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「元婚約者を見返すために婚約者のふりをしてほしいの」~魔術師令息の偽装婚約~  作者: 神田柊子


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5/9

偽装婚約者とただの同僚

「さっきはありがとう」

 軽食を取りながら、エステルは傍らのルイスを見上げる。

「ああ、いや。俺も腹が立ったから」

 ルイスに庇われるのは懐かしかった。

 彼が専門高等学校に入学する前はよく一緒に港に出かけ、領地の子どもに混ざって遊んだものだった。

 何かあるとルイスはエステルを守ってくれていたのを思い出した。

 エステルが一番近くで頼りにしていたのは、上三人よりもルイスの方だった。

「それより、お前、もっと婚約者っぽくしろよ」

「えー無理。あなたこそ、あんな……やりすぎよ」

 甘ったるい笑顔なんて向けないでほしい。

 兄たちにかわいがられるのとは全然違う。

「普通だろ」

「経験があるのね……」

 そう思うともやもやする。

「まあな」

 ルイスは何でもないことのように言う。それももやもやする。

「お前だって、婚約してたんだからさ。あるだろ」

「ないわよ」

「え?」

 聞き返されて、エステルは「ないわ!」と顔をそらす。

 ダスティンとの間に恋人らしいことなんて何もなかった。適切な距離感を保った健全な関係だ。

 先ほどルイスに腰を抱かれたけれど、ダスティンとはあんなに密着することもなかった。

「笑わないでよ」

 口元を隠しているルイスをエステルは睨む。

「女として興味を持たれてなかったってこと、わかってるわよ」

「いや、馬鹿にしてるわけじゃない。そうじゃなくて……。俺が最初だって思ったら」

「え?」

 最後がよく聞こえなくてエステルは聞き返したけれど、ルイスは首を振っただけだ。

 そのとき、背後から声をかけられた。

「ルイス。ごきげんよう」

 高い声に振り向くと、ルイスと同年代の深緑色のドレスを着た女性だった。パートナーの男性はこげ茶色の長い前髪で目元が隠れている上に、顔の下半分はヒゲというなかなかインパクトのある姿だ。

「ジェシカ」

 ルイスは二人を認めて――というより男性を見て、顔をしかめた。

「今日もその格好か?」

「あまり目立つとジェシカに迷惑がかかりますから」

 見た目と違って聞き取りやすい美声で男性は答えた。二人の間のぴりっとした緊張感に、エステルは首を傾げる。

 ルイスの腕を引くと、彼は気づいてエステルを紹介してくれた。

「こいつは従妹のエステル・グランド」

「はじめまして。グランド子爵家のエステルと申します」

「こちらこそはじめまして。ジェシカ・ウィンドレイクと申します。王立魔術院でルイスの同期です。こちらは配偶者のユーグ」

「ユーグ・ウィンドレイクです。お会いできて光栄です」

 ルイスの同期と言えば、彼が振られたという相手ではないか。そう考えるとルイスとユーグの緊張感も納得がいく。――当のジェシカは全く気付いていなそうだけれど。

「従妹なんですが、ルイスの婚約者なんです」

「あ、おい。お前」

 止めるルイスに構わずにエステルがそう言うと、ジェシカは、

「あら。それは、おめでとう」

 と、にこやかに笑った。

 ルイスの言っていた通りでほっとする。――エステルは安心した自分に気づいて、内心で驚いた。

 ルイスは眉間の皺を深めて、舌打ちをした。

「魔力の相性がいい相手が見つかって良かったわね」

「人の相性がわかるのか?」

「いいえ。でも、魔力の相性が良くないと婚約しないでしょ?」

「お前だけだろ」

 ルイスがぞんざいな態度でもジェシカは気にしていない。

 二人は親しいんだ、と思うときゅっと胸が痛む。

 さっきから自分はおかしい。

 これではまるでルイスに恋しているみたいだ。

 先日、長年好きだった婚約者から婚約破棄されて、すぐに別の人を好きになる?

 ちょっと守ってもらったくらいで?

