 何様だ?」
「ですが、グランド子爵に断られたと」
血相を変えるエステルたちに、ロージーは慌てて付け加えた。
「そうよね。父様が許すはずないわ」
「だよな」
ほっと息を吐くと、ロージーは意を決したように顔を上げた。
「エステル様はもうルイス様と婚約が確定されたのですよね? ダスティン様とは復縁なさらないですよね?」
「そうね。ダスティンとの復縁は絶対ないわ」
「エステルは俺と結婚するからな」
二つの質問のうち答えられる方をエステルは選んだ。どうなるのかわからないもう片方はルイスが保証してくれる。
――本当に? ルイスは結婚してくれるの?
そう尋ねたいけれど、今はできない。
無言で見上げると、ルイスは大きくうなずき返した。頬に触れられると泣きそうになる。
「ロージーさん、真実の愛ってどういうもの?」
エステルはずっと疑問に思っていたことを口にした。
ロージーはしばらく考えてから、自分の腹に手をあてた。
「私は、愛は努力して作り上げていくものではないかと思っています」
「真実かどうかはどうやってわかるの?」
「結果ではないでしょうか。最後までわからないんだと思います」
ロージーはそっと微笑んだ。
婚約破棄の場面でダスティンをうっとり見つめた笑顔とも違う。
芯のある笑みだった。
彼女の中で何かが変わったのだろうか。
ふと視界を横切った人を認めて、エステルは思いつく。
「ロージーさんに大伯母様を紹介するわ」
振り返ったルイスも大伯母に気づき、「呼んでくるわ」と請け負ってくれた。
母方の祖父の兄に嫁いだ人で、元平民の伯爵夫人だ。当時は今よりももっと貴賤結婚には厳しい目が向けられていた。そんな中を生きてきた人だ。ロージーの力になってくれるだろう。
ロージーがダスティンと幸せに暮らしていれば、エステルに面倒ごとが降りかからなくて済む。
エステルはそんな言い訳を考えながら、目を瞠るロージーに笑いかけた。




