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ダンスを踊り、私達は美味しいお菓子もたくさん食べた。ドレスだから満足いくまでは食べられなかったけど、口溶けはとても甘い。
ことの事態の後は、いろんな人に話しかけられながら楽しく踊り明かしたのだった。私の噂をするよりも、すっかり私達の魔法に魅入られた者ばかりの空間。
パーティはあっという間だった。
馬車に乗り、帰る時に。レイ様が陛下に呼ばれて待つ間。
きらびやかな赤いカーペットの敷かれた城で、私は立ち尽くしていた。廊下の天井にまで描かれた、天使たちが飛ぶ、ある絵画を眺め見ていた。
幼い子どもの姿をした天使の中に一人だけ、蝶の羽をした女の子がいる。それこそ、プシューケーの先祖を象徴するもの。
眺めていると、殿下に声をかけられた。
「ルシエル、お前というやつはなかなかすごいことをしてくれる。その背中から蝶の羽を生やすなど」
呆れたと言わんばかりに、こめかみを手で抑えた。普段の甘いマスクが砕けて、苦笑いしか出ないようだった。
「何を見ているのかと思いきや、プシューケーの先祖を見ていたのか」
「黄金色の蝶の羽をした女の子。あれこそ、長年発現してこなかった先祖の姿と思うと、信じ難くて」
今は魔力が収まったために、背中から蝶の羽は生えていない。だけど、先程に羽化したばかりの羽はとても美しいものだった。
この世界は魔力が当然のように人に備わっている。その中でも、この国は神話にもとづいた名前がつけられるほど強力な魔力を持つ人がいる。
その内の一人であるプシューケーの魔力が、お義兄様でなく私に現れたこと。
「お前は謙虚というか、健気というか。いや、自信がないんだな」
「皆が皆、殿下のように自信があるわけじゃありませんのよ」
「ふん、俺だって自信がない時はある。だがな自信など、持たなきゃ損だぞ?お前はレイの妻であり、公爵夫人。それを他人に譲れるか?」
いいえ、と首を横に振った。
「それが自信となろう。一歩もこれは譲れない、というものからお前の自信になる。お前は優秀なんだから、誇りをもっといたほうが良いぞ」
珍しく殿下が人を褒めるようなことをいうので、クスクスと笑ってしまう。この人もまた、成長し始めているのだ。
私がレイ様のおかげで、魔力を羽化させたように。
殿下も素晴らしい王に近づくために、サナギから生まれ変わろうとしている。
「貴方様もそのうちに、羽化するのでしょうね」
笑顔で言うと、殿下は苦く笑った。
「レイはすごいな。俺にはルシエルを羽化させることはできんだろう。あいつだから、お前をここまで導けるのだろうな」
この背中から羽をあれほど伸ばせたのは、彼がたくさん守って、愛情をくれたから。
「いつの間にか、俺のくれてやった髪飾りも変わっているしな」
今日の行きの馬車でもらった炎の髪飾り。それは彼の魔力が流れると、光るようになる魔法具でもある。
まだ試したことはないけれど、後ろに結わえたその髪飾りが胸を温かくしていた。
レイ様を直ぐ側に感じていられるように思えるから。
その表情が顔に出ていたのか、殿下はまた目を細めた。
「相思相愛というやつか。まったく、お前らはおめでたいヤツだな。蝶の魔力を発現してから、お前たち夫婦の魔力は明らかに大きさが変わった。お前も、宮廷魔法師並の魔力量だし…」
「ふふふ。残念がらずに。殿下もいつか、私より素敵な方が来ますよ」
婚約破棄してきた頃から、変わった殿下のことだ。一歩ずつ、器量の良くなってきた彼も。レイ様のように、誰かを一途に守ることをするのだろうと思う。
「またいつかお前たちのところに遊びに行ってやる。その時は、赤子を見せてくれるほど、関係が進んでいたら楽しいがな」
最後にいたずらっぽくウインクする殿下。
彼が遊びに来る頃には、私達の関係がもっと進んで……
って、想像したら顔が赤くなる。
夜は手を出してこないレイ様が、いつかは私にそういうことをしてくれるのだろうか。
