51. 猫 LE CHAT
マリー・ドーブラン詩群 #34 と同一題名
二部構成 何れも脚韻ABBA
I
歩き回るはわが脳裏、
自分のアパートも同様、
強靭にして柔軟、魅惑の美猫よ。
みゅうと鳴いても聞こえもしない、
Dans ma cervelle se promène,
Ainsi qu’en son appartement,
Un beau chat, fort, doux et charmant.
Quand il miaule, on l’entend à peine,
鳴く音は控えめ、ごく優しく。
落ち着いていても、唸っても、
響くは豊かに深々と。
そこが秘密の、その魅力。
Tant son timbre est tendre et discret ;
Mais que sa voix s’apaise ou gronde,
Elle est toujours riche et profonde.
C’est là son charme et son secret.
この声、珠となり透き通る
私のいちばん暗い深みにて
韻文のように私を満たして
麻薬のように愉しませる。
Cette voix, qui perle et qui filtre
Dans mon fonds le plus ténébreux,
Me remplit comme un vers nombreux
Et me réjouit comme un philtre.
残酷極まる苦痛を麻痺させ
ありとあらゆる恍惚を。
どんなに長い文句でも、
言葉を必要ともしないで。
Elle endort les plus cruels maux
Et contient toutes les extases ;
Pour dire les plus longues phrases,
Elle n’a pas besoin de mots.
いや、噛み合う弓など無かった
わが心、完璧な楽器に合う、
いやが上にも格調高く、
この上なく生き生きとした弦を鳴らすのは、
Non, il n’est pas d’archet qui morde
Sur mon cœur, parfait instrument,
Et fasse plus royalement
Chanter sa plus vibrante corde,
声ばかり、不思議な猫の、
熾天使な猫、見慣れない猫、
万物統べる、天使のような子、
調和取れつつ繊細な子の!
Que ta voix, chat mystérieux,
Chat séraphique, chat étrange,
En qui tout est, comme en un ange,
Aussi subtil qu’harmonieux !
II
ブロンドと茶色の毛皮から
とても甘い香りを放ち、私は
ある晩、それで防腐処理された
一度の、一度きりの愛撫から。
De sa fourrure blonde et brune
Sort un parfum si doux, qu’un soir
J’en fus embaumé, pour l’avoir
Caressée une fois, rien qu’une.
この地に居着く精霊か
裁き、統べ、鼓舞するは
その帝国の万物をば
妖精なのか、神なのか?
C’est l’esprit familier du lieu ;
Il juge, il préside, il inspire
Toutes choses dans son empire ;
Peut-être est-il fée, est-il dieu ?
愛するこの猫に向かって、私の目は
磁石に引き寄せられるように
するすると素直に振り向き、
そして私は自身を見つめた、
Quand mes yeux, vers ce chat que j’aime
Tirés comme par un aimant,
Se retournent docilement
Et que je regarde en moi-même,
私は驚いて見入った
青白いその瞳の焔に、
澄んだランタン、生きたオパールに、
私をじっと見守る人が。
Je vois avec étonnement
Le feu de ses prunelles pâles,
Clairs fanaux, vivantes opales,
Qui me contemplent fixement.
訳注
ジャンヌ・デュヴァル詩群にあった同名の作品より一層手の込んだこの1篇を読んで、だいたいこの作者の性格が解った。猫や恋人を猫可愛がりしようとして、手を出す度に引っ掻かれるタイプだ。そんなに目を見開いて、両手ワキワキさせて掴みかかろうとしたら、嫌がられるに決まってる。
miaule: フランス人が聞く猫の鳴き声。「ニャア」より「みゃう」に近いようだ。
filtre: だいたい「フィルタ」「濾過」の意味に使われるので、「珠となり篩となり」とは、どんなフルイ分けだ?と頭を抱えた。ほぼ逆に「(篩の目を)すり抜ける」という使い方にもなるようだ
d’archet: ヴァイオリンの弓。詩人という楽器を鳴らすのに相応しい弓など、ぬこ様以外にあるものか、と言っている。と同時に、この詩を受け取る恋人を猫扱いしてもいる。
séraphique: Seraphim(6翼の熾天使)から来た「天使のような」とする形容。「熾」は「火が盛んに燃える」の意で、神への愛と情熱で体が燃えていることを表す。最上位の天使とされる。
イザヤ書6章
ウジヤ王の死んだ年、わたしは主が高くあげられたみくらに座し、その衣のすそが神殿に満ちているのを見た。
2 その上にセラピムが立ち、おのおの六つの翼をもっていた。その二つをもって顔をおおい、二つをもって足をおおい、二つをもって飛びかけり、
3 互に呼びかわして言った。「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな、万軍の主、その栄光は全地に満つ」。
4 その呼ばわっている者の声によって敷居の基が震い動き、神殿の中に煙が満ちた。
ヨハネの黙示録4章
8 この四つの生き物には、それぞれ六つの翼があり、その翼のまわりも内側も目で満ちていた。そして、昼も夜も、絶え間なくこう叫びつづけていた、「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな、全能者にして主なる神。昔いまし、今いまし、やがてきたるべき者」。
無数の目を持つ6枚の翼ある生き物、として絵に描くなら、この世のものとも思えない景色であるが。
おそらくメソポタミアから伝わった6翼の神像に、毒蛇を喰らう孔雀(神)の姿が「神々しい姿」として合成されてしまったものであろう。
embaumé: 「芳香で満たす」こと、または(ミイラに施す)防腐処置をいう。普通は「香りに満ちる」と訳すが、ボードレールはエジプトの神を意識してもいたし、救い主イエスの故事もある。
ヨハネによる福音書12章
3 その時、マリヤは高価で純粋なナルドの香油一斤を持ってきて、イエスの足にぬり、自分の髪の毛でそれをふいた。すると、香油のかおりが家にいっぱいになった。




