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丑三つ時に惡魔は嗤う  作者: Shatori
3.我が胎を満たす、朱い赫い臓物よ
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37.母の宝物

 まるで許しを請う罪人のように(うずくま)る。

 すすり泣く声だけが、静寂の中に小さく響く。

 おみなさんのその姿は、小さく、惨めとすら感じてしまう。



 けれど、彼女が零した願いは、どうしようもなく切実なものだった。



 縋り付く彼女の手を取る。

 触れないと分かっていても、彼女の指先にそっと自分の手を重ねる。


「……顔を上げてください」


 この人は、自分こそが娘を怪異へと変えてしまったのだと、ずっと責め続けていたんだろう。

 あの願いさえ口にしなければ。

 生きて欲しいと願わなければ。

 そもそも自分が子を産みさえしなければ。


 娘は怪異になどならなかったのに、と。


 自らの発言を恨み、悔い、何百年もずっと自分を許せないでいた。

 ぐちゃぐちゃに泣き腫らした顔がその後悔を物語っている。


 その顔を見るだけで、おみなさんが自分の娘をどう思っていたかなんて、すぐにわかる。


「貴方は悪くない」

「え……でも、でも! 私が、生きて欲しいだなんて言ったから――」

「それでも」


 言葉を遮る。

 その先を、その後悔を、口に出させてはいけない。


「それでも、自分の娘のことを想っただけでしょう?」


 僕は知らない。

 子供を持つ経験。

 育てる経験。

 どんな気持ちで、何を想うのかを。


 それでも――。


「最期に生きて欲しいって願っただけで、全て否定されるなんて……そんなの、おかしいですよ」


 おみなさんは娘を愛していた。

 大粒の涙と、彼女の後悔がそれを証明している。

 それなのに、そんな彼女が間違っていただなんて納得出来るはずがない。


「――じゃあ」


 絞り出すように。


「じゃあなんで、あの()()()なってしまったんですか⁉」


 泣き叫ぶ。


 自分の娘が人を喰らい、怪異へと堕ちた。

 何故?

 どうして?


 その責任は全て自分にある、と背負ってきた。

 自分が悪くないのだとしたら、何故娘は怪異へと成り果てたのか。


「……誰も、悪くないと思います」

「じゃあ――」


 その先の言葉を、彼女は続けなかった。

 きっと、心のどこかで気づいていたのかもしれない。


 ――誰も悪くない、って。


 だからこそ、原因は自分だったのだ、と自分自身に言い聞かせるしかなかった。


 僕は呆然とするおみなさんと目を合わせる。


「行きましょう。弐番を……娘さんを解放するために」

「――……はい」


 涙を拭いながら立ち上がる。

 強い光を灯した彼女の目は、母の眼をしていた。



「ところで、今菊ちゃ……弐番は何を?」

「上で魔つ……仲間が戦ってます」


 その瞬間、おみなさんから血の気が引いた。


「そんな……早く、急がないと! あの()がまた人を……」

「――ない」

「え?」

「ありえない。魔使君が負けるはずがない。負けるのは弐番だ」

「……」

「いずれにせよ、核がある限り戦闘は終わらない。急ぎましょう」

「え、そ、そうですね……。こちらです」


 彼女は小さく頷き、走り出す。

 けれど、その背中からは、まるで()()()()()()()()()()焦りを滲ませていた。


 ……どうしたんだろう?



 ◇ ◇ ◇



「この先です!」


 何度も曲がって部屋を抜け、ようやくとある部屋の前まで来た。

 この部屋だけ、襖じゃない鉄で出来た扉。

 明らかに雰囲気が違う。


 それに見た目だけじゃない。微かに匂うこの香り……。


「――……血の匂い」


 ずっと漂っていた血の匂いの元は、きっとここだ。


「結構、ショッキングなので、お気を確かに」


 そう言っておみなさんが扉を開く。

 溢れ出てくる、嘔吐(えず)く程濃い血の匂い。


 部屋の中には、等間隔に切り揃えられた肉。

 天井から吊り下げられた肉。


 一体何の肉かは……考えたくない。


 中に入るのを躊躇(ためら)っている僕を、おみなさんは勢いよく押した。


「何――」


 切羽詰まった表情。

 その時、僕も気づいた。


 遠くで音がする。

 壁を砕くような衝撃が、肌を震わせる。

 ――……まさか、まさか!