考えたら考えるほど、顔が赤くなる。廊下の絵画にある、プシューケーの女の子が笑った気がした。
「待たせてすまない。陛下から君との魔法のことで呼ばれてな。……顔が赤いぞ?」
「何でもありません」
一番来てほしくないタイミングで、レイ様が帰ってきた。この真っ赤な顔を見られては、何を想像したのか悟られてしまいそうだ。
レイ様との子供なら、絶対に可愛いに違いない。
ケルベロス公爵家特有の、赤金色の髪を魔力で燃やすのだから。
「熱があるのか」
大きな手のひらが私の頬にそえられる。包みこんでくる手は、森の匂いがしてきて落ち着く。
応えるように、その手に頬を擦り寄せレイ様のことを見上げた。
鋭い金色の目と、赤い炎を出す髪の毛。
「お酒に酔ったのかもしれません。ですがレイ様が、お持ち帰りしてくれますでしょう?」
「そ、その言い方だ!変な意味で受け取ってしまうから、やめてくれ」
恥ずかしがる彼は、やはり可愛い。
このからかいが、もう少し彼にとって慣れた頃に。私達はまた一歩、共に踏み出しているのかも知れない。
ようやく、いつものように、からかえる気がしてきた。
「ふふふ。貴方様にだけなら、そのような意味で取られたほうが嬉しいのですが」
「っ!!」
早速、いたずらっぽく笑ってみせる。
彼の炎はボワっと一気にふくらんで、気球を飛ばせるくらいに燃え上がった。
赤くなる頬も、目をそらすのも、すごく可愛い。
でもどうか、その顔を隠さないで見せて欲しい。
そういう思いから、どんどん意地悪な気持ちが溢れてしまう。
レイ様の頬を手で包み、顔を近づける。
「愛していますレイ様。貴方様の前で羽化したのはきっと、貴方様に真っ先に蝶になる姿を見せたかったのでしょうね」
微笑むと、炎の勢いは増すばかり。
赤い炎を照れ隠すように、レイ様は目をそらした。
「またいきなり…。こうなっては君を…一生の番として、扱ってしまうぞ」
「……番って何ですか?」
尋ねれば、彼の髪はまた激しく燃えた。
この言葉はどこかで聞き覚えがあるような、ないような。でもとにかく、また彼をからかうことに使えそうだと意地悪な心が揺れてくる。
「ふふっ。番になってあげますよ。番、いい言葉じゃないですか」
「そう簡単に言うものじゃない」
「そうなのですか?わかりました。私、貴方様の“番”としてお側にいさせてもらいますね」
耳元で語りかければ、レイ様の炎は真っ青になって燃えてしまう。
炎の色は温度で変わるというけれど。
赤、黄、白、青……。他にも様々な色を出す不思議な魔力。
青は、自然界では最大の火の温度だ。
ケルベロス公爵の髪は特別、私の前でだけ燃え上がる。
私もまた、彼にだけ羽を伸ばした。
羽化する蝶の魔力。それは愛の祝福。
蝶の伴侶は、黒い地獄の番犬ケルベロス。そう考えると、なかなか面白い。
「レイ様、これからもよろしくお願いいたします」
「っ……わ、わかったから。君はそろそろ、俺をからかうことを」
「もちろん止めません。私は貴方様の炎を燃やすのが趣味ですので」
「妻に敵わない夫なんて、見ていて情けないと思わないのか」
「別に思いませんよ。可愛らしいと思うだけでございます。それに、貴方様のそれは私の前でだけ、よく燃えますのもの」
ニンマリと、意地悪に笑えばレイ様は目をそらした。また私から魔力について触れられることについて、とても恥ずかしがっているようだった。
最恐と恐れられ、不死身の騎士とも呼ばれた彼のこと。
私はまだまだ、この溢れる思いを注ぎきれていない。
もっと、もっと。
たくさんその赤金色の髪を燃やしてあげたい。
彼のこの姿を見れば、誰もが綺麗だと思って、恐れないようになるだろうから。
妻として、私は彼へと全てを捧げてしまいたいほどなのだ。
この白雪の血のことも、蝶の祝福さえも。優しい彼にだけ、すべてをあげてしまいたい。
ねえレイ様。私は貴方様に、もっともっと尽くしたいのです。
金色の蝶は冥府の番犬の前でだけ、意地悪に良く微笑む。




