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丑三つ時に惡魔は嗤う  作者: Shatori
3.我が胎を満たす、朱い赫い臓物よ
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35.廃村

 澱んだ空気とともに、周囲に影が落ちた。


 落ちた影はやがて大きく歪み、人の形へと変わっていく。

 顔は塗りつぶされたかのように靄がかかっていて、輪郭すら朧気だ。

 それに、それぞれ鎌や包丁などの刃物を手にしている。


 三十……五十……まだまだ数は増えていく。

 明確な敵意を持った相手が、奥への道を阻むように立ち塞がった。


「……多いね」


 全身――……主に足に魔力を集中させる。

 これだけの数。避けるべきは、囲まれること。

 一度でも囲まれれば、どこから攻撃が襲ってくるか分からない。

 逃げ場もなく、いずれは人数差に潰される。


 そんな状況は絶対に避けなければならない。


「諤ィ」


 脳が理解を拒絶する、死者の言葉。


 なんて言ったかわからないその一言を皮切りに、影が一斉に襲い来る。


 雪崩のように押し寄せる影を、僕たちは二手に分かれて距離を取る。


「――谿コ縺吶?∵ョコ縺」


 そんな僕たちを追撃するため、影たちは各々標的を定め、再度襲いかかってくる。


 これだけの数、全員を相手にするのは……骨が折れそうだ。

天焔光劫砲(レール・カノン)』や『業火の天華(ヒマワリ)』だったら広範囲を吹き飛ばせる……。

 いやいや、その魔術(わざ)は足を止めないといけない。

 囲まれるリスクが増えるだけ……。

 だったらヒットアンドアウェイの各個撃破でいくか?

 それだと安全だけど時間がかかりすぎる――。


 どうし――……ん?


 距離を取りながら戦略を考えていたその時、あることに気がついた。


 動きが遅い。

 動作の一つ一つがスローモーションのように鈍い。

 振り下ろされる鎌も、半歩下がるだけで避けられる。


 ――これなら!


「委員――」「吉岡くんは先に行って! コイツらの足止めは私がする」

「え何で⁉ こんなに足が遅いなら無視して先に行けるよ!」


 僕の言葉を遮って、委員長が指示を飛ばす。


 けど、影たち(コイツら)みんな動きが遅い。

 なら、ぐるっと回り込めば、戦闘せずに先に進める。

 余計な消耗をしなくて済む。

 だから回り込んで先に行こう、と提案しようとしていたのに。


 委員長が出した指示は、自分がここに残り、僕だけ先に行くというものだった。


「地形を把握していない以上、()()()()()()()()のは危険よ。もし行き止まりだったら、廃村(ここ)よりも狭い場所で相手することになっちゃう」


 言われて気づく。

 血の匂いが漂う道の先には、核があると決めつけていた。

 もしかしたら核への道は、わからないように隠されているかもしれない。


 二人で回り込んで進んだ先が行き止まりだったなら。

 後から雪崩れ込んでくる影たちを、逃げ場のない状況で対処しなければならなくなる。

 避けたかった、囲まれた状況と何ら変わらない。


 なら、一人がここに残り、影たちの注意を惹く方が良い……。


「――わかった。でも」

「大丈夫よ。あくまで足止め。動きも遅いし、この程度、造作もないわ」


 荊で足を貫き、蔓で体を拘束。

 造作もないといった委員長は既に、何人もの影たちを捕えていた。



 ――大きく息を吐いて、目指すべき道を見定める。



「――じゃ、行ってくる」


 全身の魔力を両足だけに注ぎ、踏み込む。


 地を、壁を、力のまま思い切り蹴って、跳躍。


 風が頬を叩き、影たちを置き去りに。


 着地しても足を前へ。


 ただひたすらに、前だけを見据えて――。




 そのまま奥へと駆け抜けていく。




 奥への道は、暗いただの一本道。


 けれど、遠くに微かに光が見える。


 このまま一気に――。


 更に足に魔力を集中させ、加速。


 見えてきたのは障子。

 岩肌の中にぽつんと障子がある。

 明らかな不自然。

 それに、奥からの明かりが透けて見える。


「あの先に――」


 確信を胸に、勢いのまま障子を蹴破り、そのまま中に転がり込んだ。

 即座に顔を上げ、周囲を見渡す。


 畳。

 床の間。

 人。


「人ぉ⁉」


 長い黒髪を一つに括り、丈の短い赫色の着物を着た女性がいた。

 湯呑みを手に、突然の来訪者に目を丸くしていた。


「……えっと、貴方、は?」


 震えた声色。

 襲ってはこない。

 敵対心はないと考えていい……か?


「――もしかして、弐番を倒しに……?」


 言いながら、女性の目にはどんどん涙が溜まっていく。

 震えた手から湯呑みが落ち、ドスっと鈍い音が響く。


「あの」


 側へ近寄り、手を差し伸べた。



 ――そこで僕は、自分が大きな勘違いをしていたのだと気づいた。


「……お待ちしておりました」


 大粒の涙を流しながらも、女性はゆっくりと立ち上がる。


 僕は恐怖で(うずくま)ったのだと思っていた。

 この領域が壊れる事へ絶望し、涙を流しているんだと思っていた。


 けど違った。この人はむしろ――……。


「領域の核まで、ご案内致します」


 この人は、領域の崩壊を望んでいた。

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