第六十九回 祢津甚八郎貞盛の武名は聞き及ぶ
白縫は言った。
「そもそも阿修羅丸一家を今回の企てに引き込むというのは、春之助の案だ。ならば、お前に話をまかせたい」
「無茶な」
と抗う春之助に向かって、
「頼む」
と言いながら、その手を白縫は掴んだ。
仕方ない。
覚悟を春之助は決めた。
いつもの天蓋の深編笠を脱ぎ、虚呂平・紺九郎という二人の柳生者たちと一緒になって、春之助は白縫の後に従った。
* *
阿修羅丸一家の待ちうける玄海屋の一階の座敷に春之助は入った。
まずは、上の者同士の会話。
「私が白縫数真。定村の家宝である花形の明鏡をお多福屋の蔵の中から出すために、阿修羅丸一家の働きが大きかったというお話」
「白縫殿のお噂はかねがね」
「祢津甚八郎貞盛の武名は聞き及ぶ」
「朝廷に従五位下の陰陽師であらせられた定村種時さまの血と、柳生忍者のシラヌイ、姫岡真龍斎の血を引くと言うお話。それで、白縫殿は妖の者も忍びの者もお使いになられるわけですな?」
「根津殿の手の者は、根来忍者、根来衆、紀州海賊など多士済々」
「よくぞ、私のような愚物に」
「ご謙遜を」
* *
春之助が紹介される。
白縫は指で示した。
「こちらの男が、青柳春之助です。福岡藩の鉄砲頭である倉八権左衛門の母の姉の子」
お初にお目にかかります、と春之助は頭を下げた。
「拙者がただ今ご紹介に預かりました青柳春之助と申します。祢津甚八郎貞盛さまにお目にかかれて光栄でござる。以後、お見知りおきを」
ほう。
根津甚八は声をあげた。
「お主が秋月へのつなぎになるという話の青柳春之助か?」
「いかにも」
と、春之助はうなずいた。
そして、
「倉八家は勘解由さまの御領地になる嘉麻に近い鞍手に四百石の知行あり。それなりに人の縁を持ち合わせます」
と言った。
根津甚八は問う。
「勘解由さまをご出国させたいと言うのなら、向こうの警護の穴を知りたい」
春之助は答える。
「拙者が思うに、相手の警護の穴を知ることも一つの方法。しかしながら、相手の警護の穴を作ることも一つの方法でござろう」
「警護の穴を作るだと?」
不審の顔を浮かべる根津甚八に春之助は説明した。
「今年に入って徳川はイスバニヤとの国交を断絶、イスバニヤ船の来航を禁止いたしました。それを知らずに西日本一の港の博多にやってくるイスバニヤ船もあるはず。
腹立ちまぎれに博多に最後に大砲をぶっばなす悪戯を考える不心得者もおるかもしれませんな。
そういう噂が博多中に広まり、その噂が白縫さま、卜庵さまを通じて今の福岡藩の筆頭家老である栗山大膳さまの耳に届けば?」
「栗山大膳は博多の港の警護を固めるだろう。万が一にも本当にイスバニヤ船の襲来があれば、あまりにもお粗末」
と、根津甚八。
春之助は問う。
「博多の港の警護を固めると、他の港の警護はどうなりますか?」
慶長十四年(一六〇九年)の大船建造の禁によって日本側の軍船には相当の不足があった。
それは福岡藩とても例外ではない。
根津甚八は答えた。
「さしあたって、まず最初のうちは他の近くの芦屋港や若松港から人や船を集めざるを得まい。そこに、自然と穴ができる。そう言いたいのか?」
「左様」
と、春之助はうなずいた。
続けて言う。
「長崎にも人をやって、危ない噂のあるイスバニヤ商人たちの名を探る。別に本当の事でなくてもいい。多くの博多の民たちが信じるような、もっともらしい噂を流します。
孫子の言うところの『善く戦う者は、これを勢に求めて、人に責めず』という教えを、栗山大膳さまは信奉なさっておられる」
「あの大膳が『善く戦う者』かね?」
「学者に褒められるお学問だけにはご熱心の様子ですが、人を一度も殺したことのない学者に褒められる机上の兵法。
大膳さまは人を動かすのに、見かけの勢いに求めるのみ。
勢いの大切さは忘れてはなりませぬが、孫子の兵勢編の一節は『善く戦う者は、これを勢に求めて、人に責めず』は『故によく人を択んで勢に任ず』と続きます。
よく人を択ぶをお持ち合わせにならない大膳さまの兵法は、しょせん『多々益々善なるのみ』が最上で、『将に将たる』ことができません。
それさえ知っていれば、危地にあたって大膳さまがやるであろうことは、容易く読むことができますぞ。
イスバニヤ船の襲来の噂が博多に流してやれば、大膳さまは何よりも先に数をそろえにかかる。博多に警護の人と船を集めようとすることは疑いなし。近くの港の警護に穴が開きましょう」
横から玄海屋は口を出した。
「イスバニヤ船の襲来の噂を仕掛ける仕事は私が引き受けましょう」
根津甚八は面白がった。
「なかなか語りよるな、春之助とやら」
玄海屋はうなずいた。
「まだ若いのに、こちらが感心するような才気の持ち主で」
若い春之助の心は昂った。
┅┅拙者は、今、あの真田十勇士の根津甚八と言葉を交わしている!
ここぞとばかり説く。
「是非にも、根津さまに我々の企てに一味していただきたく存じます。天下に武名を轟かせた根津さまにお力添えいただければ、必ずや功は成りましょう」




