第九十八回 八並十六郎は山中で丸木舟を作る
絵草子『白縫物語』に出てくる八並家。
十六郎と七九郎以外はオリジナルキャラです。
九菜(九と七)とか、禄十太(六と十)とか、八並家の名前は色々と考えてしまいます。
倉八の家の春之助と臼井の家のお秀の結婚が決まった。
臼井の家は古処山の近くであるから丸木舟をつくるのに便利な立地である。
一方、川下の倉八の屋敷の近くは、将来に黒田家の四男の萬吉(黒田高政)が独立して東蓮寺藩をつくる際に、藩主の居住地になる東蓮寺があった。
相当の船の需要が生じていた。
結納品というわけでもないが、両家の親睦ということで、臼井の家から丸木舟を倉八の家に何艘か水路で流す。
そのために、川筋に采地を持つ者たちから同意を倉八権右衛門が取りつけてまわった。
倉八権右衛門の異母弟の長之介は、新藩主の黒田忠之のお気に入りで、覚えがめでたい。
そう考えると、礼儀正しく丁寧な態度で小さな願い事を頼みに来る権右衛門と喧嘩するのは馬鹿馬鹿しい。
「婚礼とは、めでたいこと。臼井の家で用意した丸木舟が何艘か川を流れるということですな。わかりました。下の者たちに伝えておきます」
* *
臼井の家で丸木舟を用意する。
突然のことなので、そう言われても、臼井の家の側に職人の準備がなかった。
そこで、臼井の家に派遣されることになったのが、まず根来忍者の八並十六郎であった。
勘解由脱出行のルートが決定され、地図作成業務は自然に縮小された。
今や根津甚八配下の根来忍者の多くの者たちが倉八の屋敷から前田波止場までの地図作成にいそしんでいた。
十六郎のことを丸木舟づくりの職人として回す人的余裕が生まれていた。
紀州にいた頃には、十六郎は山の中で斧一つで丸木舟をつくるようなこともあった。
新しい斧と鉋が用意される。
作業場所は堀平右衛門の知行地であり、敵から追われる心配が一切ない。
うまい飯と寝るところが最初から用意してもらえる。
「お気楽ですな」
十六郎は丸木舟をのんびり作り始めた。
* *
、
そうこうしている間に、
「うちの采地を通ってもいいけれども。うちの家にも何艘か欲しい」
という声が寄せられた。
船大工が海辺に集中しており、下流で買った舟を上流まで舟を運ぶのは、まず物理的に大変であった。
山から伐り出した木で丸木舟をつくって流すということも、川筋に采地を持つ者たちとの間に話を回して調整しなければならない。
今回に権右衛門が話の調整をしたことに便乗して、これを機会に自分たちも舟を欲しいと考える者たちも出てきたのだ。
是非もなし。
新たな注文も引き受けることになった。
権右衛門が川筋に采地を持つ他の者たちに知らせると、
「ならぱ、うちも」
と更に別の注文を貰ってくることになった。
噂が広まると、倉八の采地のさらに下った遠賀川の河口近くから注文があった。
勘解由の別荘の山鹿屋敷である。
「みんなが持っているのならば、僕も一つ欲しいね」
どこまで勘解由少年が考えたのかわからない。
ただ、山鹿屋敷まで丸木舟が川を下るという話になれば、勘解由の筑前脱出を警戒する大膳一派の側からすると、山鹿屋敷から勘解由が海に向かうことを想定しなければならなくなる。
* *
予定外の注文の増加に驚いた八並十六郎は、子どもの七九郎、八葉を博多から手伝いに呼び寄せた。
それでも、人手が足りないということで、十六郎は弟の琴一郎を助っ人を頼んだ。
琴一郎と一緒に、その子供である八並敏二郎と八並富三郎もやってきた。
琴一郎も紀州の山の中で相当に丸木舟の経験を積んでいた。
更には、地元の手の空いている者を誘って仕事を教えることになった。
もう忍術も何もない。
職人の親方になったような気分である。硬いツゲの木をみんなで削る。
十六郎の感想。
「ひょっとしたら、この舟作りは、川筋に知行地を持つ者たちの話し合いをうまくまとめれば、長く続く地元の商いになるのではないのか?」
七九郎は言う。
「話し合いには結婚だよ。結婚だよ、結婚。イエとイエの結びつきをつくって、ちょっとした折に互いに顔を合わせて話をすること増やせ」
共同で動かなければならない機会の多い者たちは、普段から、強制的にでも言葉を交わさなければならない儀礼の場を設けるべき。
いざという時になって初めて、言葉を交わせる関係をつくることから始めなければならないというのでは手遅れになってしまう。
そういう点では、個人の自由な意思に時として否定的に働くイエ制度にも一定の合理性があることを認めねばならない。
十六郎の娘である八葉は、そろそろ嫁入り話があってもおかしくないお年頃であった。父親と兄の話に不満そうな表情を見せた。
「イエの都合で、嫌いな者同士をめあわせても、つまらない喧嘩が起きるだけでは?」
言葉が足りない者たち同士を強制的に言葉を交わさなければならない状況に追い込めば、修復不能の破綻に至ることも多い。
* *
十六郎(十と六)
七九郎(七と九)
八葉(八と八)
琴一郎(五と十一)
敏次郎 (十四と二)
富三(十三と三)
根来の八並一族の名づけには奇妙な規則があり、名前には二つの数字が入れられて、その平均が八でなければならないとしていた。
八並八葉は八並家の命名法を嫌っていた。
イエなんてろくでもない、と。




