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痺れるような匂いは過ぎ去り、重いまぶたを少しずつ開いていった。


薄暗いこの部屋は、どこなのだろうか。


ホコリっぽくて、周りには木箱が散乱している。それだけ見れば、まだ港町の荷下ろし場に近いのだろうか。


「起きたか」


「っ……誰なの」


眼の前にいるのはフードを目深く被った男だ。

男と考えるのは、低い声と体格がいいから。手元の辺りは焼きただれており、しびれ薬で倒れる前の男と同一人物ということはわかった。

自分の両手足が後ろに縄できつく縛り付けられていなければ、すぐにでも飛びかかって自力で逃げるけど。


「誰だと思う?」


「人攫いでしょうけど。その後ろに依頼主がいるのか、はたまた奴隷市場に売るためだけなのか。どちらにせよ、あなたがお金目的でしているということに変わりはないわね」


「仰る通りだ。説明するまでもないな」


説明はしてほしい。

相手が何の目的かによって、自分の安否の確率や連れて行かれる場所が異なるから。

こういう犯罪を犯してしまうほどの人は、なにか理由がある。バーカル王国にいた頃は、よくそういう人を見かけていた。


万引きせねばならないほどに痩せ細った子供。

人を殺すことでしか、お金を稼げない大人。

国に認められていないのに、違法で娼婦の仕事をしなければならない女。


この人にはどんな理由があるのだろう。

飢えをしのぐためか、それとも脅されてしているのか。


「赤い目はよく人を見るな。そんなに余裕があるのか?」


「あなた、前から赤い目赤い目って言ってるけど何の意味があるの?」


尋ねても、相手は答えることすらない。フードの下に隠れた顔を見せずして、彼は口元だけほくそ笑んだ。


赤い目とは一体、何があるのだろう。

お母さんから譲り受けたものを、収穫祭のときにシルクロード劇団の団長から触れられたときもあった。


魔物を時として操る、魔女の目と。


この男がやたらと赤い目に関して言葉を言うから、気になった。

鋭い質問はしかし、男の手によって答えが出てくるわけではなかった。薄暗い部屋に、一筋の黒い光が差し込んでくる。


「ルシエル・プシューケー嬢。いや、今はケルベロス公爵婦人と言ったほうがよろしいかな」


「あなたは、メティス公爵ではありませんか!?」


青髪に藍色の目。

お父様と良く似て、神経質だと感じさせるほど痩せ細った男。

トマス・メティス公爵。

その頭の良さで、代々が王族の右腕となる宰相の家系。なぜ彼がここにいるのだろうか。

藍色の目は私のことをギラギラと見て、助けに来たというわけではなさそうだ。


手足を縛られ腰を下ろしている私に向かって、トマスは歩んでくる。

一歩一歩踏み込まれるたびに、背中の傷が蘇るようだ。お父様と似た殺気のような暗い感情が背中を伝う。


「先程君は赤い目について質問していたね」


トマスが見下ろしてくる。

私の赤い目を見て何を企んでいるのか。ニヤニヤと不気味な顔を作りながら、ぐるぐる私の周りを歩き始めた。


レイ様、どうすればいいでしょうか。

酷く痛み始める背中の傷を、彼に今すぐ撫でて欲しい。怖いものからすべてを守り尽くしてくれるほどの大きな手が恋しくなった。


「教えてあげるよ。赤い目は祝福の目なんだよ」


「それは宗教的な何かでしょうか。そうであるなら、私にそのような力を持ち合わせているとはとても」 


「いいや、僕も信じられなかったけど確信に変わったんだ。君の夫である公爵の髪が燃えたからね」


レイ様の髪と関係がある。

トマスがゆっくり歩き、答えを勿体ぶる。

この沈黙の間に、最大限考えてほしいとでもいいたいようだ。


レイ様の髪が燃え上がるのは、魔力暴走だ。

からかうことで彼の感情が乱れて、魔力制御が追いつかなくなる。


「私の目を見るだけで魔力暴走が起きるとでもいいたいのですか?」


「おお、いいところをついてくる。君は王妃候補なだけあって、かなり賢いな」


トマスは歩むのをまた少し遅めた。

一刻一刻、ジリジリと時間が過ぎていくのを肌で感じる。人を尋問し、罪を白状させ、人を試すことに長けた宰相。


