第七十回 若者は無傷のまま生きることを好まず
黒田勘解由を江戸に参府させて秋月に新しい国を創るという白縫の企てに、阿修羅丸一家が参加することを根津甚八は決断した。
「やるぞ」
投げ炬火の火平太は笑う。
「大坂で秀頼公にお味方した時に比べれば、勝ち目は十分にありそうですな」
音頭ヶ瀬戸の浪五郎は言う。
「まだ足りないと思うところはありますが、穴は埋めていけるんじゃねえか、と」
白縫の従者の柳生者たちから、
「これは軍資金に」
と相当に大きな砂金入りの袋が阿修羅丸・根津甚八・風丸・火平太・浪五郎に渡された。
* *
阿修羅丸は根津甚八と長之助のやりとりを聞いて感心した。
同年代。
そこで、阿修羅丸は話しかけた。
「青柳春之助とか言ったな。お前、すごい奴だな。俺が阿修羅丸一家の頭目、阿修羅丸よ」
これはこれは、と春之介は頭を下げる。
「阿修羅丸さまですか? 拙者など大したものではございませぬ」
よせやい、と阿修羅丸は言った。
「聞いていて俺もわかったよ。さっきのやりとり。本気で福岡藩を相手に勝負しようとするお前の覚悟を感じた」
春之助は苦笑した。
「さすがに、軽い気持ちでは、このような大胆不敵なたくらみに首を突っ込んだりはせぬでしょう」
福岡藩五十二万石を敵に回せば、生命を喪う危険がある。
ろくに覚悟も決めることもなく加わるような者がいるとすれば、そいつは自分の指の数も数えられない馬鹿であろう。
阿修羅丸は了解した。
「ああ、そいつはそうかもしれねえ」
しかし、
「それにしても、お前はずいぶん知恵が回る」
と言った。
横から竺羅の沖松(玄海屋)が口を挟んできた。
「春之助さんは、度胸もあるし腕もたつ。兵書もよくお読みで、商いの掛け合いも器用にこなす、しかも、色男だ」
「ほう」
と、阿修羅丸。
何やら沖松は歯がゆそうな顔をしている。
「そのくせ、春之助さまは、ちょっと自信がない。従兄弟の倉八長之助さまという方に引け目を感じておられる。
何でも、その長之助さまという方は、ずいぶん偉い人で、新しい福岡藩の藩主の黒田忠之さまの近習にお取り立ていただいているそうですがね」
藩主の近習。
侍であれば出世コースである。
阿修羅丸は、
「今の泰平の世の侍の出世みたいなものは、しょせん運だろう」
と笑った。
すると、春之助は大きく首を横に振った。
「拙者などろくなものではござらんが、倉八長之助さまは別。あれは人中の竜でござる」
┅┅大げさな。
阿修羅丸は一瞬そう思った。
しかし、口には出さなかった。
こいつは意味もなく大げさなことを言う奴ではない。
そこで、
「お前が、人中の竜と誉めるのならば、そうなのだろう」
と言った。
倉八長之助。
寛永元年(一六二四年)には、福岡藩の新藩主である黒田忠之から個人的に気に入られ、すでに藩主の側近として藩政に関わり始めている。
出自や家柄にこだわらない能力主義を打ち出し、博多の商業を発展させ、インフレを引き起こす。
それによって、公職収入の重大性を福岡藩の家臣たちの間につくり、公職任命権を有する忠利の君主権を強化していく。
新しい政治に不満を持つ者たちから罵られつつも、目に見える失敗がなく、二十代の若者が一人で改革の成果を積み上げていく。
寛永三年には、一千石の知行が与えられ、寛永九年までには、一万石以上の家老になりあがる。
後から知って阿修羅丸も感嘆する。
┅┅身近な従兄弟が、同じ年齢で、似た顔をして、似た名前で、そんな出来星というのならば、それは青柳春之助も災難だったなあ・・・
この時は知らず。
阿修羅丸は言った。
「ひがむなよ」
いや、と春之助はすねた表情を見せた。
「別にひがんでなどござりませぬよ。拙者みたいな者が長之助さまみたいな方と比べてもせんなきゆえ」
すまん、と阿修羅丸は頭をさげた。
「言い方が悪かったよ。
こいつはな、根津さまから言われたことで、俺もそう思っているが、いつまでも自分の人生をつまらないと口に出すようなのは軽すぎるぜ」
「軽すぎる?」
そう聞き返す春之助に、阿修羅丸は言った。
「自分の人生をつまらないと口に出して言ったとき、『私がそばにいて足りなかったのか』と泣いてくれるだろう奴の顏が一人でも思い浮かぶというのなら、そいつのため、自分の人生をつまらないと簡単に口に出して言えなくなるはず」
春之助は問う。
「誰が、そのようなことをおっしゃいましたか?」
阿修羅丸は答えた。
「俺の師匠である根津甚八さまよ。
ありていに言えば、根津さまの下には、根津さまの一言で死ねる者たちがいる。戦国の世においては、多くの者が根津さまのために生命を投げ捨てた。
根津さまのような生き方をしていれば、自分の人生をつまらないとは簡単には言えない。言うわけにはいかなくなる」
ほう、と春之助が声をあげた。
「うらやましい話ですな」
さあな、と阿修羅丸は言った。
「さすがに根津さまはあまりにも多くを背負い込みすぎていると思ってしまうときがある。
いけねえ、こいつはひがみだ。
ただ、自分の人生をつまらないと口に出して言ってしまうような時には、俺は自分で思うわけよ。俺の生き方はゾッとするほど軽いな、と」
春之助は無言。
なぜ、そこまで阿修羅丸は春之助は語ってしまったのだろうか?
相手が自分と似たような悩みを抱えている。
わかってもらえそうな気がした。
阿修羅丸は言った。
「俺らはまだ若いよ。これからだ。
いつまでも空っぽなままで終われねえ。これぞ俺だということをやらねば駄目だ。無傷のままで生きようとする奴は、たとえ千年生きても何も残りやしねえ」




