第六十七回 本当に妖がいるというのならば見たし
秋月五万石の国盗り。
黒八から、その話が隠れ里に持ち込まれたとき、根津甚八は狐につままれたような心地になった。
耳を疑ってしまう。
「本当かよ?」
それに対して黒八は言う。
「おわしたのは、間違いなく、白縫さまでございました。
噂通り、白縫さまの御母堂は柳生の幻術遣いシラヌイと呼ばれた姫岡真龍斎の娘で、姫岡の縁者の忍びたちも連れてきておられるそうです」
なるほど。
妙に根津甚八は納得した。
「それで、白縫という苗字にしたというわけか。姫岡の苗字で幻術遣いというのならば、あの柳生のシラヌイの縁者だと思う」
そいつは、と横で根来忍者の風丸が首をひねった。
「どうでしょうかね? 白縫という苗字で、剣術も忍術も達者となれば、普通に柳生のシラヌイの縁者を疑いますよ」
ククク、と根来衆の火平太は笑った。
「姫岡とそのまま名乗るよりはましだろうよ。偶然と言い逃れができる」
「言い逃れって、大差ないですよ」
と、風丸。
いいですかね、と黒八は言葉を続けた。
「白縫さまは、朝廷の定村の陰陽師の名跡を復活せしめて、自分も定村の苗字にして、朝廷の官位を手になさりたいわけで」
「そいつは知っている」
花形の明鏡騒動があった頃から、その話は根津甚八の耳にも入っていた。
「黒田の勘解由さまは柳生門下。
勘解由さまが筑前五十二万石の中に秋月五万石で大名になるとなれば、柳生の側にとっては喜ばしい話になるな」
「もしも資金が足りなければ、柳生門下で黒田勘解由さまのご剣友である豊前藩主の細川忠利さまが内々にお手元金を回してくださるとのこと」
「忠利さまか」
「江戸城で柳生宗矩さまに兵法を共に学んでいた折に、ずいぶん忠利さまは勘解由さまのことをお気に召したらしく」
「ふむ」
「勘解由さまが筑前を抜け出すための船を小倉藩で用意すると、二回も手紙をお出しなさったそうですが、勘解由さま付の家老の堀平左衛門に断られ」
根津甚八はたずねた。
「足りないときには、細川家が出してくれることはわかったが、まず、白縫さまご自身ののお手元にどれだけ軍資金がある?」
はあ、と黒八は首をひねった。
「白縫さまのお味方に筑前金山の化け猫がおるそうで、その化け猫が百年ぐらい掘り集めた砂金の山があるとか」
「化け猫?」
火平太が驚いて素っ頓狂な声をあげる。
へえ、と黒八はうなずいた。
「今回の国盗りに阿修羅丸一家が手ぇ貸すというのならば、白縫さまのお手持ちの二体の妖もこちらにお見せくださるとか。化け猫と土蜘蛛だそうで」
風丸は眉をしかめた。
舌打ち。
「ずいぶん話が怪しくなりましたね」
「常にはあり得ない妖まで用意していることを見せれば、白縫さまも常ならぬ覚悟で今回の国盗りに賭けておられることが、阿修羅丸一家にもわかるはず、と」
と、黒八。
根津甚八の感想。
「本物の妖とかいうものを見せられたら、そいつはこちらも驚くさ」
黒八は言う。
「秋月の勘解由さまへの現在の伝手は鉄砲頭倉八家四百石の当主の倉八権左衛門さまの兄弟同然の従弟、春之助さまという人を仲間に抱き込んでおられだそうで」
根津甚八は唸った。
「四百石ね。しかし、五万石の家の中の四百石と言えば、相当なものか」
へえ、と黒八はうなずいた。
「何でも、例の堀平左衛門さまと話ができるそうで、倉八権左衛門さまという方は。
権左衛門さまの弟である長之助さまが黒田の新しい藩主の忠之さまに近習として取り立てられ、ずいぶんな槍の達人ということで黒田の武辺者の間では評判が良い」
まあ、と根津甚八は言った。
「そいつは堀平左衛門も武辺者ではある」
黒田二十四騎の堀平左衛門殿定則。
もともとの名前を明石久七と言った。堀の中で敵の攻撃をかわすことがうまいことから、堀定則に改名するように命じられた。
黒八は言う。
「長之助さまが随分できるということで、平左衛門さまがその兄上である権左衛門さまに話しかけてきて、それなりに言葉をかわせる仲だとのこと」
なるほど、と根津甚八はうなずいた。
「まったく用意がないわけでなく、ある程度のものはそろえて来ている、と」
黒八は言う。
「そこに阿修羅丸一家が手ェ貸してくれれば、白縫さまとしては心強いでしょう」
ふうん、と風丸は首を傾げた。
「そんな話を信じられるんですかね?」
さてな、と黒八は言った。
「ただ、こちらが玄海屋に白縫さまに会いに行けば、例の土蜘蛛も化け猫も見せてくれるとか。軍資金としての砂金の袋もとりあえず何個かくれるというお話で」
「面白そうじゃねえか、マエストロ根津?」
と、阿修羅丸。
そして、
「土蜘蛛や化け猫みたいな妖が本当にいるというのなら、俺も見てみたいぜ」
と続けた。
風丸はつまらそうな表情。
「向こうは幻術遣いだそうですからね、土蜘蛛や化け猫みたいな妖が出てきたところで、本物かどうか」
ならば、と声をあげたのは火平太。
「風丸も行けよ。お前がだまされるぐらいの幻術を白縫さまが使えるというのならば本物の妖がいるのと大して変わりやしないぜ」
「嫌ですよ」
「白縫さまが柳生の幻術使いだとしたら、その術を見て学べることがあるやも」
黒八は腕を組んだ。
「こいつはどうしましょうかね?」
即座に阿修羅丸は言う。
「とりあえず土蜘蛛や化け猫を見てみよう。そいつが本物で、すぐにまとまった軍資金を寄越すというのならば、向こうも本気だろう」
根津甚八は言った。
「とりあえず、お会いしたいので場所と日取りを決めてほしい、と白縫さまに伝えてくれ、黒八」




