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願いは、回り回って自分に返ってきた。

仲を取り持とうとするあまり、単独行動に走ってまた迷惑をかけてしまった。


「私の方こそ、ごめんなさい。レイ様が…レイ様にっ……嫌な思いをさせるところでしたっ…」


体を汚して、彼を傷つけさせるところだった。

レイ様にはたくさん幸せになって欲しい。

殿下と友達になれれば、もっと人脈は広がる。それに殿下も、レイ様という心強い味方ができる。

どちらもがいい思いをすると思っていたけど、危うく私が壊すところだった。


「ごめんなさい…レイ様」


「もう謝るな。君は責任感が強いからな、思い詰めたらずっと一人で背負うとする。ありがとう、俺の友人を増やそうとしたんだろう?」


「分かっておいでですのね」


「君とフィリップが仲良さそうなのはさすがにイラッときたがな。意味のないことを君はしないし、人を傷つけることもしないと分かっているから」


心から信じてくれる。

レイ様の優しさがまた私の不安も気分の悪さも、取り払うように包み込む。太い腕が、私の背中に回ってきた。

心地良い彼の腕の中は、とても懐かしいように思えた。


「私が無事なことが確認できましたでしょう。レイ様は早く殿下に報告を」


と言いかけたときだ。彼の大きな手が、今度は包み込むような温かさとともに頬に張り付いた。金色の猛犬の目がそこにある。

レイ様の白い頬についた返り血を指先で拭ってやりながら、互いに頬に触れた。

何を思っているかなど、明白だった。


「私の体は無事ですのよ。レイ様以外に許すはずありませんもの」


大丈夫。

貴方様以外に、捧げるような愚かなことは死んでもしない。

そう伝えるつもりだったが、彼はムスッとした顔になって目を細めた。

不服そうに見てくる野獣の目は、私の目を見つめるときはいつもそらすのに。今日ばかりは真剣に射抜いてきた。


「君の思いは良くわかっているつもりだ。俺を好きだと何度もつたえてくれたからな。だが、フィリップと話すのはもう十分だ。俺は君と話がしたい」


「いくらでもできるじゃありませんの。公爵邸に帰れば、私達は夫婦なのですから」


「そういうことではない。君はどこまで俺を()らせば気が済むんだ」


今は焦らすも何も、からかうことすらしているつもりはないのだが。

レイ様は不満そうにしながら、もっと顔を近づけた。目と鼻の先にある彼の顔は恐ろしくも何ともない。

無表情に硬いけど、レイ様の感情は炎の色で知れてしまう。

炎が、青からレッドピンクへと変わる。色づくのは白い頬も同様だった。


そういうことか。

彼はつまり、私にそういうのを望んでいるわけか。


「わ、わかりましたわ。私からすれば満足なのでございましょう?」


「!?」


ドクドクと波打つ心臓。

緊張でチカチカと視界が白くなる気さえしたが、静かに彼の顔へ口元を寄せ、柔らかい感触を確かめる。

口元に向けた弾力は、絡み合い甘く溶けていく。

レイ様お気に入りのどんなお菓子よりも、とても甘美なもの。

レッドピンクの炎はますます燃え盛って、キャンプファイヤーよりも激しくなる。


「な、何を」


「く、口づけです。だってレイ様、物欲しそうな目をしてましたもの」


「っ!?……お、俺は…君の…その………目にホコリが入っているのを取ろうとしただけで」


「……え?」


だったら、私がしたことは。

彼へ強引に唇を絡めて、口づけをした。自分の口元を確かめるように指先でなぞると、あれは夢でなく確かな感触のものだと思い知らせてくる。

硬く薄いレイ様の…


「や、忘れてください。わ、私は何もしませんでした。よろしいですね?」


「………忘れられるわけがないだろう」


レイ様がしどろもどろに呟く。口に手を当てながら、目をそらして赤い炎を燃やした。

そうだ、普段彼はこういう反応をする。

目をなかなか合わせないで、恥ずかしがってばかりいて。とんだ勘違いが、問題を生むことに、身をもって体感することになった。

もはや彼の炎の反応を見てからかっている余裕はなかった。

