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「全てを貴方様にあげます。白雪の祝福も、蝶の祝福も。貴方様に」


「くっ………」


歯ぎしりする彼は、衝動を抑えるようにその手が宙で留まった。指を硬直させながら、あたふたと掴みどころを失うかのように漂い、顔へと差し向けられる。

自分の顔を手で覆って隠す彼はあまりにもからかってしまいたくなる衝動を掻き立てられる。


「私だっていろんな衝動を貴方様にはぶつけておりますよ。意地悪して、からかってるではありませんか」


「自覚はあったのか」


「当たり前でございます。あれがわざとでないのなら、何になるのでしょう」


彼の炎は私の前でだけよく燃える。いじってほしいと言わんばかりに。

そのピンク色に染まる炎に、私の鱗粉が混ざり合う。鱗粉は少しずつ燃やされてキラキラ星の欠片のように溶けていく。


「我慢なさらないで。私はいつでも貴方様のこと、受け入れます。もう驚いて、怖いなんて言いません」


「怖いだろう。こんな大男に、君のような可憐な女性が組み伏せられるような真似」


「そうですね。確かに怖いかもしれませんが、レイ様だけならそうは思いません。だって、その心にはいつも優しさがあるとわかりましたもの」


彼が前に組み伏せてきた時は、その心がわからなかった。何を求めているのかわからなくて、それが初めてで驚いて。でも今ならよく分かる。

彼は私のことを大切にしようとする。その心の根が地に強く根付いている。


「ねぇレイ様。子供は何人欲しいですか」


「っ…それを聞かれては、本当に、本当に君をっ…君のことを」


「私は四人です」


そのうちの三人が番犬の 魔力を。そのうち一人が蝶の魔力を。

夢で見た彼らの交わす話がようやく理解できた気がした。


『三つ首の炎に一つの蝶。腹を痛める覚悟はあるのか?番犬の子は獰猛だぞ』


つまり、三人は難産だということなのだろう。

それでも私は、彼の子をこの身に授けてほしいと願う。

視界の端で金粉が収まると、彼の炎も少しずつ弱まった。ピンク色が冷静に、紅炎へと置き換わる。


「ケルベロス公爵家は代々難産なんだ」


「ええ。それでも構いません」


「っ……嬉しいが、君に無茶はさせたくない。実のところ、子を君の体に成すなら二十代になってからと考えていた」


少し驚きだった。

ウブな彼のことだから、私を妻にしてもう満足しているのかもしれないと思っていた節はある。レイ様は幼い時から私に片思いしていてくれたと言ってくれてから。この方は私を大切にしすぎるから、そんなこと一片も考えていないと。


「気持ち悪いだろう。婚約してからというもの、俺はそういうことばかり考えていた」


「そうなのですか」


「幻滅されても無理はない。二十代から身ごもる方が安全なんだと調べもした。本当、嫌になるよなこんな」


「ふふっ。私との未来を考えていてくれて、安心しました」


「……は?」


彼は目を丸くして驚く。

でも、私からすればそれは何も気持ちの悪いことでもなかった。妻の身を考えながら、未来のことを考えてくれている。何て素敵な夫だろうか。


「そうですか、二十代になればシテくれるのですね」


「っっっっっっ」


彼はもう、目も顔も合わせないように天を仰いだ。絶対に今の顔を見られたくないとばかりに、顔を背けながらも私の腰へと腕を回す。後ろ頭を胸板に押し付けるようにして、顔を見せてくれない。


今の顔、絶対に可愛い。


「君はっ…ほんっとうに…俺を殺すのが上手い」


そのとき、無数のシャッター音が聞こえた。周りから出てきたのは、複数の使用人たちだ。


「コホン。奥様、今の旦那様の顔は見ないほうが良いです」


「あら、どうして?レヴィア」


「とにかくヤバいです。冥府の番犬の守備がガバガバになってるといいますか」


「とにかく!レヴィア先輩の言う通りに、奥様は見ないほうが良いと思います!」


レヴィアもスキュイも、使用人一同がうなずきながらバツ印を胸の前でつくった。

そんなに、彼は溶け切った顔をしているのだろうか。

見たくて背伸びするけれど、彼は頑なに私の腰回りをホールドして離さない。意地になっても見せないつもりらしい。


「もう、レイ様、見せてください。私にその可愛らしい顔を」


「無理だ。これだけは見せれない。これだけは…」


「奥様、あとでお見せしますから。写真ゲットです」


レヴィアのエスっ気たっぷりな顔が視界の端に映る。公爵邸の使用人たちはしっかり者で、時にちゃっかりしているのを忘れてはならない。


「これ、新聞にしたいです」


「賛成ですね。甘々夫婦の熱愛報道、ウェルカム!」


あの強面最恐騎士の仮面がはがれる!?その裏側には溶けたアイスのような余裕ない顔が!?


