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後編

   

 駅の改札を出ると、既に辺りは暗くなり始めていた。

「日が落ちるのも早くなったものだな……」

 季節の変化に想いを馳せて、沼田は呟く。

 しかし「季節の変化」みたいな風流よりも、彼の頭を占めるのは、先ほどの車内の様子。降りた後でもつい考えてしまうほど、あの眼鏡だらけは異様に思えたのだ。

「なんだったんだ、あれは……?」


「やはり社会の変化が原因なのだろう。目を悪くする環境の増加……」

 ぶつぶつ呟きながら、住宅街を歩く沼田。

「……まったく、けしからん話だ。これでは眼鏡メーカーが儲かるだけではないか。若者の未来は、日本の未来は明るくないぞ!」

 もしも周りに誰かいれば恥ずかしくて、彼もそんな言葉は口に出来なかっただろう。

 しかし実際には、誰一人として歩いていなかった。まだ寝入るには早すぎる時間なのに、誰もが家にこもっているようだった。

 これはこれで、なんだか不思議な気もする。ちょうどその点に思い至ったタイミングで……。

「け……。う……」


 後ろから人の声が聞こえてきて、沼田はハッとする。非常に聞きづらい、くぐもったような声だった。

 慌てて振り返ったが、人の姿は見えない。数十メートルくらいの距離まで、曲がり角もない一本道なのに、影も形もなかったのだ。

「なんだ、今のは……?」

 声はすれども姿は見えず、というのは、昔から怪談などでよくある話だろう。お化けや幽霊の(たぐ)いだ。

 しかし、そんなものが実在するはずはない。ならば、空耳だったのだろうか。あるいは、どこかの家で視聴中のテレビの音声が、ほんの一部だけ、外まで聞こえてきたのだろうか。

 まるで何かを振り払うかのように、軽く頭を左右に振ってから、沼田は再び歩き出した。


「けん……め……。う……やま……」

 また声が聞こえてきたのは、それから数歩も行かないうちだった。

 先ほどよりも若干音量が上がっている。つまり近づいているらしいが、振り返ってもやはり誰も見当たらない。

 さすがに怖くなってきたけれど、あえて気にしないことにする。無視するかのように、沼田は前に向き直ったのだが、まさに瞬間。

「健康な目……。うらやましい……」

 同じ声が、今度は耳元から聞こえてくる!

 しかも大きく、はっきりと!


「誰だ!? 姿を表せ、卑怯だぞ!」

 自分でも空元気(からげんき)なのは承知しながら、怒鳴りつけるみたいにして叫ぶ。

 同時に沼田は、三度(みたび)後ろを振り返ったのだが……。

 今度も何も見えないかと思いきや、そうではなかった。

 人の姿は相変わらず見当たらないものの、もやもやした影のような存在があったのだ。人間大のサイズで、頭や手足に相当するような出っ張りも見えていた。


 驚く沼田に、それは覆い被さってきた。

 その瞬間、目に激痛が走り、沼田は叫ぶ。

 これまでの彼の人生で最大の悲鳴だった。

「ぎゃああああっ!」


――――――――――――


 沼田は近所付き合いに疎く、だから知らなかったのだが……。

 彼が住んでいる辺りでは最近、何者かに襲われて失明するという事件が頻発していた。その被害者は、視力の高い者ばかり。

 近隣住民の中には、裸眼と間違われて襲われては大変と考えて、コンタクトレンズから眼鏡に切り替える者も出てきたという。




(「危ないので眼鏡をかけよう」完)

   

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