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【黒田騒動】新・白縫物語【栗山大膳】  作者: 足音P
第二部 勘解由脱出行
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第九十三回 相手の弱点を突くのは戦いの常道なり

 藩主の黒田忠之からの命令を受け、忠之の弟である勘解由のことを守るべく、寛永元年の夏頃から、勘解由付きの家老として菅主水は秋月に移り住んでいた。

 秋月の屋敷において、わざと警護の隙をつくって、

「そこにいるのは誰だ?」

 と厳しい声で菅主水はが問うのは日頃の用心であった。

 菅主水重利の父親である菅和泉正利は、新当流と新陰流の奥義を極め、虎を一刀に斬り伏せた剣の達人である。

 そんな父親に鍛えられた菅主水が気配が気づけない危険な相手が身近に動き回っているようなことがあれば、警備の頭数だけをいくら揃えても心もとない。

 ひょっとしたら、そういう危険な相手が引っ掛かって動いてくれるようなこともあるやも。

 一つの武略。

 この日に初めて成功した。


 庭の茂みの中から一人の男が姿を現した。

「いやはや畏れ入った。さすがは日本の張遼と呼ばれた菅和泉殿の御子息ということか?」

 自分の父親ぐらいの年齢の相手に名乗れと菅主水は言わなかった。

 堀平右衛門からすでに菅主水は色々と話を聞いていた。

 相手の容姿や態度を見ると、気づくものがあった。

「あなたが真田の根津甚八殿か?」

「左様」

 根津甚八は得体のしれない強者の雰囲気を漂わせていた。

 短く菅主水は言った。

「平右衛門殿から、すでに話を聞いております」

「結構」

 二人はしばし無言のまま向かい合って、互いの力量を探り合った。

 最初に気配を感じたふりの芝居が効いた。

 先に根津甚八が口を開いた。

「お初にお目にかかる。菅主水殿。祢津甚八郎貞盛と申す」

「御武名はかねてより」

 菅主水は少し笑ってしまう。

 気配を一切に感じさせなかったということからすれば、純粋な技量では根津甚八が上だったかもしれない。

 今回は菅主水の日頃の用心が実った。


   *  *


 根津甚八は言う。

「今、八丁越に夜間の通り抜けを禁じる日をつくり、福岡側の間者を捕まえようとしている。できるだけ生かして捕まえる。誰か一人でも生かして捕まえることができれば、栗山大膳との掛け合いに使うことができましょう」

 その話は菅主水もすでに聞いている。

 しかし、疑問はがあった。

「そう都合よく、捕まえられるものですかな?」

 暗い笑みを根津甚八は浮かべた。

「いや、捕まえるのではなく、捕まえたことにすればよい。それには、菅主水殿のお手をお借りしたい」

「何をすればよろしいのですか?」

 と、菅主水。

 根津甚八が言うには、

「この秋月の主水殿の屋敷に、そろそろ、栗山大膳の手の誰かがきっと内密にお目にかかりたいという申し出があるはず」

「あるでしょうな」

 と、菅主水。


 勘解由の兄である忠之が、これを勘解由付き二番家老にするとして、大膳嫌いの菅主水のことをわざわざ指名した。

 菅主水の知行地である怡土の西隣の志摩には、漁港がある。

 志摩の漁港から勘解由を筑前を脱出させよという命令を菅主水は受けていたではないか?

 寛永三年の大膳らの諫諍書に「志摩郡盗人御免之事」とあるが、これは菅主水が志摩に入れた配下を、大膳の息のかかった代官が捕らえ、それを忠之が釈放したのではないか(『磐井物語』の割注は、志摩に千石を拝領した長之助が、自分妾の兄を釈放させたと主張しているが、倉八家の子孫は諫諍書の時点では長之助に志摩を知行地として与えられいないことを示す家伝の記録を示し、『磐井物語』の割注が後世に偽造されたものとしている)?

 当時のことを調べていくと、秋月から怡土へ、怡土から志摩へ、という脱出ルートを思い描いてしまう(志摩の代官が勘解由脱出行に反対したからこそ、当時の代官がおろされ、長之助に志摩の一千石が与えられたのかもしれない)。

 歴史に隠された暗闘があったのではないか?

 脱出ルートの大本命。

 勘解由の脱出の阻止にかかっている栗山大膳のような分国反対派からすれば、菅主水と和解して説得する方向に動きたくなる。


 根津甚八からの提案。

「こそこそ隠れて主水殿に内密にお目にかかりたいという栗山大膳の手の者を捕らえていただきたい。夜の通り抜けが差し止められている日の八丁越で夜中に捕まえたことにすればよろしい」

 一応、菅主水は確認する。

「嘘をつくのですな?」

 左様、と根津甚八はうなずいた。

「内密にやってこれば、どこで捕まえたかはこちらが好きなように言えますかなら」

 この時機に国元の実権を握っている分国反対派は、「長政さまのご遺言など、無視せよ」とは決して堂々と言えない。

 だからこそ、勘解由が【自主的に】分国をあきらめたというかたちをつくるべく、人目に隠れて理不尽な政治的圧力をかけたり、裏工作を行ったりするしかない。

 そこに、避けがたい弱点が生じる。

 相手の弱点を突くのは戦いの常道であることは菅主水も承知していた。

「捕まえて、どういたしましょうかか?」

 まず、根津甚八は、

「こいつは、今、私が平右衛門殿の屋敷に入れさせてもらっている風丸という若い者の案ですがね」

 と断りをいれた。

 そして、具体的な案の説明。

「とりあえず、こちらが向こうの間者らしい者を見つけて殺した、と申し送れば、向こうは『知らない』とシラを切ろうとするでしょう。

 そういうかたちをつくっておいて、捕まえた者を生かして使う。

 栗山大膳が自分たちにとって都合の悪くなれば、簡単に下の者を切り捨てるという話を広める。

 向こうの下で動こうとする者が集まりにくくなれば、逆に、こちらは色々と動きを取りやすくなる」

 忍びの発想だな、と菅主水は思った。

「面白い」

 根津甚八は続けた。

「若いのですが、風丸という男は、なかなか人の心の隙間が見える。

 ここは一つ、さらに菅主水殿の手をお借りできれば、風丸の策に都合がよかろう。うまくいく気がする」

「平右衛門殿は何と?」

「根津甚八のことを信じた以上は全て任せた、と」

「ああ、平右衛門殿らしい」

 と、菅主水。


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