私まで顔が燃えそうなほど、熱くなっているのだから。


「ルシエル」


「ひゃい」


「っっっっっ……い、行くか」


「わ、わかりました」


顔が互いに真っ赤なまま、部屋をあとにする。勢いよく返事をするときに噛んでしまうのは許して欲しい。

勘違いでキスしてしまったなんて、私がまるでそういうことを先に想像して、期待していたみたいで恥ずかしい。


今度こそ、レイ様の隣を歩いてすぐ近くに待機しているという殿下のもとへ急いだ。

ここはメティス公爵家の別荘らしい。嫡子であるダニエル・メティス様が、殿下を含めた三人をソファに座るよう促した。

すでに殿下とダニエル様は話をつけていたらしい。

長い青髪を耳にかきあげながら、ダニエルはこめかみに指を押しやった。


「父さんがとんだ真似をしてすみません。以前からケルベロス家を敵対視していたので、見張っていたつもりでしたが…いつの間にこんな事」


「いいのです。無事に終わりましたから」


謝るダニエル様に、顔を上げるよう言った。ボロボロになった服のためにかぶせられた、レイ様の上着をぎゅっと胸の前で握りしめる。

これからメティス公爵家の裁判が決まるそうだ。殿下は翡翠色の目を睨ませながら、息をついた。

せっかくの休暇を忙しくしてしまったことに、私は深く反省を覚える。


「殿下まで巻き込んでしまい申し訳ありません」


「いや、別に。俺は楽しかったからな」


「え?」


「レイの顔色が一気に変わるところとか、黒い炎を出すところもな。お前たちは良い夫婦だ」


殿下がムスッとしたまま言うものだから、耳を疑ってしまう。彼はあまり人を褒めることに慣れていない。自分が下心ある人から褒め慣れすぎているために、褒めることが相手に付け入ることだと思っているから。


そんな彼が褒めるときは、本当に心からそう思うときだけ。

レイ様と私は良き夫婦であれているのだろうか。

もしそうならば、とても嬉しい。

元婚約者という、長年付き合った彼から言われるなら尚更。


「ありがとうございます」


「ふん、お前は人の心配ばかりする。どうせ今も、俺の休暇を台無しにしたと反省してるんだろ」


心を見透かされたと思うほどに、殿下は私の心を代弁していた。驚いた私に、彼は意地悪げに微笑んだ。


「最高の休暇だったぞ。またケルベロス公爵邸に行来たいと思う」


「それはよせ。今度は城で付き合ってやるから」


「無理なことだな。ルシエルの背中を見ては、過去をもっと知りたくなった。人の過去などどうでもいいと思っていたが、お前は違うな。その赤い目も背中の傷も」


レイ様に助けられる時、彼もまた私の傷を見てしまったのだろう。

無数の蛇が這うように残った背中の傷跡。

殿下はこれまで、人に関してほとんど興味を失っていたけど。もし私のこの傷がそれをかえてくれたのだとしたら、成長してくれたということだ。


「今度お会いするときは、殿下にまた色んな話をいたしましょう。私はいつでも歓迎します」


「いくら俺の妻だからと、君は張り切り過ぎだ」


私が殿下を歓迎するような言葉を言うと、レイ様は頭を抱えた。

その様子を見て、殿下は笑みを含ませながら言葉を続けた。


「頼もしい限りだ。ケルベロス公爵夫妻、いつかは王族とこの国を支えるためにその力を頼りにするだろう。俺は良き王になると誓うから、その力を貸してくれ」


良き王になると、殿下は今度こそ覚悟を決め直した。

婚約破棄されるほど、私は彼を支えれていなかったけど。少しは殿下の覚悟を決める力になれたのなら、どんなに嬉しいことか。


皆のために頑張れる殿下の一面を知っている。

嫌いな勉学もワガママを言わずに極力務める姿も。

一所懸命になって、皆を平等に扱おうと取り計らう姿も。


「心から応援しております。私の夫ともに。ね、レイ様」


「猫が獅子になるところを期待しよう。いつか、フィリップの言う番犬をこせると良い」


ことの始末がついたところで、私達は馬車に乗り込んだ。隣にはレイ様がいて、一つ先の馬車に殿下がいるそうだ。

外の薄暗さは夜を告げ、少しだけ私もあくびが出ていた。


「とても眠いですね」


「少し眠っても良いぞ。君は良く頑張ったからな」

 

