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丑三つ時に惡魔は嗤う  作者: Shatori
3.我が胎を満たす、朱い赫い臓物よ
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34.可能性と、

「あああああああ!!!!」


 魔使君の魔術で山の内部へ落とされた!

 地面をすり抜けて落ちて行くだなんて!


 すり抜けた地面の下は空洞になっていて、僕は真っ逆さまに落ちている。

 せめて、何かに捕まらないと――……!


 手を伸ばして藻掻いてみても、空を掴むだけ。

 空中では思うように動けない。

 何も出来ずに――。



 その時。

 強い力で引き上げられ、落下が止まった。

 足元を見ると、左足に何かが巻き付いていた。


「――よかった。なんとか掴めた……」


 ぎし、と(きし)みながら、太い(つる)が僕の足に絡みつく。

 見上げると、壁に根を張った蔓に掴まった委員長が、安堵の息を漏らしていた。


「ありがとう……助けてもらってばっかでごめん……」

「いいのよ、気にしないで」


 蔓は更に伸び、僕の体を包み込むように支えてくれる。

 宙吊りだった体も元に戻り、ようやく周囲を見回す余裕が出来た。


 明かりは無い。

 けど、微かに見える。

 水滴が滴る音が反響する。

 僅かに湿った岩壁。

 そしてその壁沿いに――。


「委員長、足場! 足場あるよ!」


 岩場が、まるで螺旋階段のように、下へ下へと続いている。

 蔓に支えられながら慎重に降り立ち、そっと下を覗き込む。


「おぉー……」


 思わずそんな声が漏れる。

 底が一切見えない、完全な闇。

 輪郭すらも捉えられない。

 吸い込まれてしまいそうな不気味さを持った闇が、何処までも。深く、広く――。


「そんな所にいると危ないわよ」


 そう言いながら、委員長は壁に触れる。

 まるで水面下のように、硬い岩肌に波紋が走る。


 すると、岩壁から黄色い花が咲き乱れる。

 一輪だけじゃない。螺旋階段に沿うように、岩壁を覆い尽くしながら芽吹いていく。

 すかさず委員長はパチンと指を鳴らす。

 指先から火花が舞い、咲き乱れる花々を(あか)く染め上げていく。


 しかしすぐには燃え尽きず、むしろ柔らかな光になって暗闇を照らし出した。


「すご……何コレ?」

「『()らす灯火(ともしび)』……。『油を宿す黄花(ナタネ)』と『燃ゆる死を(ゴジアオイ)』の合わせ技よ。さ、行きましょ」


 当然のことのように軽く解説を終え、委員長は螺旋階段を降りていく。

 更には、片手間でさっきの蔓を手すりになるよう這わせていた。

 明かりを確保するだけでなく、万が一の落下をも防ぐ。

 これを片手間で済ませ、誇るでもなく……。


 ――……そうか。これは()()()()の事なんだ。

 明かりがないなら、作ればいい。

 落ちそうで危ないなら、手すりを作ればいい。

 これが、これこそが、魔術――。


「――……凄いなぁ」


 自然と口角は上がっていた。



 ◇ ◇ ◇


 何処まで階段を降りただろう。


 僕達の靴音だけが反響して、やがて虚空に消えていく。


 見上げれば、天井は遥か遠く。


 見下ろせば、底はまだ見えない。


 今は……山の中腹くらいかな。


 超高層ビルのような高さの山を登り、今度は下っている。


 流石に息も上がってきた。


 それに、ずっと同じ景色で気が滅入ってくる。


 気分転換も兼ねて、委員長に話題を振ることにしよう。


「そう言えば、この『照らす灯火』……だっけ。魔術の合わせ技だなんて、ホント凄いね」

「すごいだなんて……。別にこれくらいどうってことないわよ」

「そんな事ないよ! さっきも蔓で助けて貰ったし、明かりも、手すりだって。何でも出来て羨ましいよ」


 本心だった。

 別に、(おだ)てようなんて思いは、一切無い。

 本心で、どんな場面でも対応できる委員長を羨ましいと想った。

 ただ、それだけだったのに。


「――そんなことないわ」


 その声は、低く、重圧を帯びていた。


「……え?」

「私の魔術(ちから)は、()()()()()()()()()()()()()()()もの。だから私が植物をどう解釈するか……どの特徴を印象強く感じるかによって、何を、何処まで出来るかが大きく変わってくる」


 確かに思い返せば、『左巻きの捕縛蔓(アサガオ)』は、アサガオの左巻きに成長する蔓に。

 あの日、初めて教室で見た『炸裂する火種(ホウセンカ)』も、弾けて種をばら撒く性質に。

 さっきの『燃ゆる死を(ゴジアオイ)』だって、ゴジアオイの自然発火する特性に……。


 今まで見てきた委員長の魔術はどれも、植物の特徴・性質が元になっていた。


「――……私のこの魔術(ちから)は、そんな便利な物じゃないわ」


 ただ淡々と、ポツリと彼女は呟いた。


 委員長の力はとても複雑で、簡単に「何でも出来る」なんて言葉で片付けていい物じゃなかった。

 きっと、今のようにどんな場面でも対応できるようになるまで、ずっと向き合ってきたのだろう。

 魔使君相手に使った『血染めの寄生華(ナンバンギセル)』と『亜音速の狙撃樹(スナバコノキ)』だって。

 どちらも、普段の日常では知る機会のない植物だ。

 一体どれだけ調べ、知識を蓄えたのだろうか……。



 ――……ただ一つ、気になる事がある。



「ねぇ委員――⁉ 何、この匂い」


 鼻を突く、纏わり付くような異臭。

 むせ返る程濃い、鉄の匂い。


「……鉄、じゃないよね」

「えぇ。恐らくは()の匂い」


 一体何十、何百人分の匂い……。


 壱番の領域には、魂が彷徨っていたが、血の匂いは一切しなかった。

 けれど、弐番のこの領域には彷徨う魂の姿は何処にもない。

 その代わりに充満する、この血の匂い。

 視覚ではなく嗅覚で、犠牲者の存在を感じさせてきた。


「――急ごう」


 手すりとしていた蔓をロープ代わりに、一気に飛び降りた。



 降りていくにつれ、徐々に血の匂いも濃くなっていった。



 地に足が着いた時には、むせ返る程の血の匂いに慣れてしまっていた。


 あらゆる物を呑み込みそうな、暗い、暗い闇の底。

 その先にあったのは、()だった。


 広い空間の中に、間隔を開けて建てられた木造の家々。

 山頂にあったものと同じ、昔ながらの造り。


 だが、どれも荒れている。


 穴だらけの茅葺き屋根に、破れた襖。

 生活の気配は一切無い。

 家々の間にある畑も、もはやただの土塊(つちくれ)

 もはや廃村と呼ぶべき光景が広がっていた。


「吉岡くん」

「……うん、分かってる」


 この廃村が何なのかは、察しが付いている。

 この村はきっと、弐番が生前住んでいた村。


 そして、あの惨劇が起きた場所。


 斬り付けた後が、柱や襖に残っている。

 死体や血痕はなくとも、悲惨な現場だったことを物語っていた。


 血の匂いは更に奥から漂っている。


「行こう」


 一歩を踏み出したその時、空気が淀んだ。

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