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【黒田騒動】新・白縫物語【栗山大膳】  作者: 足音P
第二部 勘解由脱出行
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第七十七回 青柳春之助は少年君主を説き伏す

 洞海湾から釣り舟で筑前を出て本土に渡るというのは、どうか?

 距離して三里もない。

 もちろん、海難事故の可能性はあるが、決して不可能ではない。

 根津甚八やその配下の紀州海賊あがりの男たちであれば、それくらいは平気で挑戦してのけるであろう。

 しかし、それを福岡藩の側も黒田勘解由の側も考えていなかった。

 一つは海難事故の問題である。

 海が荒れれば釣り舟が引っ繰り返る確率はゼロではない。

 一つは体面の問題である。

 将来に大名になろうとする勘解由が丸木舟に乗るようなことがあれば、あまりにも格式に外れている。


   *  *


 春之助は掘平右衛門に連れられて、秋月の勘解由の屋敷に向かった。

 平右衛門が紹介した。

「この男は、倉八権左衛門の義弟の倉八春之助と申す者でございます、

 右衛門佐さまのお気にいりの倉八長之助にとっても兄弟ということになりまする。見て下され、そっくりの顔をしてござりますわい」

「確かに」

 勘解由も驚きの表情を浮かべていた。

 そして、

「長之助は確かにすごいな」

 と言った。

 状況がよくわからない場合には、間違いの生じにくい言葉、間違いが生じても対応がとりやすいような言葉を勘解由は選んでいく。

 勘解由は人間関係の間合いを慎重に計ってくる少年であった。

「春之助は中々に太い肝の男でございまして、長之助に優るとも劣りますまい。きっとお役にたちましょうぞ」

 と、平右衛門。

 胆力があるかどうかでしか人を評価できない。

 ━━こいつはきっとお役にたちましょうぞ━━

 この平右衛門の言葉はなかなか信じてはいけないものがあった。

 

 春之助の立場からすれば、自分自身の人間的魅力を示すことで、勘解由少年を自分たちの企てに引き寄せねばならなかった。

 そこで、春之助は言った。

「お初にお目にかかります、勘解由さま。ただ今、平右衛門さまからご紹介を受けた拙者が倉八春之助と申す者です」

「よろしく頼む」

 

 勘解由の関心を自分に向けさせなければならない。

 春之助は言う。

「確かに、拙者は長之助の縁者でございます。しかし、あれは人中の竜でございますよ。拙者などは長之助と似ても似つかぬ愚鈍なものでございます」

 春秋戦国の中国の古典的な手法を春之助はとってみせた。

 君主の教養の深さを信じたいという春之助の言外のメッセージを勘解由は正確に受け取った。

 春之助という男には相当の学問がある。

 いやはや、平右衛門がいつも連れてくるような胆力だけしか取り柄のない男たちと毛色が違う。

 勘解由は興味を持った。

「続けてくれ」

「しかしながら、今、この時、この場に限れば、長之助よりも拙者の方が勘解由さまにお役に立ちますぞ」

 少し勘解由は考える。

 口を開いた。

「何か、私に言いたいことがあるというわけか? よし、話を聞こう」


 春之助は語る。

「勘解由さまは柳生の兵法を柳生宗矩さまから学ばれました。

 柳生宗矩さまの父親は柳生石舟斎さま。

 柳生石舟斎さまの弟御が、松永弾正から古天明平蜘蛛の茶釜を譲られたという柳生松吟庵さま。

 松吟庵さまの子が、今の朝廷の陰陽頭、幸徳井友景さま。

 従五位下の陰陽師の定村種時のお孫さま、白縫数真さまが、勘解由さまの江戸への御出府をご助力したいとのこと。

 白縫さまの母方のご祖父である姫岡真龍斎どのは柳生の有名な忍びで、紀州の柳生の縁戚である須川の一族の方々とつながりがおありです。

 いったん筑前を出て大坂まで辿り着き、紀州の庇護を受けることができれば、江戸に無事に御出府できましょう」

 ほう、と勘解由は声をあげた。

「紀州か・・・」


 豊前細川家の細川忠利から十隻以上の船を用意して勘解由を個人的に援助したいという申し出はある。

 しかし、それをうければ、黒田長政に対する不孝と勘解由が人々に罵られてしまう、

 黒田長政が国替えで豊前から筑前に移るときに常識外れの年貢の早取りをして以来、黒田家と細川家はいがみあっている。

 それに比べれば、紀州徳川家との間には面倒な家同士の因縁がない。


 春之助は続けた。

「白縫さまの企ては、勘解由さまにも生命を賭けていただかねばならないことがあります」

 勘解由は問う。

「何だ?」

 春之助は言う。

「洞海湾から、下関の彦島まで二里から三里ほど。

 夜の海を小さな釣り船でお渡りいただきます。もちろん、漕ぎ手の腕は確か。しかし、万が一の事もございます」

「万が一か」

 勘解由は表情を曇らせた。

 おそれながら、と春之助は言った。

「一生に一度や二度は投げるように生命を賭けることがあってもよいか、と」

 勘解由は腕を組んだ。

「万が一を恐れているようでは、運は開けないか?」

「左様に心得ます」

 寛永元年の頃には、春之助も勘解由もおそろしく若かった。

 勘解由は笑った。

「やれやれ、これは平右衛門が春之助のことを気に入るわけだ」

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