第七回 大友若菜姫が化け猫に乞われて動く
黒田忠之や倉八長之助による筑前における造船業の振興策は、隣国の豊前にも思わぬ余波をもたらすことになった。
豊前の錦ケ嶽に棲む土蜘蛛のところに、筑前の金山に棲む化け猫が妖力のほぼ失せたぼろぼろの状態でやってきた。
「小女郎やい、どうか助けておくれ」
「どうしたよ?」
錦ケ嶽に棲む土蜘蛛の化生は女性であり、自らを小女郎と名乗っている。
古馴染みの化け猫は金花奴と言い、毛艶が玉のように輝く鯖虎猫であった。今や、その灰色と青みがかった黒の縞の毛艶もくすんでいる。
「人間にやられた」
小女郎は、
「ずいぶん酷くやられたネ」
と言った。
以前も金花奴が泣きついてきたことがあった。
それを小女郎は思い出す。
「また、お前さん、何したんだい? 五年前みたいな悪さをしたのかい?」
金花奴は言う。
「五年前のアレは別段に悪さではないよ。
あたしの飼い主だった女の子、小さなお駒ちゃんが、死んだお母さんのことを恋しがって泣くから、たまに、ちょっと人間の娘に化けて色々と話をしたり添い寝をしたりしてあげただけ。
他は誓って何もしていないし。
あたしが人間に化けるところを見た南木のババア。
一人で『化け猫だ』とか騒いで、あたしが縁側でスヤスヤ日向ぼっこしているところを捕まえて袋に詰め込んで川の中にポイっと捨てやがった」
小女郎の感想。
「お前が飼い猫として暮らしたかったのならば人間に化けるような真似をしたのは余計に悪さだネ」
小女郎は問う。
「今回はどんな悪さをやったの?」
「やってない!」
強い口調で金花奴は答える。
「ふうん」
「まず、最近に筑前の国では急に多くの船を造ることになり、あたしの山でも多くの木をいきなり伐り倒し始めた。何も考えず、どんどん伐っていたら、山崩れが起きてしまう」
「なるほど」
「だから、あたしは人間たちの木を切るのを邪魔してやることにした。十尺(約三メートル)ぐらいの大きさになって、『これ以上に木を切ったら殺す!』と言って脅かしたら、みんな怖がって逃げた」
「また派手にやっている」
少女郎はあきれた。愚猫はろくなことをしない。
金花奴は言う。
「人間どもは陰陽師と言われるような奴輩を送ってきた。そいつは、不思議な鏡を持っていた。
その鏡を向けられるといけない。こちらの妖力ををゴッソリ奪われる。生命からがらあたしが逃げるとき、その人間が何やら話していた。その鏡の名は花形の明鏡」
花形の明鏡。
土蜘蛛は聞いたことがあった。
「私は昔は京にいた。花形の明鏡は確かに京にあったはず。なぜ、筑前に?」
「知らない」
「私は昔は京にいた」
「昔は京にいた自慢はやめろ。それ、うざいから」
「うざい?」
「鬼や妖の本場の京に昔は棲んでいましたとかいうあんたの自慢話は長い。上から目線。だから、あんたの友達は少ない」
愚猫のしゃべりを聞かされたら、袋詰めにして川に放り込む、という南木という女の決断は間違っていなかったと小女郎は思う。
「お前の話を聞くと、その鏡は私たち化生の者たちに仇なす陰陽師の持ち物だろう。花形の明鏡の名ならば、私も京にいた頃に聞いたことがある」
「本当に、昔は京にいた自慢はいらないよ。あたしがやられた仇を取ってもらいたい。そこで、あんたに下げたくもない頭を下げに来た」
そう言って、化け猫は頭を下げる。
土蜘蛛は断った。
「下げたくない頭なら別に下げなくても結構。ものを頼むのに、そんな言い方があるものか? 鄙びた九州の田舎のドラ猫にはわからないだろうが、雅な京の都の土蜘蛛は礼儀作法を大切にする」
金花奴は猫目を光らせた。
「そこを一つお願いします、京の都からやってきた大友若菜姫さま」
「むむむ」
小女郎は言葉に詰まった。
この土蜘蛛は九州の地に最初に流れ着いた頃には、調子に乗って自分のことを姫と名乗っていた時期がある。
大友若菜姫。
今となれば記憶を消したい黒歴史。
それをしつこく覚えている金花奴とは友人づきあいが長い。
嫌だな、もう。
「わかった。私が仇を取ってやろう」
「姫の度量はさすがに広い」
「仇は取ってやるから、大友若菜姫のことは忘れよう。私も忘れたから」
「然るべく」
金花奴は満足そうにゴロゴロ喉を鳴らした。