第六十二回 我こそはお猫さまという自信あり
豊前の商人である玄海屋は、猫好きであった。
猫と友好関係を結びやすい体質。
豊前中津の漁港でゴロゴロしていた猫極楽の寒八と呼ばれる野良猫ともあっさり仲良くなった(青物随一の美味と呼ばれるカンパチの刺身を与えられると極楽に行ったような優しい顔をすることから、その猫は漁師たちに猫極楽の寒八と名付けられていた)。
実は、その寒八は化け猫であり、仲良くなった人間を相手にすると、人間の言葉を話した。
「またカンパチが食べたい」
本名を金花奴。
寒八の話によると、この頃に博多で評判だった白縫大尽は京から来た土蜘蛛であり、かの化け猫の友人であるという。
「あの蜘蛛さんとは本当に長いつきあいサ」
┅┅人にあらざる妖たちを味方につけておけば、こちらの隠し玉になるワイ。
と判断した玄海屋灘右衛門。
寒八を完全に味方に引き込むため、玄海屋は、かの化け猫の以前の飼い主であるという娘の綾機を引き取ることにした。
すると、綾機が言うには、
「白縫さまなら、あたしの言うことは何でも聞いてくれる」
とのこと。
玄海屋の手元に奇妙な札が転がり込んできた。
化け猫と土蜘蛛。
これらの札を使えば、福岡藩の監視状態に置かれている黒田勘解由を江戸参府させることができるようになるのでは?
黒田勘解由を江戸に参府させれば、新しい藩が一つ九州に生まれることになる。
最初から藩の創設に関わって貢献していれば、もちろん、その新しい藩との商売に多くの機会に恵まれることになるであろう。
┅┅地元の殿さまの機嫌を取るのも悪くない。
玄海屋にとって地元である豊前の小倉藩主・細川忠利は、同じ柳生門下の剣友として黒田勘解由を援助したがっている。
忠利からの頼み事。
これからも玄海屋が豊前で商売を続けていくつもりであれば小倉藩主の意向を粗略に扱えない。
実利の面からも色々と理由が玄海屋にとってはあったが、何と言っても、自らの手で国の創設に関わることができるという話に魅力を感じた。
* *
土蜘蛛の札を確保するべく、玄海屋は寒八とともに船で京に向かった。
寒八は筑前金山の化け猫。
昨年に大屯岩太牢に花形の明鏡に痛めつけられたという話の寒八は、豊前の国における静養でですっかり回復していた。
鯖虎縞の毛皮。
毛並みはつやつや。
我こそはお猫さまなるぞという自信に満ちた声をあげる。
「にゃーにゃー」
船の上で潮風に吹かれながら日光浴。
すでに何百年も生きている化け猫である。船に乗るのも別に初めてではなかった。
* *
京の都に入って白縫がいるという近江屋を訪れるという段になって、さすがに、寒八も人間の娘の姿に化けた。
「にゃん」
愛らしい町娘の振袖姿。
玄海屋は感心した。
「どこからどう見ても人間の娘にしか見えない」
「もっと褒めろ」
互いに上機嫌で言葉を交わしていたが、ふと、寒八の顔が曇った。
「どうかしたのか?」
玄海屋が訊ねると、寒八は答える。
「かの土蜘蛛から、『来るのならば土産物の菓子ぐらい土産に持ってくるのが礼儀』とか、図々しいことを言ってきている」
猫極楽の寒八。
妖力を使えば遠く離れていても話をすることができるという。
いわゆる遠話の神通力。
その連絡手段だけでも玄海屋の商売におそろしく役に立ってくれるだろう。
これはいよいよ土蜘蛛も欲しい。
化け猫に遠話の能力があるとしても、それを受け取って話ができる相手がいて初めて役に立つ。
忌々しそうに寒八は言う。
「では、適当に何か買っていこう、適当に」
そうは行くまい、と玄海屋は言った。
「土産か。なるほど、こちらもうっかりしていた。何がお好みなのか聞いてもらえないか?」
「あいつ、菓子の好みにうるさいよ」
「かまわん」
うんうんうん、と寒八は白縫と遠話をする。
そして、
「四人分だそうな。風見姫の護衛のために、一週間ほど前に柳生の忍びを二人いれたとか」
と言った。
柳生の忍び。
その言葉を聞いて玄海屋は息を飲んだ。
「え?」
かまわず寒八は続ける。
「あの蜘蛛も本当に馬鹿だねえ。向こうに四人いて四人分なら、あたしと玄海屋が食べる分がない」
「六人分な。わかったよ」
と、玄海屋。
そして、たずねる。
「今、白縫さまのところに本物の柳生の忍びが今いるのか?」
「柳生の男が何十年か前に豊前に武者修行に来ていて、あいつは一緒になって遊んでいたというから、その時の縁だろうね、おそらく」
さして興味のない様子で、寒八は言った。
しかし、白縫が柳生の忍びをすでに抱えているという話は玄海屋にとっては大きかった。
玄海屋は細川忠利に対して、はぐれ柳生を集めて見せると宣言した。
柳生忍者ではないかという噂の白縫を仲間に引き入れるだけで十分だと玄海屋は思っていた。
正体は土蜘蛛なので、白縫は柳生忍者ではない。
しかし、嘘から出た真。
白縫と一緒に本物の柳生忍者が何人か手に入ると言うのならば、細川忠利に対して胸を張って堂々と途中経過を報告することができる。