眠くなるのは不本意だったが、レイ様の方へ思わず寄りかかってしまう。疲れた体は起こすことができず、そのまま視界は暗くなった。






妻の寝顔が可愛い。

いつも静かにそう思っているが、働き疲れた彼女には少し休みが必要だ。

ルシエルの重みが肩に触れてくるだけで、また髪は燃えてしまう。


「俺はそんなに、物欲しそうな顔をしていたか」


実のところ、彼女の目にホコリが入っていたなど嘘だ。俺は確かにあのとき、ルシエルに見とれていた。


赤い月。赤い宝石。赤い花。

世界中の赤色を集めても、彼女の目に勝るものはないのだろうと思いながら。


美しい赤い目の秘密を知っても尚、彼女を嫌いになるどころかむしろますます庇護欲が増した。

殿下から聞かされた話。


『赤い目は交わった相手の魔力を引き上げる。だから色んな人に狙われてしまう。そもそもあいつは非嫡出子なんだろう?』


王族への敬意をないがしろにするような婚約。

ルシエルが正式な貴族の出ではないということを、フィリップは知っていたのだ。

受け継がれた赤い目は、伯爵夫人にはなかったから。


『伯爵は魔力が上がるどころか奪われるように、子供すら作れない体になった。つまりだ、赤目の一族は幸福も不幸ももたらす』


『……どういうことだ?』


『簡単に言うとな。交わる相手が愛する相手ならば魔力を確かに引き上げる。しかし、拒絶した相手に無理に求められれば、自身の髪を白くするほど魔力を吸いあげてしまうんだ』


ルシエルの赤い目は、白雪の一族とも呼ばれるものだった。

赤い目は、愛し合う者同士には幸福をもたらす。それが間違った噂となり、体を交わらせた相手ならば誰でも魔力を引き上げるというものになってしまった。


『まさかレイは、あいつの力を求めてるわけじゃないよな』


『初めて耳にする俺が、そんなしょうもないことでルシエルを妻にすると思うのか』


まったく不本意な話だ。

でもようやく、気にかかっていたものが解けてきた気がした。

なぜ伯爵が他国の娼婦とわざわざ交わって、ルシエルを引き取ったのか。


最初からその力を求めていたというわけだ。赤い目の子供さえ、自分の手駒に置いていざとなれば利用する。

誰かと交わらせ、その魔力を奪えばそれはそれでいい。逆に、相手の魔力を引き上げることができるなら、繁栄をもたらしたと伯爵家の評価が上がる。


「君の周りは嫌なやつばかりだな。どうして優しい君が、こんな不幸に見舞われるのか不思議なものだ」


俺も例外ではない。

ルシエルがいなければ、いつまでも無表情になってしまう。人付き合いもわからず。怒ってしまえばケルベロスの息吹とも言われる黒い炎を髪から出して、暴走してしまう。

加えて、妻のことが好きすぎて手放せそうにないのだから。


殿下に向ける笑みに少し焦ってしまう。

昔話を展開して楽しそうなのが嫌で、話を切り上げさせたかった。

胸がつかえて痛いのは、ルシエルに焦らされているのだとてっきり思った。からかわれるのと同様に、嫉妬してほしいのかとも。

レヴィアから聞かされたことにより、それは見事に的が外れたが。


「にしても、君は何をそんなに(あせ)っているんだ。そんなに俺が不幸そうに見えるのか?」


人脈がないことも、人から恐れられてしまうことも。

別に構わないと本心から思っているのに。


好きな女に特別愛されて、大切にされていて。からかわれるほどに、構ってもらえる。

それだけで十分なのに。

口元から落とされる彼女の寝息と共に、髪の炎が揺らいだ。


「君は無茶しすぎだ。始めから俺を頼ればいいというのに」


それでも幸せそうに眠る妻の顔は、見ていてとても愛らしい。頼れと強く怒って言い聞かせたいものだが、どうしても怒るに怒れない。彼女を前にしてしまうと、怒りより照れを隠すことが最優先になってしまう。


それが幸せだ。


からかってくるルシエルに、炎が出て色すら変わってしまうのも。

炎の色は、深い深い紅の色。金粉すら吹き上げる髪は、彼女の前でだけ変化を見せる。


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