第六十四回 近江屋六郎衛門が引き抜き話に応ず
引き抜き話。
玄海屋が近江屋から用心棒の青柳春之助をもらい受けたいと掛け合った。
曰く。
「例の花形の明鏡の謝礼金を集めるために、風見さまの文を使って、うまく春之助さんが金策してくれたとか。用心棒としてというよりも、むしろ、そちらの方の腕を買いたいのです」
なるほど、と近江屋六郎衛門はうなずいた。
曰く。
「春之助さんは剣の腕だけではなく、色々と器用な御方です。
アレについては、風見さまが天下の栗山備後さま(卜庵老人)のお世話になれたということも大きいと思うのですけどネ。
あとは、風見さまが評判の若く美しいお姫様だったこととか、生き別れのお兄さんがいたとか、親の仇討ちがうまくいったという話はめでたいというか。
そのあたりを春之助さんはうまく話に組み込みながら、さらに、『種時さまに世話になったのに一銭も出さなかった人の夢に種時さまが化けて出てきた』という話をでっちあげて広めた。
いい目のつけどころをしていると感心いたしましたよ。あの人は商人になられても面白いかもしれませんな」
はい、とうなずいて玄海屋は付け加えた。
「今のところ、白縫さまの下には、その手の掛け合いができる者が一人もおられないで、お困りとのこと。
うちの店の者を使ってもらってもよいのでございますが、風見さまのお気に召すかどうかわかりません」
なるほど、と近江屋は言った。
「風見さまは妹君とおっしゃられても、種清さまのご正妻のお子様ですから、白縫さまもお気遣いのご様子で、風見さまはわりと人見知りの激しいお方ですな」
そこで、と玄海屋は言う。
「春之助さんは、昨年に風見さまがあの大屯岩太牢にさらわれかけたとき、福岡藩士の雪岡さまと一緒に剣を振るって、風見さまをお救いになられたとか。
風見さまも春之助さまには、わりと心を開いておられるご様子。
そういう縁があるのなら、これからの定村の名跡の復活のために、春之助さんに色々な掛け合いをしてもらえないか、と白縫さまはおっしゃるわけですよ」
近江屋は首をかしげた。
「そういうお話でしたら、うちの店からも春之助さんを貸し出してもよいのですがね」
いいえ、と玄海屋は首を横に振った。
「白縫さまも近江屋さんのところにいつまでもお世話になっているのは心苦しいから出たいというお話。
春之助さんが近江屋さんの下から出ている方が、白縫さまからすると、気安く春之助さんのことをお使いなさることができます」
「なるほど」
と、近江屋は引き抜きを了承した。
* *
店の主人同士の話し合いで、青柳春之助が近江屋から玄海屋に移籍することが決まった。
春之助は問う。
「本当の理由は勘解由さまのことですか?」
玄海屋はうなずいた。
「そうですよ。春之助さんを通して、倉八権右衛門さまとつながりたい」
春之助は言った。
「拙者も権左衛門さまも、一刻も早く勘解由さまが江戸にご参府できるように願う立場。玄海屋さんを権右衛門さまとお引き合わせすることは承知いたします」
「ありがとう」
と、玄海屋。
さらに春之助は言葉を続けた。
「しかし、白縫さまもその配下の柳生者も相当な手練れなのでございましょうが、権右衛門さまに話を持っていくのならば、もう少し何かありませんか?」
玄海屋は笑った。
「もう少し何かですか? おっしゃりたいことはわかります。面白い。それはあなたにとって大切なことですか?」
「大切なことかと聞かれても困りますが、こちらの話に、まず権右衛門さまに興味もってもらいたいのです」
「はい」
「玄海屋さんは他の駒をお持ちですかね?」
「お聞きになりたいことをもう少し詳しくご説明いだきたく。たとえば?」
━━他の駒━━
━━たとえば━━
この時に春之助は何の気もなしに思いつくままに言った。
「阿修羅丸一家」
玄海屋は仰天したような驚愕の表情を浮かべる。
「え?」
春之助は肩をすくめた。
「まず相手に驚いてもらうこと。気に留めてもらわないと、掛け合いも何も始まりません」
「盗人の力を借りる?」
「はい」
「御冗談を」
「いやいや。拙者が話を聞く限りでは、とても阿修羅丸一家はただの盗人の集まりとは思えない。
もう初めての盗みから三年ほども大きな盗みを繰り返しているのに、主だった者は誰も捕まっていない。相当の軍師がおりますよ。手練れも揃えている」
「大坂の陣の大坂方で名のある男たちの生き残りなのやもしれませんな」
と、玄海屋。
春之助は言葉を続けた。
「そいつはどうかわかりませんが、阿修羅丸一家を手札にしたと言えば、今の筑前博多の者たちならば、話を聞く気になるしょうな。
拙者が思うに、奴らはただの盗人にするのは惜しい。奴らの手を借りることができるというのならば、勘解由さまの江戸へのご参府の話も何とかなりそうな気がしますな。
もしも、拙者が奴らに会うことができたのなら、『ちっぽけな盗みをやめて国を盗んでみろ』と言ってやりたいですよ」
「国を盗むですか?」
「長政さまのご遺言通り。筑前五十二万石から秋月五万石と東連地四万国が立つということを、筑前黒田家からすれば、そういうことですよ」
いやはや、と玄海屋は感心した表情を浮かべた。
「春之助さんは、なかなか並みの者が思いもよらないことをお考えになる」




