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4 番外編

アフレイド・ケルベロス視点

彼女をどうしたら手に入れられるだろうか。


『アフレイド』


『はい、父上』


公爵家で父上に稽古をつけてもらっている最中のことだった。

髪の毛に出ていたらしい集中の乱れを指摘され、剣を握ることを止められた。


俺の魔力は歴代の公爵家よりも随分と強いらしい。そのために感情が、父上よりすぐ髪に出てきてしまう。


赤金の髪は地獄の番犬ケルベロスの吐く炎の息吹を象徴する。公爵家は代々、王家にだけ仕える由緒正しい家。『地獄の番犬』の名を、王から名付けられた家系。

魔物を打ち倒すことに長けながら、いざというときは戦場にまで立ち、指揮を取る公爵家は、代々が騎士団長になる。

強い魔力と剣才を持つがゆえの宿命だった。


『また何か考えていたな。髪が燃えていたぞ』


『すみません』


『はあ。あの社交デビュー以来、少し様子がおかしいと思ったが。何があったんだ』


何も言えず、俺はまたあの少女のことを考えていた。

黒髪の闇に溶け込みそうな小さな女の子。でもその赤い目は確かに炎のような底知れない強い意志と、優しいものが見えた。

他の貴族令嬢とは一風変わっているようにも感じられたあの女の子を、俺は脳裏から離せない。


『あれだ…恋だな』


『…え?』


恋などというものを、したことがない俺にはよく分からなかった。

首を傾げるも、父はその様子に頷いてガハハといつものように笑った。


『図星か。また炎が出ているぞ。私達ケルベロス家は、代々(つがい)とも言われる運命なる相手を持つ家だ。『地獄の番犬』の名に相応(ふさわ)しいが。お前も見つけたのか』


父上がガシガシと頭を撫でてきた。

(さと)られたことがとても恥ずかしくて、髪が燃え上がる。

見た目は熱いが、その炎の髪は意外にも普通の体温だ。父上は恥ずかしがる俺に構わず、頭を撫で続けた。


『ケルベロスはな、普段は敵を防ぐ。だが、きれいな音楽の音で眠り、美味しいものには目がない。それと同じで、お前の恋する相手というのはそういう存在だ』


きれいな音楽は好きだ。

美味しい菓子も好きだ。


それは公爵家の血筋に当たるもの。

子供の時からそう教えてきた父上もまた、同じように音楽やお菓子が好きだ。

だからこれは、公爵家にだけ現れる特性の一つなのかもしれない。

恋をした相手が、自分の弱点になってしまうこと。


『赤い炎が、ちょっとピンクになってるしな。魔力の乱れですぐバレる。ちゃんと隠すよう訓練は(おこた)らないようにな』


『はい、父上』


これが誰かにバレてしまったら、俺は強くはなれないのだろう。

恋にうつつをぬかしすぎては、鍛錬がままならない。

だから、訓練を積み上げた。必死に炎のゆらぎを隠そうとするために。

ひたすら訓練をして、あの少女のことを思ってもすぐには炎があがらないように。

その代わり、体がみるみる強くなっていった。望んだどおりの成長と、いつしか怖がられるようにまでなった。


『あの怪物公爵よ。魔物を一人で倒してしまうなんて恐ろしいわ』


『噂によると、人を()ったことがあるそうじゃないの』


『あの金の目に睨まれると、失神するそうよ』


変な噂が耐えなくなった。その理由に、まだ少年という若さなのに大人を超えてしまう力があったことが原因にある。騎士団の中では最年少であるが故に、周りの大人と打ち解けれずに、噂が一人歩きしてしまった。

それに加えて、俺は体から人の何倍も魔力を抑え込むことをしているがために、集中を途切れさせることができない。いつも乱れがないよう気を切り詰めるので、目つきは悪くなっていった。

