第九十五回 老僕の柴山隼太は捕まれども生命を拾ふ
根津甚八と会ってから二週間後には、菅主水は秋月の屋敷に内密に訪れた一人の老人を捕まえることになった。
柴山隼太。
栗山大膳の知行地にある大膳の屋敷の守人であった。
小物すぎる。
菅主水は黒田二十四騎の菅和泉の子にして、三千石の知行を有する。
家の格式に合わせるつもりがあるのならば、たとえ密使であっても、それなりの立場の者を寄越さねばなるまい。
捕まえて密使の家族も巻き込むかたちで騒ぎ立ててやろうと菅主水は思っていた。
まさか、ただの庶人を使いに寄越すとは意表を突かれた。
「こちらを馬鹿にしておるのか?」
菅主水が柴山隼太を斬って捨てたとしても、栗山大膳は文句を言うまい。
失敗すれば即座に知らないふりを決め込もうという栗山大膳の気持ちが透けて見える。
柴山隼太は哀願した。
「どうか、生命だけはお助けを。私は大膳さまに言われて仕方なく参りました」
うまくいけばお慰み。
大膳という男はその程度の感覚で下の生命を犠牲に出来る。
上が下を容赦なく使い捨てる非情さが、戦いを優位に導いたという事例も多い。
栗山大膳が読んでいる兵法の教科書の言うこともわかる。
しかし、普通ならば優れた策も、特殊状況があれば通用しないどころか相手に逆用されて生命取りになるということも結構ある。
菅主水は言った。
「よしよし、生命を助けてつかわそう。
しかし、お前を大膳のところに戻すわけにはいかん。失敗したお前がのこのこ戻れば、大膳は口封じのためにお前を殺しかねない。それでは、生命を助けたことにはならん。
「失敗した時には口封のために殺しても後腐れのない者を使者として選んだのだ。大膳という男は、そういうところには余計な知恵がまわる」
「あの方は目上の御方には見ていて気味が悪いぐらいペコペコするのに下の者に対しては人を人と思わぬ仕打ちをなさる」
と、柴山隼太は哭いた。
大膳に実際に仕えている者の目からもそういう男に見えるらしい。
よしよし、と菅主水はうなずいた。
「ここは一つ、博多にいるわしの父上の屋敷に紹介してやろう。そこならば、大膳も手を出せまい」
* *
菅主水は柴山隼太を、福岡城の二の丸城番を勤めている父親の菅和泉の屋敷に駕籠で送ってやった。
菅和泉も栗山大膳のことを快く思っていない。
その近くには、菅和泉の親友として、巧妙な策を練ることに定評のある毛屋武蔵(毛屋主水)がいる。毛屋武蔵も大膳が嫌いである。
菅和泉や毛屋武蔵にとって、柴山隼太は使える小道具。
当初の予定と少し異なるが、父親世代にまかせておけば、「大膳は下の者を使い捨てにする」という悪評を福岡藩中に広めることはできる。