極度の緊張が走っていく。

これから彼は何を仕掛けてくるのだろう。不安な気持ちは、額の汗とともに流れていく。

今度こそ、都合いいタイミングでレイ様が現れる、なんてことはなかった。







机の上に開いた地図。

それから、赤い目を信仰する宗教に関する犯罪。

それらをまとめあげた資料を片手に、公爵邸は慌ただしかった。


第一に、使用人たちが嘆いた。酷く髪を取り乱しながら、屋敷中の花瓶を割るような勢いの有り様だ。

それをまとめあげる執事長すらも、動揺で片眼鏡を落として踏み割る始末。


第二に、レイの怒り方が悪かった。感情をぶつけるのが元から苦手なようで、壁にはあちこちのヒビ割れプレートができた。

その髪に普段は感情の色を燃やすものの、今はそれをしてくれる相手がいない。


バリッ メリメリメリ


今も壁に拳をぶつけ、壁が粉々になってしまっている。


「落ち着けレイ。お前、優しいくせに物にぶつけるなど、性格が逆転しすぎだぞ」


「……あ?」


冥界から聞こえてきそうな恐ろしい声。レイの声と立ち込める冷たい空気は、使用人の慌てようを怯えに変えさせた。

こうなってしまっているのは、今回の人攫いに関してすごく複雑なものが絡み合っているからだ。

赤目の一族の力と、魔力の高さも重要視される貴族社会のこと。


「もう一度、説明してやるから落ち着いて聞け。まだルシエルが無事な可能性は十分にある」


今一度、説明をし直した。

赤目の一族のこと。

それから、その力を狙っているであろうトマス・メティス公爵のこと。

あの男は父上の右腕であるが、どうにも胡散(うさん)臭さが残っていた。だがなかなか尻尾を出さないヤツの有能さ。


「いいか、この資料を見ればあいつの不正が砂粒となって見える。メティス公爵家が、この犯罪人に関わっているかもしれないということはだな」


「わかっている。要はルシエルが危ないんだろう」


「待て待て待て。番犬は目の前に敵がいたら、待てすらできないのか。飼い主の命令があるまでは決して牙をむくな」


レイが酷く目をギラつかせ、口からは猛毒の息吹を吹き出しそうなほど歯ぎしりをしている。もはや地獄の番犬ケルベロスと同じ表情をした男を止められるやつはいない。

だがここで食い止めなければ、ルシエルの望んだことにはならないだろう。


「お前、言っていたよな。ルシエルが俺たちの仲を取り持ったと」


「殿下、それについては私から言わせていただきたいのですが」


一人の使用人が手を上げた。レイの殺気にあてられて、肩が縮こまっていた使用人たちがその意見にうなずきはじめる。

代表して言葉を発するのは、レイからよく名を聞く一人であるレヴィアという使用人だ。ルシエルの専属メイドらしい。


「失礼ながら、奥様本人の言葉で言わせていただきます。殿下と旦那様は良く似ているところがあるから、最高の友になるだろうとおっしゃられておりました」


「「俺とこいつが?」」


「ぶふっ…はい」


疑問を口にするところが重なると、レヴィアは失笑する。確かに、似ているとこがある。

互いに同じ女を気に入り、いがみ合うところすら。 


レイは嫌われ者の公爵で、真っ向から勝負を挑まれるどころか人から避けられる。

俺は王子で、下心ある人ばかりが周りにいる。真っ向から勝負どころか、手にごまをすられる。


ああ確かに。俺たちはよく似ている。

人に関してあまりに不器用すぎる。


「ふっはははは!確かに的を得ている。レイ、俺たちは確かに似ているな」


「……お前に言われるのは不本意だがな」


それでも、レイはクスクスと柔らかく顔をほぐし始めた。危機的な状況だからこそ、少しは笑っていなければ結束も緩まってしまう。

結束がゆるめば、確実にルシエルの体は傷つけられる。

レイのはにかむ顔は、心のなかで彼女の顔を思い出したからだろう。意地悪に微笑みながら、俺たちの仲を取り持つ顔がすぐ想像できる。


「メティス公爵の別荘を当たったほうがいいだろうな。俺の将来の右腕となるダニエルはトマスの跡取りだ。そいつなら、少しは事情を耳に挟んでいるやもしれない」

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