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婚約破棄

「エステルとの婚約は破棄して、僕はロージーと結婚します」

 専門高等学校政務科の卒業式のあと、そう宣言したのはエステルの婚約者ダスティン・オールシードだった。

 父兄も見学できる卒業式だが、卒業生でも在校生でもないエステルが来場したのは――もちろんダスティンの雄姿を見届けたい思いもあったけれど――このあと予定されている結婚式の打ち合わせも兼ねての食事会のためだった。だから、この場にはダスティンの両親のオールシード子爵夫妻だけでなく、エステルの両親のグランド子爵夫妻もいた。

 式が終わってからだいぶ時間が経ち、集まっていた人々が帰ってしまったころ。大講堂の前の広場で待っていたエステルたちの前に、ダスティンは一人の女性を伴って現れた。

 少女っぽさの残る顔立ちからエステルより年下だと思われる。装飾品のないシンプルな白いワンピースに、簡単に結っただけの赤茶の髪。貴族令嬢という雰囲気ではないが、かわいらしい人だった。

 エステルは面識がなかったけれど、オールシード子爵夫妻も知らない様子だったからおかしいと思った。

 二人の距離の近さに嫌な予感がした。

 けれども、ダスティンの発言は寝耳に水だ。

「婚約破棄?」

「ダスティン、どういうことだ!」

「まあ!」

 二組の親たちが声を上げる。ダスティンは自分の両親にも話していなかったらしい。

 最初に倒れたのはエステルの母だ。父が慌てて支える。

 しかし、エステルは背後の両親を気にしていられなかった。

 ダスティンを問い詰めようとしたオールシード子爵を押しのけるようにして、彼の前に立つ。

「ダスティン、どういうこと? 私、あなたが卒業するのを待っていたのよ?」

 エステルは二十歳だ。二つ年下のダスティンが専門高等学校に進学したため、友人たちに先を越されても黙って彼の卒業を待っていたのだ。

「ごめんね、エステル」

 ダスティンは肩をすくめるようにして軽くエステルに謝ってから、ロージーと呼ばれた傍らの女性の肩を抱いて微笑んだ。

 エステルが好きだった天使のような笑顔が、違う女性に向けられている。

 エステルはそのことに息を飲んだ。

 彼の笑顔を近くで見れるのは自分だけの特権だと思っていたのに。

 エステルの動揺を知ってか知らずか、ダスティンはそれ以上の爆弾発言を落とした。

「子どもができたんだ」

「ダスティン! なんてことを!」

 二番目に倒れたのはダスティンの母だった。夫の子爵が慌てて支える。

 エステルも倒れるほどの衝撃を受けたけれど、持ちこたえてしまった。気を失えるならそうしたい。

「は? こ、子ども……? え?」

 エステルは思わずロージーの腹部に目をやってしまう。まだ目立つ時期じゃないのか、はた目にはわからない。彼女は自分の腹にそっと手をあてて、ダスティンに微笑み返した。

「エステルとは家の関係強化のための婚約だったでしょう? 僕はそれでいいのかってずっと思っていたんだ」

 確かに政略だったけれど、もう六年も前から決まっていたことだ。

 それにエステルは社交界デビューのときや、ダスティンの専門高等学校入学の際など、両親から折々に気持ちの確認をされていた。

 エステルは自分の意志で受け入れていたから、ダスティンもそうだと思っていた。

 オールシード子爵は息子の気持ちを無視して進めていたのだろうか。

 彼が悩んでいるなんて知らなかった。

「僕は幸運にも真実の愛に出会えたんだ」

「真実の愛……」

 ダスティンとロージーが手を取り合うのを見ながら、エステルは呆然とつぶやく。

 真実の愛は、正式な手順で結ばれた家同士の婚約も押しのけるものなのか。

 ――そんなはずはないだろう。

 結果として婚約破棄になるとしても順番が違う、とエステルは強く思う。

 ひどい裏切りだ。

 エステルの内心には気づかず、ダスティンは続ける。

「僕はエステルにも幸せになってほしい。エステルも真実の愛を見つけられるように、手伝うよ」

「……は?」

「建国式典の大夜会には君も出席するでしょう? そこで友だちを紹介するね」

 ダスティンは嫌味や嫌がらせではなく、親切でそういっているのだとわかる。彼はエステルも親の意向に従って嫌々婚約していたと思っているのか。

 確かに、彼に好きとは言わなかったけれど……。

 本来なら、大夜会でエステルをエスコートするのはダスティンのはずだった。

「念のため聞くけれど、あなたも大夜会に出席するのよね? そちらの彼女と?」

「もちろん。婚約者だって披露しないとならないからね」

 オールシード子爵が「ダスティン、お前何を勝手なことを!」と声を上げた。

 エステルの中で、婚約破棄はもはや決定事項になってしまっていた。

 オールシード子爵がダスティンとロージーの結婚に反対したとしても、エステルがダスティンを選ぶことは二度とない。

 何かわめいている子爵を遮って、エステルはダスティンに向き直る。

「お友だちの紹介はいらないわ。余計なお世話よ」

「そんな遠慮しないで。僕のせいでエステルが結婚できないなんて申し訳ないよ」

 ダスティンは痛ましげにエステルを見る。

「なんで決めつけるのよ?」

 両手を腰に当て、力いっぱい石畳を踏みしめて立つエステル。

 港町で、領民と近い距離で育ったせいか、男勝りな自覚はあった。

「あなたなんかに頼らなくても、婚約者の一人や二人見つけられるわよ! 大夜会で紹介するから見てなさい!」

 エステルの背後で、母を抱えた父は頭に手をあててため息をついていたし、オールシード子爵も呆然としていた。

 無関係なギャラリーがいなかったのだけが幸いだった。

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