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48 番外編 夫婦のバツ

『ふふっ』


黄金色の蝶が笑う。

また夢の中だ。

匂いも、体温の感触も、味覚すらない。

あるのは聞く耳と、見る目だけだ。

闇の中を飛ぶ蝶に腕を伸ばしかける。


『本当、あなたは私の魔力とぴったりね。この番犬とは仲良くできそうだわ』


『お前とは相性がいい。魔力が心地いいんだ』


炎の番犬は伏せをしていたところを顔を上げ、蝶へと鼻先で触れた。互いに見つめ合うような蝶と犬の間には確かな絆を感じる。現実的にはありえないペアなのに。


『でも、そろそろ気をつけたほうがいいわ』


え?


『む…違うやつの臭いがしてくる。これはキューピッドのものか』


『そうよ。昔、私はあの人の恋人で妻だった。人から蝶になれたのは、あの人のおかげ。あなたにもその本能が備わっているわ』


『グルルルっ…許さんぞ。お前が俺以外に羽を伸ばすなど』


『仕方ないわ。そういう運命だもの』


『お前、もしその羽を俺以外に伸ばしてみろ。襲ってやる』


番犬が恐ろしくも牙をむき出して威嚇した。私、何かこれからまずいことになるのだろうか。

これから何かが起こって、この地獄の番犬を裏切るようなことをするのだろうか。

彼らに聞きたい。

でも、目は反対に覚めてしまう。


「ふ〜ん。これがダンチョの奥さんか」


青い目と目が合い、数秒。


「あ、あなたは誰ですか」


寝床に侵入してきた美青年へと、クッションを叩きつけた。掛け布団を胸に抱き締め、距離を取る。寝台へとかがみ込んでいた男は、クッションを気にも止めずに踏み込んできた。

ギシギシ鳴る大きなダブルベッド。

隣にはレイ様がいない。

それに使用人たちはどうしたのだろうか。こんな、変な男をやすやすと寝室にあがらせるなんて。


「レイ様!レイ様!」


彼の名を呼ぶと、すぐに赤金色の髪が現れた。知らない男に驚いた表情でいると、レイ様は黒い炎を吹き出す。


「アモル、外で訓練しようとお前から言ったんだろう。なぜ妻のところに上がり込んでいる」


「あははは、ちょっとしたデキゴコロ?ダンチョ、そんなに本気にしないでください。金の粉の魔力が綺麗だと思ってただけですよ〜」


金の粉?

私の背中からは、たしかに、黄金色の粉でできた蝶の羽が出ていた。レイ様以外に、出したことのない魔力の高ぶり。それが、この男の前でも、出したことになる。

その羽を見て、レイ様は悲痛に顔を歪ませながらも、アモルという男に向き直った。首根っこを掴み、寝室の部屋の外からつまみ出す。


「アイテテ」


「二度と妻に無断で会うな」


「いや、ダンチョ。ほんのデキゴコ」


バン!

