将来性とときめき
「私もあなたの婚約者探しに協力したくて、参考までに教えてほしいのだけれど」
髪を結われているエステルは頭を動かさないように「ええ」と返事をする。
話しかけてきたのはサマンサ――バーナードの妻だった。子どもがまだ小さく連れ歩けないため、先日の食事会は欠席していたけれど、エステルとも仲良くしてくれている。
エステルと両親は、王都の滞在中はホテルに泊まっていた。
今夜は大夜会だった。
サマンサは大夜会も欠席するからメイドの手が空いているとのことで、エステルだけバーナードの家で仕度をさせてもらっていた。もともと決まっていた予定で、婚約破棄がなかったらエステルを迎えにくるのはダスティンだった。
「あなたの好みってどういう方? ダスティンのどこが好きだったのか聞いても構わない?」
「顔よ!」
ぐっと拳を握ると、髪を結っていたメイドが「お嬢様、動かないでくださいませ」と注意した。
鏡の端に映っているサマンサは、少し呆れたような顔をした。
「顔なの……? ええ、まあ確かに、きらきらした貴公子だったわね」
ダスティンと面識があるサマンサも、「私の趣味ではないけれど」と言いながらもうなずいてくれた。
透き通るような銀髪は光り、同じ色の長い睫毛に縁どられた青い瞳は綺麗な宝石のようだった。白い肌に整った目鼻。初めて会ったときは、宗教画の天使のような美少年だと思った。今でも十分「天使」で通るだろうし、数年後には大天使のような美青年になっているに違いない。その顔で、柔らかな微笑みを向けられるのが好きだった。
当時は特に気にしていなかったけれど今思えば、顔を合わせるのは年に数回。手紙のやり取りも季節ごとくらいで、あまりなかった。
ダスティンは全然乗り気じゃなかったのね、とエステルはため息をつく。
揺り椅子で赤子をあやしながら、サマンサは続ける。
「バーナードもデリックさんも美形だと私は思うのだけれど……」
「友人にもよく言われたわ。ダスティンは派手系で、うちの兄たちはすっきり系だって」
エステルがそう答えるとサマンサは笑った。
「ねえ、ソースランス子爵家のお二人も同じすっきり系の美形でしょう? エステルはどう思うの? ときめいたりしない?」
「ときめき? そんなのないわ。クリフ兄様もルイスも兄みたいなものだもの」
「わからないわよ。ほら、あなたは今まで婚約者がいたから恋したらダメって立場だったじゃない? 誰を好きになっても構わないって考えたら、ルイスさんにときめくかもしれないわ」
サマンサは軽くウインクする。
エステルは「サマンサ姉様も、ルイス推奨派なの?」と呆れる。
「お義母様は喜んでらしたわね」
大夜会のエスコートはルイスに頼んだと伝えたら、父は苦虫をかみつぶしたような顔をしたけれど、母は大変喜んだ。ダスティンに対して婚約者のふりをしてもらうだけだと説明したのに、「このまま婚約してもいいのよ」と大盛り上がりだった。
ソースランス子爵家とは婚姻などなくても関係は良好だから、エステルがダスティンを気に入ったこともあってオールシード子爵家との政略結婚に賛成したけれど、母は従兄のどちらかとエステルが結婚するのを夢想していたらしい。
「ルイスさんって王立魔術院で最短で主任研究員になったんでしょう? 魔術師はどこでも需要があるから、魔術院を辞めたあとも安泰よね」
「将来性の話? ときめきの話じゃないの?」
「結婚するなら、どちらも重要よ。……いいえ、将来性の方が大事かしら。真実の愛なんて言って不貞をするのは論外ね」
結婚前にわかって良かったと思うわ、とサマンサは綺麗な笑顔で一蹴する。
彼女もまたエステルをかわいがる一人で、婚約破棄の顛末には憤慨していた。
「お嬢様、できましたよ」
メイドに声をかけられて鏡を見る。
