第九十六回 定家姐さんは強気の笑顔を貼りつける
寛永の福岡藩の分封問題について、勘解由の独立に味方する者たちに対する切り崩し工作が始まった。
そのために、卜庵老人の配下の福岡忍者たちも動くことになった。
亀屋は語る。
「上と下の区別を大切にしろと言いながら、勘解由さまや万吉さまに自分の国を与えろという長政さまのご遺命を無視する。
そいつはおかしい。ちょっと考えれば、すぐわかります。
しかし、世の中の物事は難しく、どうやったって色々と矛盾は生じるものです。
簡単に言挙げすれば、人の和が乱れます。
もちろん、ちょっと言挙げすることによって矛盾に見えたものが矛盾でなくなって、無駄な争いをせず物事を解決することができるようになることも、ホントは結構あります。
ただ、今の世の中はすぐに怯える腰抜けの馬鹿が多いですからね、考えるために色々と調べたりすること自体が、駄目なのです。
調べたり考えたりすることは時を要する。
ものを考えない下の馬鹿たちに、上の者たちが弱く愚かに見える姿を見せるということが、今の世の中では、余計な争いをたくさん生み出してしまうのです。
せっかくできあがった泰平の世の仕組みが壊れてしまいます。
だからこそ、矛盾を言い立てる者の口を問答無用に塞がなければいけないのです。たとえ理不尽だとわかっていても」
戦後平和主義。
もう暴力の時代は終わった、法に基づいて話し合おう、と言いながら法についての話し合いを問答無用の暴力で禁じる。
欺瞞は明らか。
しかし、平和の守護者は、多くの理不尽を呑み込んで、素早く強烈な力を示し、弱い者たちを安心させてやらなければならない。
そうしなければ、人々が怯えて荒れ狂い、悲惨な戦乱の世がまたやってくる。
時代の要請。
戦いを忘れた人たちが願う平和のために、愛する人のために、誰かが地獄の使者になって問答無用の暴力を振るわなければならなかった。
理不尽に決まっている。
長口舌を振るう亀屋の目に疚しさの色があった。
* *
卜庵老人の配下の福岡忍者、鳥山秋千代は独鈷屋の芸子たちに話を聞きに行った。
戦国の気風の残る寛永年間の女遊びは、男たちは愚かなことが前提で、教養を身につけた女たちの話から物事を学びに行くといった文化的なイメージもあったらしい。
そのため、独鈷屋の芸子たちのような職業の女たちが、意外な情報を握っていることがある。
秋千代は言う。
「偉い方々は勘解由さまがおられる秋月の中に見張りの目をお持ちになられたいわけでして」
頼む相手は独鈷屋の稼ぎ頭の一人、定家。
「その件は、駿河さまからも、船越が頼まれてるよ。あたしにも話が回ってるヤ」
有川駿河。
大目付の星野宗右衛門の甥。
北条流の軍学を修めており、宗右衛門を通じて、福岡藩の勘解由に対する監視にも色々と口を出している。
駿河もまた船腰の贔屓客の一人だった。
定家は続けた。
「勘解由さま付きになった家臣になった方々の中で、利益で釣れそうなひと、脅しに弱そうなひとの名前を知りたいというお話ダロ?」
秋千代は溜め息をついた。
「手早く物事を片付けろということになれば、どうしても後ろ暗い話が多くなってしまう」
そうだね、と定家は言う。
「さっきも船越とかと話したのだけどサ、鷲羽屋さんと安川さまの件も手早く物事を片付けすぎたのではないかい?」
「鷲羽屋さん」
秋千代も鷲羽屋の老夫妻とは顔を合わせていた。
忌々しそうに定家は舌打ちした。
「ねえ、鷲羽屋さんがどんな悪いことをしたわけ?
先に、掛け軸を買いに来た客がいて、手付をもらって、その客が翌日に耳をそろえて残りの金を持ってきたんだろ? それは品物を渡すサ」
秋千代は言った。
「せめて最初に安川平兵衛さまが、ご自身が城の大目付の星川宗右衛門さまの御従兄弟だとおっしゃっていれば、鷲羽屋さんも色々と安川さまを特別扱いしなければ危ないと気づいたはず」
「そいつは安川さまが悪いヤ」
と、定家。
秋千代は否定できなかった。
「うん」
「手早く物事を片付けるって言うけどサ、みんなが不安がるからっていう理屈で、ろくに他人さまの話を聞かないってのはね、馬鹿にしてるヨ。
賢いのがあたしみたいな馬鹿のことを馬鹿にするのは仕方ないけど、面と向かってこちらのことを馬鹿と言うような真似をする奴は敵だって思うよ、あたしみたいな馬鹿ワ」
そう定家は吐き捨てた。
まるで悲鳴。
秋千代は哀しかった。
「定家姐さんのことを馬鹿だなんて僕は思わないケド」
「秋ちゃんみたいなお子さまに慰められたって、定家姐さんはうれしかないやい」
強気の笑顔を貼りつけて定家は毒づいた
そして、
「アリガトヨ」
と礼の言葉を口にした。




