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【黒田騒動】新・白縫物語【栗山大膳】  作者: 足音P
第二部 勘解由脱出行
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第六十五回 七草四郎は自分が何者かを示したく思ふ

 玄海屋の店の裏側に、大蛇川の燐太夫は勝烏の黒八に呼び出された。

 お説教。

「どうして、安川に頼まれた伊達五郎の野郎が鷲羽屋の掛け軸を欲しがってるという話を四郎さんに教えた?」

 懸命にお燐は弁解する。

「そんなことを言っても、黒八さん、私が言わなくても、大きな騒ぎになったら、他の者が四郎さんに言うに決まってる。

 そうなったら、私が四郎さんに最初から何も言っていなきゃ、私の四郎さんへの顔が立ちません」

 四郎さん。

 七草四郎。

 それが中津の玄海屋における阿修羅丸の呼び名である。

 もともと、スペイン人の父親につけられた別の名前があるはずだが、四郎はそれを使わない。博多で父親に捨てられた時にその名前は捨てた。

 師と仰ぐ根津五郎からもらった名前を四郎は大切にしている。


 黒八は言う。

「四郎さんに言う前にわしに言ってくれ。物事は言い方次第だ。

 わしの口から先に話をすれば、四郎さんだって、本職の力士と相撲なんて馬鹿なことをやろうとはしなかった」

「そうでしょうか?」

「鷲羽屋のじいさん、ばあさんが安川の小僧どもに殺されたことは、そいつは、わしだって腹が立つさ。それでいて、安川にお咎めなしというのだから酷い」

「はい」

「でも、安川をイジメたけれぱ、他のやり方もあったはず。安川の手先の伊達五郎と正月に相撲勝負をして掛け軸を渡さないなんて、馬鹿なやり方よりも、他の楽なやり方」

 ━━他の楽なやり方━━

 そう言われれば、お燐は考えつかないこともない。

 阿修羅丸一家に入る前には、芸人として手妻師もやっていたことがある。

 大蛇川の燐太夫。

 曰く。

「あの掛け軸を安川の家にうちの店から進呈するという段取りをつけて、空っぽの箱を送り付けてやればいいだけですよね、阿修羅丸一家参上と書いた紙を入れて」

「おい」

「安川には『仇討ちのお祝い』とか言って適当に媚びを売って話つける。

 こちらで掛け軸を入れた箱を用意するわけですから、箱をすり替える仕掛けなんて、いくらで思いつきますヨ、私だって。

 こちらは大蛇川の燐太夫。手妻の芸はちょっとしたものサ。

 安川の家に掛け軸を運ぶ奴にゃ、何んにも知らせない。

 箱に掛け軸をきちんと入れるところを、安川の側の者も含めた多くの者に見せた上で、途中で箱をすり替えるンです」

「うまいこと考えやがるな。

 そういうやり方をするのならば、こちらは勝烏の黒八。かつては博多のスリの親玉よ。箱のすり替えぐらい何とかするワ。どうして、そういうことをお前は四郎さんに言わねえ?」

「いや、今、黒八さんがあの掛け軸で安川をイジメる他の楽なやり方って言われるまで、何んにも考えてなかった。すみません」

 黒八は溜め息をついた。

「しょうがねえな、まったく」


 それに、とお燐は言った。

「私がそんなやり方があると言ったところで、どうせ四郎さんのことを止められやしませんよ」

「そうかの?」

「四郎さんは闘いたいって」

 わかる、と納得の表情を黒八は浮かべた。

「ああ、確かに力を持て余しておられるご様子だな、四郎さんは」

 七草四郎は、生まれつき常人を超えた肉体と怪力と運動神経を持ちあわせていた。

 お燐は溜め息をついた。

「思うんだけど、悪いのは、根津さまヨ」


   *  *


 大坂の陣の敗戦を生き延びた根津甚八とその仲間たちは、世間一般のことにあまりこだわらない。

 世間一般で臨まれるのは、陰(安定)と陽(富殖)である。

 安定こそ富殖を目指す生命力を生み出す。

 富殖こそ安定をもたらす強制力を用意する。

 安定を求められた者は富殖を任せられる他者を選ぶ。富殖を任された者は他者に安定を守るように求める。陰と陽。男らしさと女らしさ。いずれも生きていくために必要だ。

 しかしながら、自分の立ち位置を持たなければ、全てグラグラに見えて、偽物ばかりを掴まされるという破目になりかねない。

 根津甚八も、彼に付き従った根来忍者も、根来衆も、紀州海賊も、その人生で多くの偽物を掴まされてきた間抜けたちだった。


 反省したのだろう。

 自分が何者であるか?

 自分が何者であるべきか?

 思考を続ける意思と能力。

 根津が仲間の条件として求めるものは、それだけ。

 ちまちましたことは別にいいから心意気を見せてくれ、と。

 男らしさとか女らしさとか何も言われやしないという一点において、男でも女でもない半陰半陽のお燐にとっては気楽なものだ。

 世間一般で言われる安定とも富殖とも遠い暮らしを根津たちは送っている。

 それでも、仲間たちの絆があった。

 これもまた意地の悪い言い方をすれば、傷の舐め合いだったのかもしれない。

 けれども、根津たちは同じ傷の痛みを抱え、その心はいつも熱く響きあっていた。

 根津たちの仲間として、七草四郎は認められたくてたまらなかった。

 それぐらいのことは、はたで見ていて、お燐にもわかる。 


 ┅┅あの人に認めてもらうために四郎さんは、いつも一生懸命。別に私が悪いと思いやしない。悪いのは根津さまサ。違うかい? 私では四郎さんのことを充たしてあげらんないから、悔しいネ・・・


   *  *


 二人で店の裏で話し込んでいると、他の奉公人が呼びに来た。

「ちょっと、お燐ちゃんも黒八さんも、こんなところで油を売っていないで仕事に戻って。お客さんが来ているヨ」

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