横髪は、青いガラスビーズを通した細いリボンと一緒に編み込み、後ろの高い位置でまとめている。巻いて下ろした後ろの髪は、普段の服より少し広めに空いた背中を隠している。見慣れた金茶色の髪が、いつになく輝いていた。
サマンサが勧めるだけあって、手先が器用なメイドだった。
「わぁ素敵! ありがとう」
「さすが、ベスね」
エステルの礼と、サマンサからも賛辞をもらって、メイドはうれしそうに笑った。
仕上げに装飾品を身につけたところで扉がノックされる。サマンサの返事で入ってきたのはバーナードだった。
「エステル、迎えが来たよ」
バーナードから一通りの称賛を受けてから、エステルは彼にエスコートされて玄関ホールに下りた。
ホールに置かれた椅子に座っていたルイスが立ち上がる。
彼は階段を降りてくるエステルを見て、あんぐりと口を開けた。
何も言わないルイスの前に立って、エステルは腰に両手をあてる。
「人を見て呆けてるなんて失礼ね」
「ああ、いや。別人かと思ったんだが、その立ち方は間違いなくエステルだな」
「どういう見分け方よ!」
「似合ってるんじゃないか? 悪くないと思うぞ」
「ルイス。エステルを褒めたたえるときは、きちんと正確に!」
バーナードに睨まれてルイスは咳払いをすると、
「あー、そうだな。まあ、綺麗と言って差し支えないだろうな」
「本当?」
バーナードの称賛はどう考えても兄の欲目だ。同様にデリックやクリフから褒められても、エステルは右から左に聞き流してしまうと思う。しかし、ルイスは上三人とは違って、エステルを猫かわいがりしているわけではないから、彼の言葉はそのまま受け取れる。
卒業したダスティンと一緒に参加する最初の社交場だったから、ドレスは少し大人っぽいものを新調していた。
光沢のある瑠璃色の柔らかい生地は、たっぷりとドレープをとりながらも、スカートのボリュームは控えめに収まっている。その代わりに動くとふわりと広がり、「ダンスのときには花が開いたようになって注目間違いなし」とは仕立て屋の言だ。
少し広めに開けた背中と同じく、デコルテも大胆に見せていた。そこに小さなアクアマリンを連ねた首飾りと、セットの耳飾りをつけていた。
「盛装で会うことなんて滅多にないから、新鮮だな」
「確かにそうね」
エステルもうなずいて、ルイスを見る。
明るい茶色の髪はすっきりと整えられている。前髪を上げているため、額や眉が見えて精悍な印象だった。
彼は黒い夜会服の上に、魔術師の黒いローブを身につけていた。丈の長いローブは夜会服をほとんど隠してしまっている。
「魔術師はローブが盛装なの?」
「いや。そういう奴もいるが、俺は違う」
「じゃあ、なんで?」
「お前のドレスの色に合わせたほうがいいかと思って」
首を傾げるエステルに、ルイスはローブの留め具の右側の飾りを触った。かちりと回すと、ローブの色が深紅に変わる。
「え?」
ルイスはにやりと笑って、もう一度飾りを回す。今度はローブは濃紺に変わった。
「もう少しだけ明るい色の方がいいか……」
ルイスはエステルと自分を見比べた。彼が左側の飾りを回すと、ローブの色が明るくなっていく。
そして、黒だったローブは、エステルと揃いで仕立てたような瑠璃色になった。
「まあ! 合わせたみたいな色!」
「このローブは、俺が開発した魔道具だ」
「えっ、ルイスが?」
ルイスは胸を張った。
王立魔術院に勤めていることは知っていたけれど、仕事内容なんて知らなかったし、彼が魔術を使うところも見たことはなかった。
「そこらで売っている魔道具の中にも、ルイスが開発したものがあるんだぞ」
バーナードが教えてくれる。
将来性ってこういうことね、とサマンサの言葉を思い出す。
「知らなかったわ。ルイスってすごい魔術師だったのね」
「あ、ああ。まあな」
珍しく照れたルイスが頬を赤くしてそっぽを向き、エステルは目を瞬かせる。
ときめくってこういうことかしら、と思った一瞬だった。