 自分は簡単すぎないだろうか。

 エステルが自分の気持ちに戸惑っていると、ユーグがジェシカを抱き寄せた。

「ジェシカ、用件を済ませないと」

「あ、そうね」

 ユーグは見せつけるようにジェシカに触れるのに、彼女は頬も染めない。こういうのがルイスの言う「婚約者っぽい態度」なのだろうか。

 ジェシカはユーグに抱きしめられたまま、ルイスに向き直り、

「魔道具のアドバイスのお礼をあなたの寮に届けさせたから、受け取って。ミナリオ国のワインよ」

「ああ、わかった。せっかくだからもらっておく」

「完成した魔道具って見せたかしら?」

「いや」

 ルイスが首を振ると、ジェシカは背後のユーグを振り仰いだ。

 場所を変えることになり、四人で空いている小部屋に移る。エステルはルイスに「ここで待っているか」と聞かれたけれど、一緒について来た。

 エステルは何をするのかわからなかったけれど、ルイスとジェシカはユーグに目を向けた。

「ユーグ、お願い」

 ジェシカが促すのを受けて、ユーグは身につけていた指輪を触った。すると、彼のヒゲが消え、髪が短くなり金髪に変わった。

「え?」

「変装の魔道具だ」

 驚くエステルにルイスが短く教えてくれた。

 指輪を外したユーグは見たこともないような美形だった。ダスティンは天使のような美少年だったけれど、ユーグは中性的で男装の女神にも見える。

 ルイスもぽかんとした顔をした。

「魔術陣課の奴らが噂してたけれど……、人外めいてるな」

「誉め言葉と受け取っておきますよ」

 ユーグは肩をすくめた。

「ジェシカ、お前、この顔を魔力の相性だけで選んだのか?」

「きっかけはそうだけれど、今は全部、ユーグだから好きなのよ」

「あ、そう。はいはい。ごちそうさま」

 笑い合うジェシカとユーグに、ルイスは棒読みで言ってから、渡された魔道具を検分した。

「詰め込んだな……。こんなに小さくできるのか? どういう魔術陣なんだ?」

「今期の論文にまとめる予定だから詳しいことはそれを読んで。本当はもっと小さくしたかったのよ。それでフィーナに相談したら宝飾の職人に陣を彫ってもらったらどうかって」

「フィーナ?」

「フィーナ・マーチ。覚えているでしょ?」

「ああ、魔術科の。退学したんじゃなかったか」

「エイプリル課長の弟子をしているわ。それで今はエイプリル伯爵夫人」

「結婚したのか」

「そう。でね、彼女の論文を思い出したのよ。新しい魔術文字。陣に使う文字を変えたらもっと小さくできるでしょ?」

「なるほどな。魔道具研究で軽量化は最大難関だからな」

 エステルにはわからない二人の話が続く。

 ぼんやりと見ていると、ジェシカを抱きしめた状態のユーグと目が合った。彼が密着しているのにジェシカは変わらず気に留めていないし、ルイスも魔術の話に夢中だ。

 ユーグはエステルに苦笑を向けた。

 魔術師としてのルイスをエステルは知らない。彼が開発した魔道具も、魔術について話す姿も、今日が初めてだった。

 ジェシカはいつもこんな感じなのだな、とユーグの表情からわかる。

 エステルもユーグにならって、ルイスに近づいた。

 さすがに抱きしめるのは無理だから、そっとローブの端を引く。

「ああ、悪い」

 ルイスはすぐにエステルに気づき、ジェシカに魔道具を返した。

 ジェシカのように気づかないかと思っていたエステルは、逆に慌ててしまう。

「あの、違うの。邪魔するつもりじゃなくて」

「いや、もう終わった」

 ローブを離したエステルの手をルイスは握る。自然にそうされたことにエステルは驚いた。婚約者のふりは続行なのだろうか。

「論文を楽しみにしておく」

「ええ。読んで何か気づいたら教えて」

「じゃあな」

 簡単に挨拶してルイスはエステルを促した。

 振り向いて礼をすると、ユーグはまたこげ茶色のヒゲに戻っていた。

 ジェシカたちを小部屋に残し、エステルとルイスは廊下を歩く。手は繋いだままだ。

「お前、あいつどう思った?」

「あいつってユーグさん?」

 難しい顔でうなずくルイスに、エステルは「びっくりするくらい美人だったわね」と笑った。

「ジェシカさんのことが大好きって感じよね」

 エステルはルイスの顔をうかがいながら「ジェシカさんも」と続けた。

「あー、だよなぁ」

 ルイスはため息をついた。

「好きだったんでしょ?」

「きちんと言えなかった時点で終わってるんだよ」

 ルイスが言いたいことを言えないなんて、なんだか意外に思う。

「簡単に言えないくらい大切だったの?」

 そう聞くと、ルイスは少し考えた様子で、

「……なりふり構わずに伝えられるほど、真剣じゃなかったのかもな」

「へー」

「そういうお前は? ダスティンのこと、政略じゃなくて好きだったんだろ? 顔が好きだって言ってたよな」

「そうね。好きだったけれど……顔だけだったのかしら。今思えば、どんな性格かあまり知らなかったみたい。ダスティンが婚約に乗り気じゃなかったのにも気づいていなかったし……」

「顔だけかよ」

「ジェシカさん、全部好きって言ってたわね」

 幸せそうだった。

 うらやましいと思う。

「あんな出会いはそうそうねぇよ」

 ルイスは再び大きなため息をついた。

「それより、お前、ユーグの顔を見て好きになったりしてないか?」

「えっ! まさか!」

「ならいいけど」

 エステルはルイスの横顔を見上げる。

 その言葉の理由はなんだろう。

 エステルがユーグを好きになったらダメなのはどうして?

 横恋慕になるから? 身の程知らずだから?

 ――ルイスがエステルを好きだから、だったらいいのに。

 ルイスを好きになりかけている自分を認め、エステルはぎゅっと彼の手を握り返したのだった。



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