第八十回 阿弥陀院の了海が異国船の襲来を噂す
玄海屋は白縫大尽とともに長崎に向かった。
白縫大尽の正体は、錦ヶ嶽の蜘蛛妖なれども、いったん人の姿に化ければ、見目麗しき京風の貴公子よ。
親の仇を討ったという名誉。
古い学問や美術に豊かな教養。
西日本一の港町博多での人気。
卜庵老人とのつながり。
どうにも今の白縫には長崎においても人を招き寄せる力がある。
玄海屋は笑う。
「いやあ、白縫さまのおかげで、こちらの商売がうまくまわります」
白縫は肩をすくめてみせる。
「お前の商売のために、私は顔を出しているわけではないのだが?」
わかっております、と玄海屋は言った。
「商売しながら、今、博多に悪戯を仕掛けてもおかしくないような危ないイスパニヤ人の商人の話も集めました」
そして、
「志摩の安養寺に行きたいという長崎の商人を募っております」
と。
白縫は驚く。
「志摩の安養寺?」
ええ、と玄海屋はうなずいた。
「何と言っても、志摩の安養寺の向陽上人は、白縫さまの仇討ちをお助けになられた方だ。ちょっとぐらい寄進集めのお手伝いをしてあげましょう。
向陽上人は天皇の勅によって法隆寺の大僧正になられた方。従三位に準じる法印の官位を持つ。福岡城のお偉方たちにも相当にすぐ面会なさることができる。違いますかね?」
福岡藩の藩主である黒田忠之でさえ、寛永三年に従四位下(筑前守)である。
従三位といえば、それよりも四つも上の官位だ。
玄海屋は続けた。
「こいつは、白縫さまがあの安養寺の向陽上人と御縁がおありになるという話から思いついたのですがね。
悪いイスパニヤ人商人たちが正月に筑前博多の港に何かを仕掛けようとしているという噂を福岡城内に流すというのは、向陽上人におやりいただきたく。
朝廷の官位の高い坊さんに実際に会うことができたというだけでも、長崎の商人たちにとって話のタネになります。
そのための仕掛けの下ごしらえとして、あの方には結構な数の長崎の商人たちに会ってもらう。
向陽上人は年末年始には博多に行って寄進をお集めになられますよ。
その折に、イスパニヤ人商人たちが正月に筑前博多の港に何かを仕掛けようとしているという噂をばらまいていただきます」
白縫は、
「あの阿呆坊主の弱みならば、いくらでも私は知っているから、言うことを聞かせることはできる」
と言う。
しかし、と首を傾げる。
「言うことを聞かせることができても、こちらが言って聞かせたことをあの阿呆ができるかどうか、心もとない。
あの阿呆に魚を持ってこいと命令すれば、水の底に潜るために石を自分の身体に縛りつけて海に飛び込んでいって、それっきり。あいつは本当に浮かばれない」
大丈夫です、と玄海屋は請け負った。
「根津さまの配下には、昔は紀州の根来寺にいた了海なる坊主がおります。
同じ真言宗ということで、今では筑前八幡の阿弥陀院に潜り込んでおります。宗派は違うが、了海が向陽上人の下に修行に行っているとかたちにいたします。
向陽上人さまが頼りないようなことがあっても、口の上手い了海がすぐ横におれば、何とかいたしますでしょう」
* *
玄海屋は、白縫から向陽上人の弱みを色々と聞きだした上で、博多に向かった。
博多で阿弥陀院の了海を呼び出して会う。
話を聞き終えて、了海は言う。
「向陽上人さまですか? あいつは駄目です」
おいおい、と玄海屋はあわてた。
「お前も向陽上人さまのことを使えないと言うのか? 多少にできが悪くても、お前のような賢い男がそばにつけば安心だ」
別に安心ではないですよ、と了海は言った。
「向陽上人さまは、ちょっと、いや、かなり頭がおかしい」
「頭がおかしい?」
そうですね、と了海は言った。
「向陽上人さまみたいなのが、時の帝に御講義をもうしあげて、大和法隆寺の勅大僧正になれたというのは、末法の世です」
玄海屋は苦笑いした。
「お前もあの方のことを知っているのだな?」
了海は嫌そうな顔をする。
「ええ」
「だったら、話は早い」
「何がですか?」
「その頭のおかしい生き物を、お前がまともに見せかけて、『今年の暮れから正月ぐらいにイスパニヤ人の船が博多を襲ってくるかもしれない』という長崎の噂を福岡城のお偉方の耳に吹き込んでほしい」
「難しいですな」
「その難しいことをできるのは、お前しかいないよ、了海」
* *
情報工作。
本来には忍者の仕事である。
戦国時代には仏教の僧侶が情報工作に手を染めた例は少なくない。
僧侶である根来衆と根来忍者の境界は曖昧な部分があった。
阿弥陀院の了海は根来衆でありつつ同時に根来忍者だったとも言えるだろう。




