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【黒田騒動】新・白縫物語【栗山大膳】  作者: 足音P
第一部 明鏡争奪戦
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第九回 寺小姓の定村かなめは男装女子なり



 蔭澤夏之丞が思ったとおり、大屯岩太牢は筑前にいた。

 先年に、京において、定村種春を殺して花形の明鏡という重器を奪った後、彼は大坂から船に乗って筑前の博多にやってきた。

 岩太牢博多の道具屋であるお多福屋嘉兵衛の血縁であった。

 お多福屋も岩太牢の扱いに困った。

 遠い京において岩太牢が強盗殺人した件は別にかまわない。

 しかし、その折に岩太牢とその配下の者が黒田家中の者ともめたというのはよろしくない。

 博多において、お多福屋は黒田家の出入りの商人である。

 黒田家から罪人と認められる者を下手に匿っては、今後の博多での商売に支障をきたすことになる。

 ただ、岩太牢の製造する媚薬の粉は良い。

 縁を切るのは惜しい。

 そこで、お多福屋は岩太牢のことを【腕利きの陰陽師】として福岡城下から離れた金山の泉寺に紹介してやることにした。

 泉寺の寺付の陰陽師となった岩太牢は、金山での伐採を妨げる怪猫を退散させる奇功を去年に挙げた。

 評判上々。

 ところが、今年の初めには金山で山崩れが起きた。

 土石流災害。

「お猫さまの祟りだ」

 と地元の民は騒ぎ立てた。

 実際のところ、この時期、そのお猫さまである金花奴は、隣国の豊前に滞在し、うまいものを食べたり温泉に浸かったり布団にくるまったりして妖気の回復につとめていた。 

 災害の真の原因は、旧ピッチの伐採のために、地盤が緩んだからである。失敗の背景には、新藩主である若い忠之が、年功のある家臣たちとの協力体制を築きあげられなかったことがある。

 岩太牢の居場所であった泉寺も土の中に埋もれてしまった。

 真面目にやっていたのに思いもよらない災難。

 これからの身の振り方について、岩太牢はお多福屋嘉兵衛と相談することにした。


   *  *


 お多福屋からの提案。

「志摩の安養寺を再興するために、京都の方から法隆寺の勅大僧正という肩書つくの坊様、向陽上人という方がいらっしゃっている」

「安養寺」

「戦国の世に無住大破した安養寺の再建のために博多の商人たちから向陽上人は金を募っておられる。随分な羽振り。俺も商人仲間のつきあいで金を出した。お前が安養寺の寺付の陰陽師になれるように紹介状を書いてやろう」

「ありがたい」

「落ち着いたら、また例の粉を頼む」

「承知した」

 岩太牢は提案を受けた。粉の件も例の二つ返事で承知。


   *  *


 紹介状を持って岩太牢は志摩に向かった。

 道行く人たちの声。

「本当に、安養寺の寺小姓である定村かなめは美しい」

「女ではないのか」

「美しい女は髪を短くしても美しいというが、あの色香は」

「僧として女犯の罪ある者は、寺持は遠島、所化は脫衣追放が天下の掟」

「向陽上人は大和法隆寺の勅大僧正で法印の位」

「偉い坊様だから女犯はするまい」

「女犯したくても向陽上人も七十を超える御歳だから無理」

「それもそうだ」

 安養寺に関する話題として、かなめという寺小姓にまつわる評判が不思議なほどに多かった。


   *  *


「頼もう」

「どなたですか?」 

 岩太牢が安養寺に訪れると、最初に寺の門から出てきた応対に出てきた寺小姓。

 人々の口の端にのぼる美しさ。

 定村かなめ。

 少年ならば、稚児剃ぎ。少女ならば、尼剃ぎ。現代ならば、ショートボブと呼ばれる髪型。

 当時に髪を大切にした貴族の女たちが出家する時に、頭を完全に剃ることはなく、垂髪を切って、肩のあたりでそろえるだけであった。

 噂の美しすぎる寺小姓は、

「きゃあああっ」

 と絹を裂くような少女の悲鳴をあげた。

 岩太牢の顔を認めるや否や、おそろしい速さで門を閉めて鍵をかけた。

 ほんの一瞬では、岩太牢の目にその姿は焼きついた。

 見覚えがあった。

 間違いない。

 今に逃げ出した寺小姓は、紛れもなく、岩太牢が京で得ようとして得ることのできなかった美姫であった。


 定村家の風見。

 いかで忘れることができようか?

 従五位下という高位の官位を持つ陰陽師の定村種時の孫娘。

 下人に手の届きそうもない高貴な血筋。

 気品高く賢くあるように丹念に手を加えられた雅な美しさ。

 子種をくれて孕ませてやりたい。

 初めて見た時から、岩太牢は妄執に駆られた。

 風見は蹂躙されて汚し尽くされて屈服するのが明白な運命なのだ、と。


 岩太牢が願ったのは、荒々しい生身の暴力で風見の心を折り、女という性の意味を風見の肉に刻むことであった。

 無反省な人工の増殖に虐げられた自然による抗議の一環やも。

 もしも人工の美しい造花が大地を覆ってしまえば、自然の草花の生きる場所は消えてしまう。

 生命の勁さと尊さを示せ。

 岩太牢の想いにも、生命が生命であろうとするかぎり否定しきれない正しさはあった。

 正しい側に立つと自分のことを思えるときに人はいくらでも残虐になれると言う。

 歯止めの効かない情欲を岩太牢は風見に向ける。

 それを風見が望まなくても。


「帰ってください!」

 と、門の外から涙声の悲鳴が響いた。

 その言葉で、安養寺の美しすぎる寺小姓・定村かなめの正体が定村風見であることを、あらためて岩太牢は確信した。

「おい、門を開けろ」

「嫌です」

「風見よ、また、こうしてお前に会うことができるとは思わなかった」

「知りません」

「何?」

「人違いではないでしょうか?」

「ふざけるな」

 岩太牢は、岩のように大きな手で寺の扉を叩いた。


「何をしている?」

 通りすがりに騒ぎを聞きつけたらしい。

 まずい。

 いつの間にか野次馬たちが集まってきている。

 諦めて岩太牢は一旦退散することにした。

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