「菊ちゃんが来てます! 吉岡様は早く先へ!」


 金庫のような重厚な扉を開ける。

 破壊音は徐々に大きくなって迫ってくる。


「あの娘は私がなんとかします。一本道ですから先へ行っててください!」


 無理矢理僕を押し込んで、扉を閉める。

 ズズン……と重い扉が閉められた。


 目の前にかざした自分の手すら見えないほどの暗闇。

 指先に出した小さな『(フレイル)』を松明代わりに、先を急ぐ。


 なんで弐番がここに?

 まさか魔使君が負けた?

 そんなはずはない。彼が負けるなんて考えられない。

 いや待てよ。

 ここに来るまでに、委員長が影たちを足止めしていたはずだ。

 まさか委員長も……?


 そんな巡る邪推を振り払うように走る。


 走る。


 ただひたすらに、無我夢中に走った。


 その先で、まるでスポットライトのように照らす光。

 その光を浴びるように、ぽつんと台座の上に置かれた櫛があった。

 光を受け、まるで宝石のように輝いている。

 材質は木。半月型で、背には紫の花が一輪描かれていた。

 星形の花が描かれた櫛。


 見た瞬間に理解した。

 これこそが、()なのだと。


「コレを壊せば――」


 手を伸ばしたその時、脳内に何かが流れ込む。




『あの人はもういない。……私がしっかりしないと……。この子を育てるんだ』

『可愛らしい嬢ちゃんじゃねぇか。子供は元気な方がいいんだ。ウチの野菜、たんと喰いな』

『また人が倒れた。もうこの村はお終いだ』

『すまんな奥さん。もう、儂たちは余裕がねぇんだ』

『ごめんね……。私の元になんて生まれてこなければ、もっと、いっぱい食べれたのにねぇ。あぁ可哀想な菊……。せめて、私の分まで――』

『また人が倒れた。明日は我が身だな』


『お腹空いたよぉ……』

『生きなきゃ』

『赫い……。温かくて――……美味しい』

『生きなきゃ』

『食べるとこ、少ないな。もっといっぱい食べたいな』



『――……そうだ!』



 それは、ある村での会話。

 それは、境遇を恨む最期の言葉。

 それは生きるため藻掻く、弱々しい声。


 これは、飢えを憎み、生を渇望した()()の記憶。

 病によって人が死ぬ。

 寄る辺の無い少女に、手を貸す余裕は誰にもない。

 飢え。渇き。

 ただ生を望んだだけ。

 そんな純粋な心が、凶行を加速させる。



『その一歩で止まってしまうなら、もう無理だ。理由を知ったとしても、理解までは至れない』。



 魔使君の一言が(よぎ)る。

 彼は知っていたんだ。

 生への渇望が、これほどのモノだってことを。

 倫理、だなんて言葉で枷が課されるほど、生ぬるいモノではないのだと。


「――その櫛が、領域の核です」


 振り向くと、おみなさんが立っていた。


「核は、微かな衝撃で壊れます。――ですので」


 地に手をつき、深々と頭を下げる。


「――どうか、あの娘を」


 櫛へ、手を伸ばす。

 指先が、微かに触れた。

 ただそれだけで、櫛全体へ細かな亀裂が走っていく。


 そして、砂岩が崩れるように、領域の核は消滅した。

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― 新着の感想 ―
拝読させていただきました。 物語の導入から事件発生、序盤の息着く間もない怒涛の展開など 一気に読めてしまう素晴らしく練り上げられた構成ですね。 吉岡さんや魔使いさんなど、一度目にしたら必ず頭に残る人…
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