第九十七回 臼井次郎左衛門は内通の誘いを蹴る
秋月の北側の古処山の更に北側の嘉麻郡の千手川の流域の上臼井に、臼井次郎左衛門の百五十石の知行地は位置していた。
前藩主の黒田長政の遺言どおり、勘解由が秋月藩主として独立した場合には、次郎左衛門は秋月藩士になる。
勘解由が福岡藩からの独立をあきらめた場合には、勘解由は福岡藩士になる。勘解由付きの家臣たちは、藩士の家臣、陪臣に落ちてしまう。
そんな立場の次郎左衛門のところに博多から一人の男が訪れた。
福岡藩の大目付である星野宗右衛門の甥、北条流の軍学指南番という有川駿河。
* *
有川駿河は言う。
「大膳さまが防ぎたいのは、勘解由さまが江戸に出府して将軍さまから朱印状をいただいて秋月藩が正式なものになってしまうことだ。
勘解由さまのことを見張って、秋月を出ようとする動きがないか、こちらに教えて欲しい」
はあ、と次郎左衛門は溜め息をつく。
「勘解由さまを見張れとおっしゃられても、そもそも、この地も秋月から遠くございます。大したことはわかりません」
八丁越と呼ばれる街道を六時間も歩かなければならない。
それに、
「万が一にも何かわかったとしても、どのように、そちらにお伝えすればよいのですか? この地は博多にも遠くございます」
と言わざるを得ない。
「そのあたりのことは、お主がよくよく考えて工夫せよ」
有川駿河は、自分の失敗を避けるために、自分の専門外のことに興味を示さない。
相手の仕事を楽にする方法を考えたりしない。
代わりに報酬を駿河は提示する。
「こちらによい話を教えてくれたら、勘解由さまが独立の話をおあきらめになる前に次郎佐衛門殿は領地替えしてもらえるかもしれん」
「かもですと?」
と、次郎左衛門。
少しあきれられていることに駿河は気づかない。
「勘解由さまが独立の話をおあきらめになる前に、領地替えしていただければ、勘解由さまが忠之さまの家来なれたときも、次郎佐衛門殿は陪臣に落ちなくてすみますぞ」
次郎佐衛門は、
「今、忠之さまは江戸に御出府なさっておられる」
と指摘して、
「いったい誰がどうやって領地替えをなさるのですか?」
と尋ねた。
駿河は、
「いったん陪臣になった後でも、堀平右衛門殿のように陪臣から家臣に取り立てられた例は黒田の家にある、手柄次第で」
と言った。
ますます怪しい。
臼井次郎佐衛門も満更に馬鹿ではなかった。
「手柄次第とおっしゃいますが、どのような理屈をつけて、私のことを取り立てたいと勘解由さまにおっしゃるのですか?
もしも、勘解由さまを裏切ったことを手柄として取り立てたいとするのであれば、さすがに、それは勘解由さまの側も応じますまい」
あっけにとられた表情を駿河は浮かべた。
考えてもいなかったのだろう。
気を取り直して、
「それは、私たちより、もっと偉い上のひとがお考えになること。今の筆頭家老である大膳さまは江戸の大学者の林羅山先生もお褒めになられるほど学問熱心な方だ。きっと、よい知恵をお出しになられる」
と言った。
林羅山先生が誰なのか次郎佐衛門にはわからなかった。
しかし、わかることがあった。
「では、大膳さまから、お約束の書状をいただくことはできますか?」
「無理を申すな」
と、駿河。
前藩主の長政の遺言をも簡単に反故にしようとする者たちだ。
用がすめば目下相手の約束は平然と破るのではないかという疑いを次郎佐衛門は捨てきれなかった。
「こちらは誰か一人でも寝返りをさせれだよいのだ。早い者勝ちだぞ。次郎佐衛門殿、あとで悔やむことになるぞ」
そう言い残して駿河は去った。
悔やむものか、と次郎左衛門は思った。
最初から駿河に約束を守る気が全くない。
しかし、世の中には何も考えない馬鹿も多い。
誰か一人ぐらいはカモを見つけられるだろう、と楽観的に思っているらしく、次郎佐衛門から断られても、駿河は平気な顔をしていた。
* *
有川駿河は、自分一人の失敗を減らすため、難しいことを【できるひと】にまかせようとする。
全体の状況の把握に興味を持たない。
実はそれ自体が大失敗。
自分のことを仕事ができると評価し、周囲の状況にかまわず、自分の専門分野において【善意】で勝手にとんがって、周囲の努力を根こそぎ叩き潰すような真似をする。
本人がまさに善意であるからこそ反省しない。何の学習もしない。同じ種類の失敗を何度でも平然と繰り返す。




