第七十八回 権禰宜の吉田斎は暮れの祭りを準備す
筑前から備前の阿修羅丸一家の隠れ里に戻ってきた根津甚八は阿修羅丸に筑前で起きたことの報告をした。
根津甚八は堀平左衛門を仲間に取り込んだ。
春之助が勘解由を説得した。
以後において、今回の企ての活動資金は黒田勘解由のお手元金から出ることになった。
* *
その報告を聞いて、阿修羅丸も興奮した。
「すごいじゃねえか」
根津甚八は言う。
「これからは本当に阿修羅丸一家の最後の大仕事さ。筑前五十二万石から秋月五万石を奪い取る。まさしく国盗りさ」
わかった、と阿修羅丸は言う。
「盗賊団の最後の仕事としては、国盗りというのは上出来だな」
そして、
「いったい、どうやるんだ、マエストロ根津?」
と問う。
根津甚八は言う。
「この国盗りは黒田の勘解由さまを江戸城に届ければ俺たちの勝ちだ。
まずは、勘解由さまを筑前から出すことよ。
そのための策を、勘解由さまと平左衛門殿と白縫さまの持っている手札を確かめて、俺が策を練った」
「ほう」
と、阿修羅丸。
どうやって勘解由が洞海湾を脱けるか?
根津甚八の説明。
「洞海湾の東側にある牧山の浜で大きな騒ぎを起こす。
流言を用いて、牧山の浜から船を西側の若松港に向かわせる。
やってくる船の対処だけで西側の警護を手一杯にさせる。
そして、丸木船の釣り舟を東沿いに流し、夜の洞海湾から出ていき、後は下関の彦島まで漕ぎ渡る」
阿修羅丸は顔をしかめた。
「下関まで釣り船で漕いで渡るのかよ?」
甚八は言う。
「ほんの二里か三里だ。俺と浪五郎、あと、そこにいる吉田斎ならば、どうってことはない」゛
吉田斎。
阿修羅丸の知らない顔。
男が頭を下げる。
「これはこれは、阿修羅丸殿には、お初にお目にかかります。
私は吉田斎と申す者でございまして、今では牧山の猿田彦大神という神社で権禰宜をやっています。
昔は、甚八さまや浪五郎の野郎と一緒に紀州で海賊をやっていました。
夜中に洞海港から彦島へ釣り舟で渡るぐらいのことは、俺も何度かやったことがあるので、俺については間違いはないと思うのですが、甚八さまどうですかね?」
少し根津甚八は顔をしかめた。
「派手にやるのは今年の暮れよ。まだ日はある。しばらく俺も練習して、勘を取り戻す」
阿修羅丸からすれば父親のような年齢の男たちが、そろってガキのような笑みを浮かべている。
眩しかった。
阿修羅丸はたずねた。
「牧方の浜で大きな騒ぎを起こすとは、どうやるつもりだ?」
見てのお楽しみだが、と根津甚八は言う。
「初めて白縫さまとお逢いした時に、玄海屋の座敷にペタリと天井に貼りついて大きな土蜘蛛を覚えているか?」
「忘れるものかよ、あんな蜘蛛のことを」
と、阿修羅丸。
人間よりも大きな蜘蛛妖が天井に貼りついていた。
目にするだけで呪われそうに感じるグロテスクな妖怪。
根津甚八曰く。
「あの土蜘蛛が五丈から六丈(約十五メートルから二十メートル)の大きさになって、大勢の人がいる中で暴れる」
阿修羅丸は想像してみた。
「そいつは地獄だな」
ややあって、根津甚八は
「当日に人を集めるべく、お前さんと伊達五郎の相撲勝負の話を使わせてもらうぜ」
と言った。
阿修羅丸にはよくわからなかった。
「え?」
根津甚八は説明する。
「お前が正月に博多まで相撲を取りに行ってやることない。三笠山を今年の暮れの枚山の猿田彦大神の相撲に呼びつける」
「枚山の猿田彦大神?」
阿修羅丸にはよくわからない。
そいつは、と吉田斎がニヤニヤ笑った。
「私が権禰宜をやっている猿田彦大神という神社は、枚山の浜沿いにあります。
そこで、年の暮れには相撲大会が開かれます。
今の禰宜の弱みを私は握っておりまして、だから、私も権禰宜になれました。
例の掛け軸をめぐるいざこざは、阿修羅丸さまと伊達五郎が、うちの神社の暮れの祭りでやる相撲で決着をつけるのです」




