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34 イタズラな魔力

甘い砂糖菓子に、紅茶はまろやかに舌触りが良い。

つまみ、口に溶かすたびにドロドロと溶けていく。それは本当、心のように。


「…れは、らしいな。君もそう思うだろう?」


「え、はい」


反応するものの、今何を話されたのか全く理解できなかった。

右から左へと通り過ぎていた言葉と、彼のあまりに綺麗な目から背けてしまう。食い入るように見てしまうのは、私の大好きなレイ様の手だ。大きくて優しくて、剣を握るために少し硬くなって荒れた手。

あの手で触れられたら、また心地いいんだろうな、なんて動物みたいなことを思ってしまう。


「君は最近、ボウっとしていないか」


「それは、すみません」


「悩みがあるのか?君は悩む時に目を合わせないと知っている。もし何かあれば俺に話してくれ」


違うのですレイ様。

私はこの心臓の高鳴りと、貴方様を見るたびに上ずりそうになる声が何だか恥ずかしくて。

一口、冷静を装うために紅茶を飲むと、彼の目をできるだけ見つめた。

目付きは悪いけど、美しい満月が二つ。

瞬きされると、その間に倍速する鼓動が痛くなる。


「私は………」


ああ、どうしよう。

彼の目と合わせるのも辛くなってきた。


「ルシエル?」


「いえ、あのっ」


その赤い火柱が、愛おしい。でもそれより、貴方様の目を見るだけでこのもどかしくなる気持ちが。


その時だった。グラリと傾いた視界に、彼がすぐに滑り込んで体を支えてくれる。

触れてもらいたかった大きな手が額に寄せられて、また息が荒くなってしまう。


「ルシエル、酷い熱だぞ」


「へ?」


「あれほど魔力制御には無茶するなと言ったはずだ。訓練を急いで無理をするからだ」


彼が言うのは、教えてもらっている魔力制御についてのことだろう。図書館に行ってからというもの、彼が心配する蝶の羽のことが気がかりだった。

恋なんていうものもだけど、それ以上にレイ様にまた金の羽を見てもらいたくて。

何度も何度も魔力制御のために、彼に嘘をついていた節を思い出す。


『使いすぎると体に負荷がかかる。そうなる前に魔力を自然回復しないと、慣れてないやつは熱が出るからな』


『大丈夫ですよ。レイ様の教え方はうまいので、熱なんてでません』


『油断は大敵だ』


なんて会話を思い出した私は、頭がグラグラしてきた。

ほてる顔に、明らかに普段とは違う熱い息。レイ様はすぐに寝室に連れてくれると、寝台へ寝かせてくれる。急いでレヴィアとスキュイが私の服を着替えさせに来てくれて、あっという間に寝かしつけられた。



✩✩✩



夢の中では蝶が目の前にいた。真っ暗な闇の中で、金色の粉を尾のように引きながら、目の前を通り過ぎている。


『ふふっ』


少女のあどけない声が聞こえる。森が聞いたらそよそよとなびいて、嬉しがるに違いない声だ。


待って。


なぜかその蝶を追わなきゃならないと思って、私は後ろを追いかける。パタパタ、鳥よりも不器用に、上下しながら宙を(あお)ぐ眼の前の蝶。黄金の羽を(たずさ)えて、太陽が公転するように飛んでいく。


