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丑三つ時に惡魔は嗤う  作者: Shatori
3.我が胎を満たす、朱い赫い臓物よ
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36.願い

「領域の核までご案内致します」


 目に涙を溜めながら、着物の女性は襖を開ける。

 落とした湯呑みには目もくれず、まっすぐ僕だけに視線を合わせて。


 涙ぐんだその目に宿っているのは、覚悟。

 怯えや、敵対心なんて、微塵も感じられない。


 核へ案内するという言葉は、多分、嘘じゃない。


 着いていくのは危険かもしれない。

 けど、今後ろで委員長が影たちを引き付けてくれている。

 魔使君が弐番と戦っている。


 ……時間がない今の状況で、拒む理由はない。


 全身に魔力を巡らせ、いつでも距離を取れるよう警戒しながら、女性の後についていく。


「あぁ、そう言えば、お名前を聞いてませんでしたね。あなた様の御名前を伺っても?」

「……吉岡、です」

「吉岡様! 素敵な名前。苗字をお持ちだなんて羨ましいですね!」

「えと……貴方は?」

「私ですか? ……そうですね、()()()とでもお呼びください」


 襖の先には、長い廊下がずっと奥まで続いていた。

 白い壁。木造の柱。

 そして等間隔に並んだ襖。その先には同じような数畳ほどの和室。


 どこを見ても、どこに行っても同じ景色。

 まるで目印のない迷路だ。

 きっと僕一人だったら、すぐ迷っているだろう。

 そう確信できるほどの広さをしている。


 そんな廊下を進み、部屋を抜け、行き慣れたかのようにまっすぐと進んでいくおみなさんの後についていく。


 ――……あれ。


 少し冷静になったことで、僕はようやく()()()()()に気が付いた。

 おみなさん、さっき()()()()()()()()()()()()()


 僕に目的を聞いた時も、案内するといった時も、なんて言っているかが理解できた。


 それは、この女性が()()()()()を発したから。

 ということはつまり、この人は生きている――!


「あの――!」


 手を伸ばし、先を行く彼女を引き留め――。






 ――……感触がない。

 僕の手は、女性の手首を握っている。……いや、重なっている。

 触れない。

 すり抜ける。

 まるで、そこに何もないかのような……。


「どうしまし――……あぁ」


 振り返り、手元を見た彼女は、納得したように微笑んだ。

 それから、おばけを真似るように手首を曲げた。


「びっくりさせてしまいましたね。実は私、幽霊なんです」


 冗談を言っているように、手首をひらひらと揺らしながらそう告げた。


「そんな……じゃあなんで、言葉――」

「言葉? ……あぁ、確かに村のみんなは何言ってるか分からないですよね。私が言葉を話せるのは多分、特別だから、かしら」

「……弐番とどういう関係ですか」


 半歩下がりつつ、重心を下げる。

 これでいつでも攻めに転じられる。


 おみなさんからは、敵意も、殺意も未だ感じない。

 けど、彼女は()()()()()()の特別。

 それの持つ意味が何なのか、知らなくちゃいけない。


「……そう、ですね。先に言わなければいけませんでしたね」


 一呼吸置いて。


「私は、弐番……菊に呪いをかけた張本人。あの()の母親です」



 ◇ ◇ ◇



 平安初期、とある貧しい村で、ある女は娘、(きく)を産んだ。

 早くに夫に先立たれてしまった彼女は、女手一つで娘を育てることを強く決意した。


 しかし、その生活は過酷なものだった。

 今日食べるものを工面するので精一杯なほどの貧しさ。

 母の身体は見る見るうちに痩せ細っていく。

 それでも、心優しい村人たちに恵まれ、菊は順調に成長していった。



 菊が四歳を迎えるころ、村に流行病が蔓延した。

 治療法などなく、ろくに食事も摂れていなかった村人たちは、次々と病に倒れていく。

 そんな中で特に症状が重かったのが、菊の母親だった。


 食べ物を優先して菊に与えていたこともあり、最早起き上がれないほどまでに衰弱していた。

 自らの死期を悟った母は、菊に遺した。


 ――菊が、お腹いっぱいご飯が食べられるよう。

 ――菊が、自らの分まで、永く生きられるよう。


 そんな、願いを。


 菊は、四歳で独りになった。

 憐れに想いつつも、誰も菊に手を差し伸べはしなかった。


 もはや村人たちに、他者を気遣う余裕など、ありはしなかった。


 虫を採るのも上手くなり、適当な草を食べても腹を下さなくなった頃、菊は知った。……知ってしまった。


 血を舐めると渇きを癒せることを。

 腕や足、胴を食べると何よりも腹を満たせることを。


 菊は人の道を踏み外し、やがて怪異へ――……七不思議弐番へ成り果てた。



 ◇ ◇ ◇



「私が……私があんな事を願ってしまったから……あの娘は……!」


 彼女は項垂れ、声を震わせる。

 自分のせいで、あの娘はこんな所に閉じ込められてしまった、と懺悔するかのように後悔を漏らす。


「だからどうか!」


 悲鳴を上げながら、僕の足に縋り付く。

 その手は僕の足を掴むことなくすり抜けていく。

 しかし彼女は、(うずくま)りながら乞う。


「不躾なお願いと承知です。それでも!」


 掠れた声が、響く。


「あの娘を解放してあげてください……」


 消え入るような声で、母は娘を殺すよう頼み込んできた。

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