第八十五回 根来忍者たちは歩き回って地図をつくる
秋月から前田波止場に勘解由が移動することになった。
どうすれば大膳一派に道中で見咎められることを避けられるのか?
追いかけられたときに、どうすれば相手を蒔くことができるか?
すぐに答えは出せるはずがない。
まず現地調査である。
阿修羅丸一家の者たちは、博多で多くの借用書を安値で買い集めた。
取り立てというかたちで方々を出歩いた。
借用書をもって逃げ回る悪質な債務者を探しているというのならば、小道や裏道を出入りしたところで、仕事熱心ということで言い抜けることができる。
* *
阿修羅丸一家の根来忍者、隙間数えの風丸が、狭い道を入っていくと、一人の泥鰌ひげの侍に、
「何をしておる?」
と捕まった。
風丸は借用書と似顔絵を見せた。
「金を借りたまま返さない、この野郎を探しているのです」
「こんな狭いところに入ってくるかよ」
「入ってくるかもしれません」
「ありえぬ」
言い合いになっている時に、後ろから怒鳴り声が響いた。
「いたぞ! そちらに逃げた! 捕まえろ!」
声の主も風丸と同様の根来忍者。
絡繰りの十六郎。
現在には博多の町で様々な絡繰りをつくる職人をやっている。
過去の一時期は、根津甚八の下で武士になったこともある。
当時の名前は八並十六郎(十と六)。
二人の子どもがおり、七九郎(七と九)・八葉(八と八)という。
どの名前も数字が二つ隠されていて、並み(平均)が八。
子どもの名付け方で彼の性格はわかる。
何と言うことか。
似顔絵の男が、風丸たちのいる狭い道に入り込んできた。
「こいつ」
侍は男を捕まえて投げ捨てて取り押さえた。
追いかけてきた十六郎が礼を言う。
「ありがとうございます。そいつから俺らは金を切り取らなければいけないので」
捕まった男は文句を言う。
「まだ暮れじゃないだろうが」
「もう支払の日は過ぎている。暮れは暮れで、俺らも別の者を追いかける。お前みたいな金を借りたまま返さないのが多いから、な」
侍に組み伏せられた男は悪態をついた。
「放せよ、こら、お侍さんにはかかわりのないことだろうが」
侍は言う。
「こうやって捕まえてしまったからには、かかわりができてしまったわい。金を借りたのなら返したらどうじゃ?」
どうじゃじゃねえよ、と男は文句を言う。
「この泥鰌ひげ。すぐ返せるものならば俺だって逃げねえよ」
風丸は言った。
「お捕まえくださって、どうも、ありがとうございます。どうも、借りた金を踏み倒そうとする奴は、並みの者が入っていかないようなところに逃げこむので、それで、こちらも調べるのですよ」
泥鰌ひげの侍はうなずく。
「お前の言い分はよくわかったわい」
* *
ただ一度きりの脱出行。
そのためだけに、風丸たちは、借金の取り立てをやりながら、地図を作製した。
地味な作業であった。
絶対に見つからない脱出ルートが用意できれば、それに越したことのない。
しかし、絶対というのは多くの場合に甘い夢想だ。
見つかった時にも切り抜けられる手段を用意することも考えるべきであろう。
予防対策と防止対策のバランス。
もちろん、バランスを無視して甘い夢想をみる者たちがいるからこそ、辿り着ける場所もあるということも事実なのだが。
* *
十六郎は言う。
「わかっていない素人は、すぐに事故が起こらないようにしろと言うが、一つの事故が起こらないようにするためにゴタゴタつけると、それがかえって別の事故を引き起こしてしまう。
それぐらいならば、事故が起きても大事に至らないかたちになるように全体のつりあいを取るべし」
風丸も思い当たることがある。
「はい」
十六郎は続けた。
「こちらは色々と物事を考えながら、仕掛けを組んでいる。
代案のない反対で何か気づくことがあるだろう。
確かにもそういうこともある。
しかし、ものには言い方というものがあるよ。
馬鹿に嫌なことを言われて腹を立てれば、気持ちを立て直すのに余計な時間を食う。
こちらは気分よく仕事をしたい。
相手が気にくわない真似をしたら、もらう金の分の仕事をしましたというかたちをつくって、まとめて潰れることを祈りつつ、全て投げ出して終わり」
「ひどい」
「別にひどくない。
手抜きの仕事でも、こちらが意地を張って仕事のかたちをつくるだけ、まだ上等だ。
世の中には、仕事でもないものを仕事を言い張る馬鹿と、それを信じてだまされるお気楽な馬鹿がうじゃうじゃいる」
「なるほど」
風丸は相槌を打つ。
十六郎は言う。
「絶対に事故は起きてはいけないと言う奴も、十人に一人ぐらいでは置いておいても役に立つと思う。
しかし、そんなに数はいらん。
起きない方がいいに決まっている事故が起きた時の後始末の方法をコツコツと前もって考えておく。そういうことも大切だと思うよ、俺は」