『ふふっ』


その声がした途端、今度は足元に(うな)る声が聞こえてきた。

グルルル、と真っ白な牙を向くのは赤い炎でできた地獄の番犬だった。

腰辺りまである体高に、唸る犬は飛んできた蝶へと鼻を向ける。


(つがい)、あなたの』


蝶が話しかけてくる。番犬が私の方へと今度目を向けて、牙を出した。でもそれは、恐れるものだとは思わない。

きっとこれは、レイ様の魔力の源みたいなもなのかもしれないと思う。神話の名の魔力というのは、元はと言えば先祖がそのそれぞれの神様に(たく)された魔力なのだ。

レイ様の魔力は、この地獄の番犬ケルベロスから託されたものなのだろう。

自然とそう受け取ってしまえるのは、彼と魔力制御するうちに覚えていったレイ様の魔力と同じだからだ。


温かい炎は、人を包む優しさがあって。レイ様の魔力を隣に感じるたびに、胸がギュッと結ばってしまう。


『お前は受け入れてくれるか。俺の獰猛(どうもう)性を』


『もちろんよ。この子、もうすでに、あなたにだけ私の祝福を与えてるわ』


蝶が笑うと、番犬もまた笑った。

何が起きているのかわからない。二つの大きな魔力の根源が話し合っている。番犬の鼻先に蝶はとまり、羽を休める。


『選んで。二つに一つ。魔力は子供に片方しか授けれない』


『そろそろ、俺の子孫がお前を食らう。そのぐらい、お前への思いが肥大(ひだい)している』


『決めて。蝶の愛の鱗粉(りんぷん)か、番犬の獰猛な炎の魔力か』


子供?


『そうだ。あいつ、お前への気持ちが(おさ)えられんらしい。気をつけろ、ケルベロスは獰猛だ。お前の蝶と、白雪の祝福をもらうおかげで、俺の頭はまた二つ復活しそうだしな』


