第八十一回 猫極楽の寒八は自然で楽な方法を好む
化け猫の寒八(金花奴)が阿修羅丸の相撲の稽古につきあってくれた。
隠れ里の空き地に簡単な土俵をつくった。
むくむくむく。
人間以上の大きさになった化け猫が前触れもなく、とんでもない衝撃で阿修羅丸にぶつかってくる。゛
何度も阿修羅丸は吹き飛ばされた。
阿修羅丸の方からぶつかっていくと、猫の柔らかい身体で衝撃を巧みに吸い込まれて、ひょいと投げられてしまう。
どうにも手がつけられない。
化け猫の寒八は人間の言葉を話す。
「思いっきりがよくないよ、あんた。こちらの拍子を読もうとするから、その気配で拍子が読めてしまう」
阿修羅丸は言う。
「何も考えずに行くと、裏を取られそうな気がする」
馬鹿だね、と化け猫は嗤った。
「あたしがあんたにそこまで手間をかけて稽古をつけてあげる理由がない」
むくむくむく。
化け猫は土俵も埋め尽くすほど大きくなった。
圧倒される阿修羅丸。
化け猫は言う。
「あんたがこちらの拍子を読もうと気配をむき出しにしてくるから、こちらは別に裏を取るつもりがなくても、あまりにもわかりやすいから裏を取る。
裏を取らなければ勝てないかもしれないと相手に警戒されるぐらいになって、初めて裏を取られることを心配しなさい」
俺のことを三笠山伊達五郎を警戒しないだろうか?
阿修羅丸は悩む。
「獅子は兎を狩るにも全力を尽くすと言うぜ」
あっさり化け猫は、
「時と場合による」
と言う。
さらに、と付け加えた。
「急ぎの用事がある獅子は、目の前に兎が立ちはだかれば、無造作に張り倒す。どうして、いつも相手があんたに全力を尽くしてくれると思う?
そんなの、思い上がりもいいところ。思い上がりすぎて見えるものが見えなくなっている」
* *
勝負に全力を尽くすべきだというその気持ちは、自分も相手もいつでも無条件に全力を尽くすことができるという心地よい夢想につながる。
その夢想は、時として、現実に裏切られる。
現実の世界においては、必要な時に勝負に全力を出せる条件をつくることも、前もって必要な勝負を予測することも、困難であると言わざるを得ない。
勝負においては、自分の能力を発揮しやすい条件をつくること、さらには、相手の能力を十全に発揮できない条件をつくることも、現実的に有用である。
心地よい夢想に浸ったまま自分ができることをやらないという状態で、勝負に全力を尽くしたと言えるのだろうか?
* *
化け猫の教え。
「相手に馬鹿にされたら、こちらを馬鹿にしたことで生まれた隙を突くというのがね、一番に自然で楽に勝てるよ」




