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【黒田騒動】新・白縫物語【栗山大膳】  作者: 足音P
第二部 勘解由脱出行
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第八十九回 家よりも大きな土蜘蛛が姿を現す

 根津甚八から隠れ里のひらけた場所に六人の者たちが呼び出された。

 阿修羅丸。

 勝烏の黒八。

 投げ松明の火平太。

 音頭ヶ瀬戸の浪五郎。

 石ノ火打介。

 大蛇川の燐太夫。

 勘解由が筑前に脱出する当日に、彼らは洞海湾にやってくることになる。


 根津甚八が言う。

「当日には、大きさが五丈も六丈(約十五メートルから約二十メートル)もある土蜘蛛が現れることになる。いきなり、そんなものが現れたら、みんな、頭が真っ白になって大騒ぎするだろう」

「そいつは、まあ」

 思わず阿修羅丸は笑ってしまう。

 最近には、人間よりも大きくなる化け猫、猫極楽の寒八に相撲の稽古をつけてもらっていて、常人よりも怪異には慣れているつもりではある。

 根津甚八は続けた。

「他の者たちが騒ぐのは大いに結構な話だが、当日になって、お前らの頭が真っ白になるというのでは困る。

 だから、当日にはこんな化け物が出るのだとお前たちには前もって見ておいてもらおうと思う」

 火平太は笑った。

「大きさが五丈も六丈もある土蜘蛛って、そりゃ、でけえなあ」

 打助は肩をすくめる。

「とりあえず前もって見せてもらえば、覚悟を決められるというわけさ」

 浪五郎はうなずく。

「そんな途方もない化け物が出てくると先にこちらだけわかっていれば、向こうさんがあっけに取られている間に動き回れる」

 お燐は溜め息をつく。

「もう話を聞くだけで私は何か嫌になってくる」

 黒八は言う。

「長く生きていれば世の中には色々とあるわいな」


 ふう、と根津甚八は溜め息をついた。

「土蜘蛛よりも先に、当日にお前たちと一緒に動く柳生の者たちを紹介しよう」

 根津甚八そっくりの声が阿修羅丸の背後から響いた。

 阿修羅丸たちは驚いて振り向く。

 すると、狐顔の若い男がは両手で狐の手つきをしながらコンとおどけてみせた。

「白縫数真さまの下で働く柳生の者で、古川紺九郎と申す者です。剣術と声真似を少し得意といたします。当日には声色を使って騒ぎを大きくいたします」


 紺九郎の横に立つ猿顔の少年がぼやいた。

「ひどいな、紺九郎さん。この流れだと、オイラも何か技を見せなければいけないのかな?」

「不要だ、虚呂平」

 そう紺九郎が言うと、虚呂平は、

「わかったよ」

 と神妙そうな表情でうなずいた。


 次の瞬間に虚呂平の足下で左から右にけたたましく音を立てながら火花が走った。最後に紺九郎の前で濛々と煙が立ち上る。

 煙の中から、虚呂平の声が響く。

「行くぞ!」

 その少し前、火花が走り出した瞬間から、お燐が反応していた。

 携帯のからくり式のシャボン玉銃。

 把手をぐるぐる回して無数のシャボン玉を撒き散らしていた。

 最初に声がした方向と逆の左でシャボン玉が割れる。

 打助が銅銭を数枚投げつけた。

 虚呂平は人間離れした動きで身をよじって全てをかわした。


「もういい、やめろ、互いに」

 根津甚八の声色を使って話そうとする紺九郎のもとに阿修羅丸が距離を詰める。

 そして、

「こちらからも挨拶しておこうかね?」

 と言った。

 紺九郎は頭を下げた。

「さすがは音に聞こえた真田の祢津甚八郎貞盛さまの手の者」

 そして、

「よい間合いの見切り方か、と」

 と言った。

 足を止めた位置に感心されたらしい。

 阿修羅丸は言った。

「最近は田宮流の師匠にしごかれている」

「居合ですか?」

 柳生剣士だという紺九郎は冷たい剣気を漂わせた。

 力を抜いて阿修羅丸は柔らかく受けた。

 笑顔。

「なるほど、白縫さまのところの柳生の者たちも、なかなか油断ならないね。俺たちが力を合わせれば、面白いことにができそうだ」

「よろしく」

 紺九郎の身体から剣気がすっと消えた。


 年配の火平太は苦笑する。

「みんな若いや」

 浪五郎は突っ込む。

「そういうことを言うと俺たちが年寄りみたいじゃねえか?」

「わしは年寄りさ。しかし、棺桶に入るには、もう少しだけ間があるじゃろう」

 と、黒八。


 狐顔の紺九郎。 

 猿目の虚呂平。

 勘解由が筑前に脱出する当日に、彼らも洞海湾にやってくることになる。


   *  *


 互いの挨拶をすませた後に、根津甚八は言う。

「では、そろそろ土蜘蛛さまのお出ましいただくことにしようかね」

「おまかせください」

 虚呂平は軽い調子でポンポンと両手を打ち合わせた。

 そして、地面にしゃがみこむ。

 左手で地面に触れた。

 土の塊が盛り上がりながら形を変えていく。

 あっという間に五丈を軽く超える大きさの土蜘蛛が姿を現した。

 見上げねばならない大きさ。

 八本の太い脚で人を踏み潰すこともできるだろう。

 こんな大きさのものを蜘蛛と呼んでも良いのか?

 しかし、黒い鋼のように黒光りするその巨体は確かに蜘蛛の姿をしていた。

 タネも仕掛けもへったくれもない。

 あからさまな超常現象であった。


 根津甚八がたずねる。

「どうだい?」

 真っ先に口を開いたのは浪五郎だった。

「すげえや」

 先程の仕返しとばかり、火平太が突っ込む。

「浪五郎さん、すげえって、月並みだね? もう少し洒落たことを言えないのかよ?」

「うるせえな、こんな時に、洒落こんでどうするんだよ?」

「心に余裕がねえのは、年齢をくったってことだ」

 お燐が言う。

「いやいや、浪五郎さんも、火平太さんもすごいですよ。こんな大きな化け物を目の前にしてそんな軽口を叩けるなんて」

 それは阿修羅丸も同感だった。

「夜中にいきなりこんな大きな化け物が現れたら、みんな、大抵の者は、わけがわからなくなって泡を食うだろう」

 はい、と紺九郎はうなずいた。

「泡を食った連中の流れを声色や光や音で操ってやり、洞海湾に蓋をする相手の守りをもみくちゃにしてしまう。私と虚呂平はそのように白縫さまから仰せつかっております」

 根津甚八は言う。

「一刻(二時間)ほど、洞海湾の警備をしびれさせて、勘解由さまを乗せた舟が洞海湾の外に出ていくことができれば俺たちの勝ちだ」



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