第九十二回 主水の名を持つ者は大膳に仇をなす
無事に将軍から本領安堵の朱印状を頂いた福岡藩の二代目藩主である黒田忠之は、亡父の長政の遺言に従い、弟の勘解由や萬吉の秋月藩・東蓮寺藩を立ててやらなければならないと思っていた。
勘解由には、すでに知行目録も渡してある。
ところが、勘解由の側からの書状によると、国元の家老たちは、面倒な仕事を減らしたいらしく、勘解由に独立をあきらめるようにしきりに勧めている様子。
忠之は、
┅┅高禄をもらいながら、主家の命令に逆らうのか?
と叱責の手紙を送りつけた。
自分は命令するだけであるから忠之はお気楽なものであった。
栗山大膳ら国元家老たちは、
┅┅逆意など私たちには毛頭にございませぬ、ハイ。
という起請文を差し出した。
国元家老たちの苦労を理解しようとしない若い君主の横暴さに見かねた家臣が江戸にいた。
柏原太郎八と言う男。
┅┅大膳さまら国元家老の方々に悪気はなかったと思うし、もう、勘解由さまや萬吉さまの独立はおあきらめになった方が・・・
穏当な判断。
そう言われて、忠之も意地になった。
┅┅俺を怒らせたいのか?
柏原太郎八を主命違背で処罰した後に、忠之は柏原太郎八の舅が勘解由付きの二番家老である田代外記であることを思い出した(勘解由付きの一番家老は、堀平右衛門である)。
勘解由付きの二番家老の田代外記が弱気では、大膳たちに言いくるめられてしまうかもしれない。
連座で田村外記に逼塞を申しつけた。
秋月藩独立後も田代外記の逼塞は数年間も続いたことから、当時の忠之と勘解由の気分がうかがわれる。(なお、勘解由の独立を助けた者たちは処罰されなかった)。
忠之は田代外記を勘解由付きの二番家老から外し、信頼できる男として菅主水を新しい勘解由付きの二番家老として指名した。
* *
黒田二十四騎の菅和泉の息子の菅主水。
主水が名前をもらった相手は、黒田二十四騎の毛屋主水。
毛屋主水は性格に癖のある人物で、黒田家に仕える前に七つの家に仕えた。
黒田家に仕えた後も、毛屋主水は数多くの武功を立た。
戦巧者の毛屋主水と剣豪の菅和泉は「現実の戦いは甘くない」という点で意見が一致して友人になった。
菅和泉は、毛屋主水に蒲生家から一万石での引き抜き話があった際に、騒ぎに巻き込まれている。
黒田長政から「もしも毛屋主水のことを黒田家に引き留められなければ、友人であるお前が責任をとって腹を切れ」と菅和泉は言われた。
結局、友人の生命を大切にした毛屋主水は、一万石の誘いを蹴って黒田家に留まり、三千石の知行で黒田の家臣として生涯を終えた。
アウトロー傭兵気質の毛屋主水は、栗山大膳を普段からおちょくっていたのであろう。
多くのバージョンがある講談『栗山大膳』において、毛屋主水は倉八十太夫(長之介)を押しのけて、メインの悪役として登場することもある。
栗山大膳と毛屋主水の不仲。
毛屋主水から主水の名前を譲り受けた菅主水も、ひどい話ではあるが、栗山大膳のことを心底から馬鹿にしきっていた。
当時の黒田家は、当主の直轄領が少なく、一万石越えの知行を持つ家臣が数多くいて、黒田官兵衛・黒田長政という当主の個人的カリスマがあって初めて秩序を保った。
新しく藩主になった黒田忠之は、二十歳を少し超えたばかりの若者にすぎなかった。
江戸にいる藩主の忠之と、筆頭家老の栗山大膳を比べて、家中の多くの者たちがいずれの命令に従うべきか迷ったであろう。
しかし、菅主水ならば、忠之の命令を即座に選ぶ。
大膳の命令を確実に蹴り飛ばすという点では、信頼のおける男だった。
また、菅主水の三千石の怡土の采地の西隣の志摩には港がある。
勘解由を志摩から脱出させようという腹案が忠之にあったのかもしれない。
分国賛成派の多くは「大膳に任せてはいけない」という個人的な嫌悪感情で動いています。
そして、分国に失敗した場合におけるトラブルの解決に分国賛成派はノー・プラン。
「何があっても不忠の大膳をよい気分にさせるよりはマシ」ぐらいなもの。
江戸の桜田屋敷の者たちが異常に有能で、分国を成立させてしまったから、わかりにくくなるのですけれども・・・
・どこまで大膳はヤバイのか?
・どこまで桜田屋敷の者たちが有能か?
そういうことを知らなければ、この時期の分国賛成派の【正義】は支持するべきなのかどうか迷います。