怖がられようとなんだっていい。

そう思いながらも、あの少女にだけはこの噂が流れていないことだけを(いの)っていた。

ある時、父上に呼ばれて俺は当主になる約束をされた。


『お前は大きくなった。当主の座を二十歳になったら渡そうと思うよ』


『そんなに早く…俺は公爵の座など』


『お前には必要なものだ、アフレイド。その名に相応しいほど、お前は(たくま)しくなった。自分の身を守るためにも、お前は早く当主になったほうがいい』


アフレイド『恐怖させるもの』


魔物を、敵兵を、怖がらせるほどの強さを俺は持っている。

それを父上は十五歳にして認めた。

歴代の中で最も早く、騎士団長に上り詰めてしまった。

みなぎる力はあっても、たとえ魔力の制御がうまくなっても。

心の炎は決して消せなかった。魔物を倒して人を救うたびに、あの少女のことが浮かび上がってしまう。


『助けが必要な人は他にいるわ』


社交界で一人何かと戦っていた。

助けとは、彼女も助けを求めているのではないのだろうか。

あの赤い目の強い意思。思い出すたびに、その奥に宿る魔力の小さな揺らぎがどんどん気になってしかたない。

小さい彼女の炎は強いけれど、悲しい色をしている。


『ルシエルというのですか』


『そうだな。お主の言う黒髪の赤い目をした令嬢は、我が息子の婚約相手に勿体(もったい)ないほどの伯爵令嬢だ』


魔物討伐にひたすら明け暮れいたとき、陛下に何がほしいかと聞かれた。その時に真っ先に訊ねたのは、彼女のことだった。


ルシエル・プシューケー伯爵令嬢。


殿下の婚約者だと聞かされて、俺は髪を燃え上がらせた。激しい赤い炎が揺らめいて、陛下は怯えたように息をつまらせるが、父上のように何かを察してしまったようだ。


ああ、お抑えなければ。

この赤い髪の怒りを。


訓練をして、強い騎士になっても彼女のことに関してだけはまだ抑えきれない。自分の力がまだ未熟だと思いながら、訓練に明け暮れた。


『お主は若いのに優秀だ。我が息子にも試練を与えてやろう』


陛下は何かを考える素振りをしながら、そのことを進めていった。

気づいたのは、ルシエルがパーティ会場で婚約破棄をされてからだった。

スポットライトが当てられるように嘲笑の目を受けたと、陛下がその時を語ったときは(いきどお)りが勝った。


赤い髪がますます燃えてしまい、暴走を始めそうだった。


けれど、それこそが作戦だったらしい。


『我が息子は愚息だったようだ。あやつ、我が仕込んだサクラになびいていったぞ』


ルシエルとは正反対に、マナーは悪いが男を惑わすのにちょうどいい令嬢を殿下の側に置いたらしい。

すぐにそちらへなびいていった第一王子は、陛下の目にはもう映っていない。

女に惑わされるようならば、王は務まらない。


この国が繁栄を続けられているのは、王がとてもしっかりした方であるからだ。


『ルシエル嬢はとても良い子だぞ。礼儀良く、清らかで、男に対してある程度慣れている。ナヨナヨした令嬢とは一風変わっておる。加えて、勝ち気なところもあるので、我が愚息は随分手こずっていたようだが。お主にとってはピッタリの相手かもしれぬな』