『あら、それは嬉しいこと』


彼らは何を言っているのか薄々感づいてきた。彼らはつまり、私とレイ様の間に生まれる子供の選択をさせているのだ。

プシューケーの蝶の魔力か、ケルベロスの炎の魔力か。

莫大な魔力は、どちらか一つしか子供に受け継がれない。

レイ様に聞きたい。

彼との子供ができるのは喜ばしいことだ。でもどちらか選べなんて、わからない。片方を選べば、片方が消滅するなんて…悲しい。


『ふふっ。別にいいのよ。私は消えても、ずっとあなたのところにはいれるから』


『俺もだ。お前のおかげで、たくさん炎を吹かせれたし』


二人共、消滅することを受け入れているみたいだ。

でも、私は自然と答えを導き出せる気がした。

もし、これをえらぶことで、どちらが消滅しなければならないのだとしたら。


私はどちらも選ばない。


『あら、そうするなら、たくさん子供を生むのね?』


『ケルベロスに祝福を二つもくれたんだ。三つ首の炎に一つの蝶。腹を痛める覚悟はあるのか?番犬の子は(いさ)ましいぞ』


構わない。彼との子供なら可愛いに違いないし。それに、私はレイ様のためにならいくらだって痛い思いをしてもいいと思える。

それが尚更、子供を産むための痛みなら。


『なら私からも応援するわ。あなたの恋は、私と似ているもの』


『俺からもあいつに、本腰を入れてカツを入れてやろう』


二人がクスクス笑うので、何だか不安がよぎってきた。

赤い炎でできた大型犬と、金色の蝶の光がますます増えていく。

ボーボー、キラキラ。

魔力のかけらたちが私の体を包み上げていた。そうして目を閉じると、次に覚ますのはいつもの寝台の上だ。


✩✩✩



「今のは…夢?」


ぼんやりと重い頭を少し横にふりかけながら、背の温かさを感じる。後ろを振り向けば彼が横にいて、すでにあたりは暗かった。

随分と眠りにふけっていたようだ。そういえば、熱を出して倒れかけて、彼に運んでもらったんだ。

ようやく状況が追いつくと、不意に部屋は明るくなる。


「体調は悪くないか」


隣に寝転がる彼の髪に火が灯った。真っ赤な炎には怒りは見られない。

尋ねてくるレイ様は、その大きな手をぎこちなく頬に重ねる。コクリ、と頷いてから私は謝罪をした。

調子に乗って、忠告を聞かずに魔力を使いすぎたこと。

最初の方に起こす魔力切れというのはかなり体に負担がかかる。彼の場合、髪の炎がつかなくなるだけだけど、まだ扱い慣れていない私には体が追いつかないのだ。

謝ると、満月が二つの三日月になる。


「君が無事なら良い」


無茶だけはするな、とだけまた言う。忠告を聞かず、失敗したことは何度もあった。

彼に頼れと言われても、頼らずに自分で問題を解決しようとして失敗したこと。

自分の考えを彼には伝えずに一人歩きしてしまっていたこと。

なのに彼は、辛抱(しんぼう)強い教師のように丁寧にいろんなことを教えてくれる。

たった2歳違いだというのに。私よりももっと先を歩いている。


「レイ様はズルいです」


彼に聞こえないほどの小声でつぶやき、すり寄った。レイ様の鍛えられた胸の中に顔を埋めれば、森の匂いがほのかに香る。

爽やかで落ち着いて、私の大好きな匂い。


「っっっ!」


その途端、彼の炎は大きく揺らいだ。黒い炎熱(えんねつ)が広がり、彼は私の肩を強く握って起き上がった。


「レイ様?」


その目は鋭く、貪欲な狼のように金色に輝いているようにさえ見える。

怒りをあらわにする黒い炎が、部屋を闇に沈める。

なぜ、今のタイミングでレイ様の炎が黒くなったのだろうか。

先程まであんなに優しく心配してくれていたのに。


「っ…グググッ」


唸るように歯を食いしばりながら、影が私の体を覆い尽くすようにかぶっていた。子犬というより、それは猛犬に飛びかかれるように。グイッと辛そうな目が近づいてきた。


「っ!?」


力強く、強引なまでの口づけが唇に落とされる。

息を止めてしまわれないかと心配になるほどに。

交わされる息遣いに、私は酷く動揺するしかなかった。

掴まれる手首も、唇に落とされる強引な口づけも。


彼らしくない。


「レイ様っ…」


呼びかけても、彼は何かが違う。

黒い炎を絶やさないところも、力で組み伏せるような強引さも。

私の知らないレイ様だ。


「っ…怖いです」


心臓がバクバク鳴り止まない。

でもそれはいつものようにギュッと結ばるような恥ずかしさではなかった。


何かが違う。


レイ様のいつもの優しさがそこには何も見えなかった。

新しい闇を覗き込んでいるかのような気分だ。いつもはそこに、優しい炎の色があるのに。

反射的に呟いていた言葉は、彼の耳に届いたのか、手首にかけられていた力が弱まった。


「………っっ…すまないっ」


急に悲しそうになる顔は、酷く涙目だった。何とか取りつくろう程の顔を浮かべる、そんな様子だった。

彼にとって、酷い言葉を言ったのだと自覚するのはすぐだった。


最恐と恐れられるのに慣れているからこそ、婚姻するときに私がすぐ受け入れたことが、レイ様には少なからず救いになっていたはずだ。でも私が拒絶してしまった。今、彼の心を深く傷つけてしまった。

何かが違うことに、驚いてしまったから。


「ごめんなさいっ…レイ様」


申し訳無さで涙が(にじ)んでくる。

違う、こんなことを言いたいんじゃない。涙を滲ませては、レイ様が困ってしまう。

私は彼を受け入れられなかったことに悩んでいるのではなく、反射的に酷い言葉を使ってしまったことに対して謝っている。

でも悲しい顔をしたレイ様にかけるふさわしい言葉が見当たらない。

どう伝えたらいいだろう。


「俺が悪かった。今日はもう寝よう」


何もなかったように、彼は背を向けた。そのまま私を一人、部屋に取り残して出ていってしまう。

その背はへそを曲げてしまった凶暴な番犬だった。





「クソ…何をしてるんだ…」


最近、俺の体はどうしようもなく制御がつかない。

彼女を見るたびに欲しくて欲しくてたまらなくなる。


甘えたい、甘えさせたい。

あの優しい手で、俺の頬を包んで、抱きしめて、体をくっつけてほしい。

俺が彼女のことを可愛がって、ドロドロになるまで溶かしてしまいたい。

そんな衝動が湧き上がって仕方ない。

でも彼女は、そんなこと本当は望まないはずだ。義兄に気味の悪い目で見られて、そういう目で見られることを嫌っている。

だから、俺のこの衝動は気持ちが悪くて仕方ないに違いない。


冥府の番犬は、欲を抑えるように吠えた。

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