使用人たちの頭は一斉に同じことを思っているに違いない。すごく温かい目が集まる中で、レイ様の髪は魔力切れでとうとう狼煙を上げていた。負けたと言わんばかりに、彼の手が緩んでいく。


「旦那様、ウブでギブって感じです」


「上手いことを言うようになりましたねスキュイ。それでこそ、私の後輩です」


レヴィアに褒められたスキュイが喜んだところで、レイ様の顔が戻ってきた。見つめてくる金色の目はあまりにも優しい。そして、狂おしいほどまでに私のことを求めている。

背伸びする私に、レイ様の顔は近づいてきた。


「んぎゃ!何にも見えないですよレヴィア先輩!」


「良い子は見ちゃいけません」


彼の唇が重なる。

互いの舌は少しずつ絡み合い、少しずつ熱を共にする。

甘い、甘い、それはあまりにも甘い菓子。

じれったいほどに、この思いを伝えるにはまだ足りないけれど。

互いが同じ思いになるのには有効だった。

体が離れて互いに見つめ合ったあとに、互いに背を向けた。


「こ、これから、公爵家の収穫高を見つめ直してきます」


「あ、ああ。俺も収穫祭について、執事長とまだ話し合わないといけないな」


ギクシャクとしたまま歩きだし、私達は火照った顔を互いに隠した。これを見せるには確かに、馬鹿にならないほど気恥ずかしすぎる。


いつの間にか止んだ雨に、外の暗さは炎が目立つほどになる。

それはまた、孤独の心を埋める温和な夜。

互いに突き合わせるのは顔ではなく、背中同士。


「そ、そのですね。顔を、見たいのですが」


「あ、ああ、いいぞ」


レイ様から向いてほしいのです、という前に、彼は体を動かした。引き動くシーツに、体の向きを変えたのだとすぐに分かる。寝台は広いのに、こんなにも互いに狭く使っている。


「次は君の番だ」


そう言われて、慎重に向きを変えた。でもあまりにも恥ずかしくて、顔を掛け布団で隠してしまう。


「む…それは反則だ」


「は、反則じゃありません。乙女のトロけ顔なんて、見せられたものじゃありませんもの」


そう言うものの、レイ様は意地悪く私の手を退けようとする。その視界いっぱいに灰色の炎が見えた時は、こちらがドキッとしてしまう。

ニヤニヤとし始めるレイ様は、こらえきれないように静かな夜にしては大きく笑った。


「確かに、これは他の男に見られては嫉妬するほど溶けた顔だな」


彼が笑いながら、私の頬に触れてきた。それから、黒い髪をすくって耳にかけてくる。


「はははは!耳までリンゴのようだ」


「…馬鹿にしてます?」


「いいや。君は可愛いと思ってな」


レイ様が可愛い、というときだけ目を細めることなく真剣に言うものだからそっちが反則だと思う。

ますます集積してしまう顔は、耳が赤くなるどころではなくなる。


母さんぐらいだった、私を可愛いと何度も言ってきたのは。でもそれは親の愛情ゆえのものだと思っているから。

レイ様のような殿方に、可愛いと言われるのは照れくさい。

胸がギュンギュン痛くて、早まる鼓動が眠気を退けてしまう。


「これでは眠れません」


「そうだな。眠れない夜も良いかもしれない」


「つまりその…そういうことですか?」


「そういうこと?………っっそういうのではない!」


「ふふふっ。貴方様も耳まで、炎まで真っ赤ですよ」


してやったり、の気持ちでレイ様のことをニヤニヤ見つめ上げた。レイ様の炎は激しく情緒に反応して揺れる。

それは彼の少し固まった顔つきよりも、すごく素直に。赤金色の燃えた髪を撫でると、ますます彼は炎を燃やし尽くす。


「絶っっっっ対に、あのクソ義兄には渡さない。君はもう俺の妻だ」


「ええ。貴方様だけのものです」


お守りくださいレイ様。

ですが貴方様の身に危険が迫ったその時は、どうか私を殺してください。

あのお義兄様に捕まるぐらいなら、貴方様のために死んだほうがマシなぐらい。

貴方のことを、慕っているのは許してください。


嵐から晴れた夜空は星を宿す。

それはまさに蝶の鱗粉のように。


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