そう聞いても、少し自信がない。

男を知らず、怖がる令嬢や、あまり強く発言できない令嬢はいる。

たとえルシエルが、その令嬢たちとは違っても、俺が触れたら、怯えられそうだ。

最恐と名高い俺は、魔物を単身で倒すほど力が強くなってしまった。


冷淡、冷酷、感情がない。


いくら魔物の血を浴びて、切り裂こうとも俺の顔は変わらない。溢れ出る魔力を抑えながら、剣を握る姿が無表情で怖いのか、人々には恐れられている。

ひたすら彼女を思い、感情が髪に出ないようにとした結果だった。

反論しないでいたら、噂まで酷くなっていった。あれこれを彼女が知っていたら、きっと縁談を断られるかもしれない。

でも、もう心に決めたこと。恐れられようとも、俺は彼女をずっと忘れられていないから。


『ルシエルを、俺にください。それが魔物討伐の報酬です』


約束はできた。

伯爵家に申し入れに行かなくとも、陛下が権力を使ってそうするつもりらしかった。どうせ、最恐と恐れられる俺のことだから伯爵に申し入れに行っても突っぱねられるだろう。

あの綺麗なルシエルを、親が手放すわけがない。


けれど、期待はいい意味で裏切られた。


ルシエルの爵位返上の申し出と、彼女が実は伯爵にこそ暴力を受けていたこと。


「ルシエル」


暗闇の中、希望のような炎の名前を読み上げた。隣に寝転がる愛しい人。

人はわずかながら誰しも小さな魔力を持つ。

ルシエルの確かな魔力を隣に感じながら、また髪が燃えてしまう。


こちらを向いて眠るルシエルが、とても可愛い。

けれどその背中には、一人で背負い込もうとした傷跡がある。

誰からも助けをこおうとはせず、一人で爵位を返上して伯爵家から逃げようとした。一人でするには荷が重すぎる。


爵位を返し、逃げ延びれても彼女はどうやって働くのか。


無茶なことだとわかっていながら、それでも実行しなければならないほど追い詰められていたルシエル。憤りはまた、燃え上がる炎になっていた。


今日吐いたときにはとても驚いてしまった。

俺の前で吐いてしまうものだから、知らず知らずに恐怖を感じさせていたのだろうと思った。

人に怖がられることはあるけれど、ここまで怖がられていたとは。

少しだけ悲しく思いながら彼女の体が心配になった。

使用人たちをかき分け、すぐにルシエルを抱えると部屋の寝台に寝かせてあげた。

口元を拭い、出る高熱を何とかして使用人とともに看病をした。


なんて細い体か。


その手の細さと、体の軽さ。

医師からは栄養失調の体に、無理に食べ物を食べたからだと言われた。

伯爵家の娘が栄養失調だなど信じられなかった。


何かが裏にある。


嫌な予感が走りながらも、ルシエルの眠る顔をずっと隣で祈るように眺めた。

長いまつげ、雪のように白い肌。

触れたら壊れてしまいそうだけど、俺はもう手放せない。

地獄の番犬は、腕の中に入れたものは全てを守り尽くす。


地獄に入り込もうとする不届き者に、灼熱の息吹を。

地獄から抜け出ようものなら、鋭い鉤爪を。

三つ首の番犬は、怪物として描かれたあの悪魔は、公爵家の家紋。


『すまない。ルシエルを怖がらせるのは嫌だが、手放せそうにない』


『旦那様、そう悲しい顔をなさらないでください』


レヴィアが、ルシエルの額の水布を変えながら呟いた。

いつも険しいと恐れられる顔が、悲しい顔をしている。侍女に言われるまで、俺は気づきもしなかったことに驚いた。

訓練に明け暮れる度に、どんどん自分の顔は固くなっていた。魔物を倒すたびに血を浴びて、顔の表情を変えることは忘れていったはずだ。


『冗談か?俺の顔が悲しい?』


『はい。鏡で見てみますか』


『いや、ただ動揺しただけだ。俺が悲しいなど』


『奥様に怯えられて悲しいのですね。わかります、こんな可愛らしい奥様、誰も手放したくない』


レヴィアがそっとルシエルの頬を撫でようとしたのを、険しい目で見ていたのか。彼女は腕を直ぐに引っ込めた。咳払いをしてから、真面目に看病を始める。


恐れられるのは慣れている。


体が大きく丈夫になり、燃える魔力は地獄の業火。不死身(イモータル)の騎士と呼ばれるほど、魔物を無心で狩るうちに付いた二つ名。

加えて、歴代の公爵家の中でも異常なまでの魔力の多さ。おかげで髪が燃え上がるのは幼い頃は日常的に起きていた。

怖がられるほど強いと名高いのに、彼女だけが弱点になる。彼女に恐れられることだけが、心を(えぐ)っているのに少しずつ気づいてしまう。


「ルシエル、愛してる」


隣ですやすや眠るルシエルに、話しかける。好きだと伝えるのも、愛していると伝えるのも胸が歯がゆくなる。言葉にするのはまだ簡単だが、思ったよりも触れることだけはますます髪が燃え上がってしまうらしい。


一人でどうか抱え込まないでほしい。

君はもう十分戦った。


困っている人が他にもいる。助けて欲しい人が他にもいる。自分より苦しい人が他にもいる。

だから自分を救わずに、他を…


「そんなに人と比べなくてもいいんだ。君は助けを求めていいんだ。人は助けなくしては生きられない」


静かに、指先で黒い髪を撫でた。眠りながら、少しだけ声を上げるルシエルが可愛い。


怖いものから全て俺が守る。

たとえ怖がられていても、俺は君を離せないが。


「責任はすべて取る。取るから、ずっと側にいてくれ」


地獄の番犬は、静かに目を閉じた。

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