34.可能性と、
「あああああああ!!!!」
魔使君の魔術で山の内部へ落とされた!
地面をすり抜けて落ちて行くだなんて!
すり抜けた地面の下は空洞になっていて、僕は真っ逆さまに落ちている。
せめて、何かに捕まらないと――……!
手を伸ばして藻掻いてみても、空を掴むだけ。
空中では思うように動けない。
何も出来ずに――。
その時。
強い力で引き上げられ、落下が止まった。
足元を見ると、左足に何かが巻き付いていた。
「――よかった。なんとか掴めた……」
ぎし、と軋みながら、太い蔓が僕の足に絡みつく。
見上げると、壁に根を張った蔓に掴まった委員長が、安堵の息を漏らしていた。
「ありがとう……助けてもらってばっかでごめん……」
「いいのよ、気にしないで」
蔓は更に伸び、僕の体を包み込むように支えてくれる。
宙吊りだった体も元に戻り、ようやく周囲を見回す余裕が出来た。
明かりは無い。
けど、微かに見える。
水滴が滴る音が反響する。
僅かに湿った岩壁。
そしてその壁沿いに――。
「委員長、足場! 足場あるよ!」
岩場が、まるで螺旋階段のように、下へ下へと続いている。
蔓に支えられながら慎重に降り立ち、そっと下を覗き込む。
「おぉー……」
思わずそんな声が漏れる。
底が一切見えない、完全な闇。
輪郭すらも捉えられない。
吸い込まれてしまいそうな不気味さを持った闇が、何処までも。深く、広く――。
「そんな所にいると危ないわよ」
そう言いながら、委員長は壁に触れる。
まるで水面下のように、硬い岩肌に波紋が走る。
すると、岩壁から黄色い花が咲き乱れる。
一輪だけじゃない。螺旋階段に沿うように、岩壁を覆い尽くしながら芽吹いていく。
すかさず委員長はパチンと指を鳴らす。
指先から火花が舞い、咲き乱れる花々を緋く染め上げていく。
しかしすぐには燃え尽きず、むしろ柔らかな光になって暗闇を照らし出した。
「すご……何コレ?」
「『照らす灯火』……。『油を宿す黄花』と『燃ゆる死を』の合わせ技よ。さ、行きましょ」
当然のことのように軽く解説を終え、委員長は螺旋階段を降りていく。
更には、片手間でさっきの蔓を手すりになるよう這わせていた。
明かりを確保するだけでなく、万が一の落下をも防ぐ。
これを片手間で済ませ、誇るでもなく……。
――……そうか。これは当たり前の事なんだ。
明かりがないなら、作ればいい。
落ちそうで危ないなら、手すりを作ればいい。
これが、これこそが、魔術――。
「――……凄いなぁ」
自然と口角は上がっていた。
◇ ◇ ◇
何処まで階段を降りただろう。
僕達の靴音だけが反響して、やがて虚空に消えていく。
見上げれば、天井は遥か遠く。
見下ろせば、底はまだ見えない。
今は……山の中腹くらいかな。
超高層ビルのような高さの山を登り、今度は下っている。
流石に息も上がってきた。
それに、ずっと同じ景色で気が滅入ってくる。
気分転換も兼ねて、委員長に話題を振ることにしよう。
「そう言えば、この『照らす灯火』……だっけ。魔術の合わせ技だなんて、ホント凄いね」
「すごいだなんて……。別にこれくらいどうってことないわよ」
「そんな事ないよ! さっきも蔓で助けて貰ったし、明かりも、手すりだって。何でも出来て羨ましいよ」
本心だった。
別に、煽てようなんて思いは、一切無い。
本心で、どんな場面でも対応できる委員長を羨ましいと想った。
ただ、それだけだったのに。
「――そんなことないわ」
その声は、低く、重圧を帯びていた。
「……え?」
「私の魔術は、植物の特性を魔力で拡大解釈したもの。だから私が植物をどう解釈するか……どの特徴を印象強く感じるかによって、何を、何処まで出来るかが大きく変わってくる」
確かに思い返せば、『左巻きの捕縛蔓』は、アサガオの左巻きに成長する蔓に。
あの日、初めて教室で見た『炸裂する火種』も、弾けて種をばら撒く性質に。
さっきの『燃ゆる死を』だって、ゴジアオイの自然発火する特性に……。
今まで見てきた委員長の魔術はどれも、植物の特徴・性質が元になっていた。
「――……私のこの魔術は、そんな便利な物じゃないわ」
ただ淡々と、ポツリと彼女は呟いた。
委員長の力はとても複雑で、簡単に「何でも出来る」なんて言葉で片付けていい物じゃなかった。
きっと、今のようにどんな場面でも対応できるようになるまで、ずっと向き合ってきたのだろう。
魔使君相手に使った『血染めの寄生華』と『亜音速の狙撃樹』だって。
どちらも、普段の日常では知る機会のない植物だ。
一体どれだけ調べ、知識を蓄えたのだろうか……。
――……ただ一つ、気になる事がある。
「ねぇ委員――⁉ 何、この匂い」
鼻を突く、纏わり付くような異臭。
むせ返る程濃い、鉄の匂い。
「……鉄、じゃないよね」
「えぇ。恐らくは血の匂い」
一体何十、何百人分の匂い……。
壱番の領域には、魂が彷徨っていたが、血の匂いは一切しなかった。
けれど、弐番のこの領域には彷徨う魂の姿は何処にもない。
その代わりに充満する、この血の匂い。
視覚ではなく嗅覚で、犠牲者の存在を感じさせてきた。
「――急ごう」
手すりとしていた蔓をロープ代わりに、一気に飛び降りた。
降りていくにつれ、徐々に血の匂いも濃くなっていった。
地に足が着いた時には、むせ返る程の血の匂いに慣れてしまっていた。
あらゆる物を呑み込みそうな、暗い、暗い闇の底。
その先にあったのは、村だった。
広い空間の中に、間隔を開けて建てられた木造の家々。
山頂にあったものと同じ、昔ながらの造り。
だが、どれも荒れている。
穴だらけの茅葺き屋根に、破れた襖。
生活の気配は一切無い。
家々の間にある畑も、もはやただの土塊。
もはや廃村と呼ぶべき光景が広がっていた。
「吉岡くん」
「……うん、分かってる」
この廃村が何なのかは、察しが付いている。
この村はきっと、弐番が生前住んでいた村。
そして、あの惨劇が起きた場所。
斬り付けた後が、柱や襖に残っている。
死体や血痕はなくとも、悲惨な現場だったことを物語っていた。
血の匂いは更に奥から漂っている。
「行こう」
一歩を踏み出したその時、空気が淀んだ。