という、耳を破裂させるようなけたたましい音に、私は身を震わせた。

疑われるだろうか。

私、あの人とは寝起きで目が合っただけですっごくビックリしただけなのだが。


「ルシエル」


黒煙の炎は尚も燃えて、レイ様の怒りをあらわしている。

言わなければ。私はあんな男と愚かしい真似はしていないと。誤解を解かなくては。


「レイ様、先程の」


「君のことを聞いている余裕がない」


彼は私の手首を取ると、寝台へと押し倒した。金色の目が野獣のように光っている。

赤金色の髪が反対に真っ黒で、レイ様の嫉妬をあらわにしていた。

私の首元へと顔を寄せ、口づけをしていく。首筋に残される音が愛おしい。

一通り終えると、彼は顔を上げて手首を掴む力を緩めた。


「すまん……余裕がないんだ」


「ふふっ。くすぐったかったです」


「君は怒らないのか。話も聞かずして、君を疑い、俺は組み伏せてこんな真似までした」


番犬のマーキングは、上書きすることで満足するらしい。夢の中で言っていたのはこういうことか。

なぜかあの人には、本能的に羽を出してしまう。それを番犬は許せないのだ。


「怒りませんよ。私のこと、それだけ好きでいてくれるのでしょう?」


「っ………そう都合よくない…今回は」


「レイ様、昨日の続きでもしてよろしいのですよ。朝からなんて大変ですから、また今晩に持ち越しでも構いませんけど。そのぐらい、貴方様のその心が愛おしいんです」


彼の余裕なく震える手に手を重ねた。

どうしてだろう。疑われて、無理に組み伏せられて襲われかけているのに。

レイ様にされることだけは何とも、胸が高鳴るだけで嬉しいと思ってしまう。


「怖くないか、気持ち悪くないか。痛くは…なかったか」


「いつも私のことを思ってくれるレイ様。これぐらいのことで、私は貴方様を嫌いになんてなりませんよ」


彼が留守中に罪を犯してしまったという犬のような反応をする。その顔がこちらをいくらでも伺ってくるので、そっと頬に口づけを施した。

可愛い私のレイ様。


「私だって、貴方様が不倫しようものならこれ以上のことをいたしますもの」


「…例えば?」


「例えば、たくさん抱きしめてとか、口づけをしてほしいとか、ワガママ放題言います」


「っ……それではまるで、褒美じゃないか」


「はい?」


「俺は罪を犯した。バツを受ける権利がある。君がバツをつけてくれないか」


それはつまり、私にワガママ放題になれということだろうか。

というか、先程の首筋へのキスってそんなに重い罪なのだろうか。考えて、眼の前の大型犬がバツを待っているような顔をしているので承諾することにした。

まずは、大きく腕を広げる。


「強く抱きしめてください」


レイ様の大きな体が包むように私の背中へと腕が回る。ギュッと森の香りが近づいて、目を閉じて喜んでしまう。

いや、これ、私にとっては褒美じゃないか。


「もっとです」


求めれば、彼はもっとギュッとハグしてくれる。

視界が彼の胸板でわからないけど、レイ様のバツにはなっているのだろうか。

炎が見えないので良くわからないけど、腕が震え始めているのでバツにはなっているのかもしれない。


「では、今度は私とたくさん口づけを…して……」


「っ………」


「……これってバツになってます?」


「なってる、なってるからな!」


互いに抱擁から離れると、彼の顔がまんざらでもないほどに真っ赤になっている。炎なんて群青色で、透き通るほど潔癖だ。


これ、バツなのかな?

私にとっては施しをもらってるから何ともわからないけど。


「次は、く、口づけだろう?早くバツを受けよう」


「…催促してません?」


「してない!俺はとても深く反省しているんだ」


なら、これはバツになるのだろう。

私は彼の両の頬を包み込むと、ゆっくりと近づいた。その唇が触れそうになったとき、視界の端でレッドピンク色が見える。


「………」


「っ…」


目をぎゅっと閉じる大型犬は、バツを待ち望む犬だけど。

炎の色は興奮の色だ。 


「誤魔化せませんよ。貴方様、騙して私に口づけさせるつもりでしょう?」


「っ。騙して悪かった。バツは受ける。存分に君の思う通りにしてくれ」


キラキラした金色の目で見てくるものだから、これがバツではないというのがようやく理解できた。

人に甘えることってそれだけ相手に迷惑がかかる。なのに彼は、私の迷惑をありがたく受け取ってしまうあたり、もはや価値観のズレがあるのだろう。


「バツを」


仕方ない。日頃頑張ってくださっている旦那様のことだ。

私は静かに顔を寄せ、長いこと唇を重ねた。

炎の色はどピンクに。背中から出てくる金粉と交わり、それは絡み合う。


「これは……最高に苦痛な(胸がしんどい)バツだな」


「ええ。これは苦痛な(私がしんどい)バツです」


絶対、バツの内容を考え直さないと。

このままでは、刑を執行する私のほうが余裕がなくなる。相手にはバツになって、私にとっては褒美になるようなバツって、何があるだろう。


「な、なあ。俺はもう一つ言わなければならない。君が起きる前に、客人を家に招いてしまったことだ。これも罪だな」


「たしかに。妻を起こす前に他人をあがらせるなど、あってはなりませんよ」


「バツは受ける」


「………これ、この後も罪を白状していくタイプですか?」


「ああ」


「バツの内容を変えます。貴方様が罪を犯した日は、私とはお触りを禁……」


言いかけた途端に、しょぼくれた子犬の顔になるから強く言えない。

たしかに、これでは私も苦痛だろうからバツにはならないだろう。


「では、話をしな……」


今度は耳も尻尾も垂らした子犬の姿がそこにあった。

たしかに、これでは雑事や連絡が(とどこお)ってしまいかねない。


「では、お菓子抜きにしましょう。で、貴方様は勝手に客人を招き入れた以外に、どのような罪を犯したのです?」


「何もしてない」


「罪を白状するとおっしゃいましたよね?」


「くっ……何もしてない」


「レイ様?私、知ってますよ。貴方様、こっそり私の脱いだ上着を洗濯する前に隠し持っていた時ありましたよね?」


「っ……はい」


「私が寝ている間をいいことに、口づけまで勝手に」


「……はい」


段々と肩の力を落として鳴く子犬は、深く反省している様子だ。

バツが彼にとって甘いアメであったのをいいことに、菓子を取り上げられるというムチに耐えかねそうな犬がここにいる。

レイ様の炎は鎮まり、勢いはなくなっている。

なんだか、すごく自分が悪いことをしているみたいだ。


「はぁ……。貴方様にムチを打つのは私も苦痛ですから。もとに戻しましょうか。私のワガママを聞くというバ」


「俺は君の知らない間に城下町でケーキを食べてきてしまった。それから、君が寝ている間に背中へ口づけをして。それから、君の体をたくさん触ったりもして」


「まあ!なんてことを。私の体を意識のないうちに?」


「そうなんだ。これは重罪だよな。どうか罪深い俺に、バツをくれ」


あからさまに彼は私のことを求めている。普段は甘え方が良くわからないけど。もしかしたらこういうのが甘えるってことなのかな。

彼にとってはバツかもだけど、私にとってはご褒美。


「今度は私の頭を撫でてください。それからまたギュッと後ろから抱きしめてください」


「わかった。甘んじて受け入れよう」


彼はそれから、私のワガママをたくさん叶えてくれたのだった。

やはりこのバツは互いにバツではないのか、褒美になってしまった気がしなくもないが。

その後に締め出されていたアモル様へ挨拶をすると、羽が出ることはなかった。






「あ〜あ。ダンチョの奥さん、すっごいきれいなのに。全然俺には見向きもしない」


「おい、剣の稽古中だ。その花畑なミソを叩き直す必要があるようだな」


「うひゃー。そんなマジになんないでくださいよダンチョー。触りたかったなぁ、あのボン・キュッ・ボンな、ぎゃああああああああ!!!」


その時、公爵邸には断末魔が響いた。一人のキューピッドが、怒った番犬に追いかけ回されて噛みつかれたとか、いないとか。

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